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【Dark Order】 - 断罪のレストラン-  作者: のりしお
やたらと問題の多いレストラン 編
2/6

第1話 下町の妖精は仲間を採用する

 


 断罪者による参謀館襲撃事件から五年の月日が流れた。



 襲撃事件の同年、帝国は西のハッタン砂漠での最終決戦に敗れ、帝都ガランタイトは王国軍により制圧。皇帝は殺害されたが、参謀であるファンネルが降伏を宣言した事で事実上敗北。参謀機関、審判機関は解体され、帝国の反発勢力の可能性も絶たれた。


 大陸には未だ王国に属さない小国同盟の連合軍があるが、規格外の国力からレグリティア王国が大陸の統一を果たしたと言ってもいいだろう。


 世界平和を大義名分として争った2つの大国は、帝国が王国の傘下に入るという形で「和平条約」が結ばれたのだ。帝国の参謀だったファンネルが名誉将軍として王国正規軍に着任した事で二国の統一、復興は円滑に進んでいた。


 東のハッタン砂漠から森を抜け広大な地平線の向こう側。世界最大のパテンド平原の北に位置する王都ヘブロン。北のマランド海、南のジュネ山脈に面した豊富な資源と四季が巡る美しい国。


 グラン帝国の難民も積極的に受け入れる王都ヘブロンは誰もが羨む「共存共栄の理想郷」として世界に名を知らしめていたのだった。


 王宮を囲むように軍事施設が並んだカルーバラ地区。そこから城壁を挟み、ドーナツ状に外側を一周する貴族街、ステーラ地区。そこをさらに外側へ囲むように平民や農民、難民が暮らす住民街の総称ノーブル。


 そんな王都から足を踏み出すと農地や放牧民が暮らすパテンド平原へと繋がる。世界最大の巨大都市だ。そして近年、住民街であるノーブル地区は難民を受け入れた事で拡大し区画整備の真っ最中。


 北の1番街から時計回りに8番街、と数字を当てられた街。名前さえ付けられていない所から発展途上であることが伺える。


 まだまだ貴族制度からの差別や貧困の差、難民の自立化、敗残兵の組織が中心となった犯罪など課題は沢山ある。何よりもそれだけの人間が集まれば闇が深くなるのも明らかだった。


 だが内政、規律が整っていた元帝国、その参謀だった現名誉将軍のファンネルのノウハウを活かした国策、施策に対し国民の期待は高かった。


  何よりも強大な王国正規軍は元帝国軍の精鋭を吸収し、更なる国土の拡大、大陸の完全統一を望む。


 そう、今のレグリティア王国は大陸の歴史が始まって以降、一番平和な国であるのは間違いない。




 アルビス歴 2017年4月5日 午後15時 レグリティア王国 王都ヘブロン 2番街




 ノーブルと呼ばれる8つある街、そのうちの2番街は今日も活気に満ち溢れ賑やかだった。


 大きな橋を渡った先にある2番街。下町と呼ばれるには相応しく木造、石造の住居が連なり、解体中の家屋や難民の仮設住宅が立ち並ぶ。


 露店で溢れかえり住民はもちろんこれからステーラ地区に向かう商人、荷車に野菜を山のように積んだ農民の姿も伺える。


 2番街の東には「ハリド商店街」と表記している錆びついた大きな看板。ここは2番街の中で一番賑わっている場所であり、門をくぐったその先には地域住民御用達の様々な個人商店が軒並み連なっていた。


 このハリド商店街の歴史は古く、王都設立から長きに渡り人々の暮らしを支えてきた商店街だ。


今では外観こそ錆びれたノーブルだが、このハリド商店街には今でも貴族、王族などもお忍びで訪れるほど。


 そんな商店街の一角にあるレストラン「ベール」


 西部劇を思わせる木造二階建ての建造物。その入口にはディナーの営業に向け「準備中」の札がぶら下がっている。しかし、今まさに大きく開いた窓から喜びに満ち溢れた女の声が商店街に響き渡った。


「さぁーいヨォォォー!採用ッ!!」


 突然の採用通告。そう、今まさにこのレストランベールではアルバイトの面接が行われていたのだ。窓から漏れるその声に外の商人たちがザワザワと振り返るほど。


「採用ッ!私はティア!これからよろしく!」


 バンッと立ち上がった女は履歴書の上に左手を置き、この世の希望を集めたような表情で向かいに座る面接者へ右手で握手を求めている。


 二十代前半だろうか。背は特別小さいわけでもないが華奢な女。淡いベージュの髪は窓から差し込む日の光に照らされ美しく、ふんわりとしたウェーブが掛かっている。


 そんな鎖骨下まである長い髪は所々編み込んでおり、毛先にはカラフルな石の留め具。深緑の瞳、妖精のような白い肌。


 弓兵の防具と見間違えそうな茶色の牛皮であしらわれたノースリーブの衣服はへそ辺りまでしかなく、デニム生地のスカートから覗かせる長い脚とビーチサンダル。印象的な首に巻かれた赤いストール。


 これから戦いに行くのか遊びに行くのかよく分からない服装である。


「でもまだ僕、何も話して…」


「私が採用と決めたんだから採用!私はティア、よろしくね!」


「あ、ありがとうございます…!でもまあ、はい、では改めましてユーインです。宜しくお願いします」


 ユーインと名乗った青年は難易度の低すぎるに面接に戸惑いながらも握手を返す。


 ユーインはティアと一緒の歳くらいだろうか。ボサボサの黒髪、伸びた前髪で右目が隠れている。左目には涙ぼくろが印象的な青年。顔立ちは悪くないのだが少々傷んだ服を着ており、裕福でない事が伺えた。


 何よりも「気の弱そう」なユーインは眩しすぎるティアに強く右手を強く握り締められているせいか、少々顔を赤らめているようだ。


「いやぁーよかったァ!ちょうど探してたの!募集広告に掛けるお金なんてないし…それ以前に掛けたところで来た試しもないんだけどね!でも店に直接希望者が来てくれるなんて!休みも回るしこれで私の三連休も夢じゃないッ!」


 なんだか生々しい話だが、喜びのあまりその場でくるりと回ったかと思えば、椅子に勢いよく座りなおしたティアは思いもしない採用に両手を眼前で合わせ上機嫌なようだ。


「うんうん」と頷きながら動き回る彼女が大きなジェスチャーを取る度に花の香りがユーインの鼻をくすぐる。


「そ、それは良かった。難民という事で門前払いも多くて…それでここのお店が働き手を探してるという噂を聞いて来たんです」


「う、噂って…?」


 手を合わせたまま片眉をピクリと上げて固まるティア。


「1番街の鍛冶屋のおじさんが()()()()()()()()()()()レストランが2番街あるって」


「ま、まあ帝都出身者の風当たりはまだまだ厳しいからね。でも!でもでも、うちの店は大歓迎だから!わからない事は何でも聞いてねッ!ユーイン!」


 ティアは自分の胸元に手を当てて微笑んでいた。少し引き気味のユーインだったが、こんなに歓迎を伝えられれば誰だって嬉しいもの。


 彼女が喜ぶかは知らないが(ちまた)で「2番街の下町妖精」という通り名があるのも頷ける。その後、ティアと世間話を挟み、彼女の生い立ちや店の歴史などを聞いていた。


 この絵に描いたような元気で明るい看板娘、かと思いきや、彼女は若くしてレストラン「ベール」の店主見習いなんだとか。


 ティアのひいおじいさんから代々続くこの老舗は2年前、店主だったティアの母親が亡くなった事で閉店を考えたが、従業員の希望と協力もあり存続する事ができているという。


 兄弟はいなく、父親も5年前に亡くなった事に関しても暗い顔ひとつ見せず、淡々と、むしろ色々前向きに話すティアに対したくましいとさえ感じたユーインであった。


「ありがとうございます。そうだ、僕はいつから働けばいいですか?」


「今日からでッ!未経験者でも大丈夫だからッ!」


「今日からって…でも僕何も持ってきてないしこの服じゃ…」


 トントン拍子に進んだ労働契約。少し困惑するユーインに対し、突然「ドンッ!」という音を立ててテーブルに手を突き前かがみに立ち上げるティア。そして勢いよくその顔を上げる。


「今日からで」


「え……」


 ティアの鬼気迫る真っ直ぐな瞳に青年は頷くことしかできなかった。



 ―――――……。



「似合ってるよッ!ユーイン!」


 面接をした1階のレストランフロアから2階にある従業員用の更衣室と言われ案内された6畳ほどの部屋。


 そこでユーインは大きな棚に備え付けられた全身鏡の前に立たされる。黒いワイシャツとスラックス。サロンと呼ばれる赤いエプロンが腰に巻かれる様はまるで着せ替え人形のよう。


「少し大きい気もしますが…」


「大丈夫、大丈夫ッ!気にしないッ!」


 鏡に映るティアはユーインの背中をバンバンと叩く。男物の制服が大きいのも無理はない。横並びに立つ2人の身長はさして変わらないのだ。


 ティアが自分と同じ22歳だという言う事を知って親近感が湧いていた事もあり、彼女の激しめなコミュニケーションに対してもユーインは嫌な気ひとつしなかった。


 そして母親を亡くしてもたくましく生きるティアの姿と自分を見比べて思う。王国に入ってから3カ月経ったのにも関わらず自分はまだこの王都、その下町の一室にさえ()()()()()()()


 対する彼女は腰に手を当て満足気に笑っている。母親を亡くし、お店、従業員の為に店主として働いているのだ。


 彼女にはまるで下町の為に生まれて来たかのような「()()」がある。


 下町育ちと言えばそれで終わるかもしれないが、その部屋の窓から見える商店街の景色にいなければならない存在。不思議とそう思わされてしまっていた。


「2番街の下町妖精……か」


 ユーインは数時間後、その本当の意味に気付かされる事になるのだが。


「よしッ!じゃあ準備も出来た所でさっそくうちの従業員を紹介するねッ!1階に行きましょう!」


「ティアさん、これからって時に申し訳ないのですが、お手洗いを貸していただけないでしょうか……?」


 面接の時に緊張から水を飲みすぎたせいかムズムズしながら申し訳なさそうにするユーイン。


「そんなことで謝らないでよ。私たちはもう『同じ穴の(むじな)』じゃない!トイレはここを出て右に曲がったらあるから!私はここで待ってる」


「せめて『同じ釜の飯を食う』とか言ってくださいよ…不吉です。すぐ戻りますから!」


 2階の従業員用のトイレの場所を聞いたユーインは小走りで部屋のドアを勢いよく開けると、


 ――――!?


 小柄な身体が風船に体当たりしたかのように跳ね返されるユーインだったが、尻もちをつきそうになる手前で、大きな手の平がユーインの頭をガッシリと掴む。


「え……ちょ…ちょ…」


 頭を掴まれたユーインが目を向けた先にはドアの枠に入り切っていない巨大な化け物…いや少し冷静になればそれが人だと認識するまでに1秒。さらに女性だと分かるまで2秒。


「フフッ、いけないねぇ。どうやらこの店に子ネズミが迷いこんでるみたいだァ……」


「す、すびばせん……!!」


 得体の知れない恐怖心から反射的に謝罪をしたユーインは色々漏らしそうになる。するとその塊は()()()()を捕まえたまま、ずるずるとその巨体を横にして部屋に入ってきた。


「今日の晩御飯は子ネズミのローストと1970年ものの赤ワインで決まりだねェ……決まりだねッ!」


 獲物を眼前につるし上げ、二重アゴを揺らし(よだれ)をすする化け物。闇の底から聞こえてきそうな声色。つま先が浮き、悲鳴をあげそうになるユーインだったが…


「アテナさん!」


 ティアがその化け物に向かい声を掛けると、


「低温のオイルでじっくり火を通した子ネズミのコンフィってのもいいねぇ……ティアちゃん?」


 その瞬間、呪縛が解かれ床に尻もちをついたユーイン。するとアテナと呼ばれた巨体の女は、ティアがいる事と子ネズミが自分の店の制服を着ているこの状況を理解したのか、


「え、え?あら?え?やだ!え?なに!?ドッキリー?」


 彼女は急に恥ずかしがっておてんばの如く口元に両手を当てる。


「その子はユーイン!今日からうちで働くかけがえのない従業員(ファミリー)よ!色々教えてあげてね!」


 そう言ってアテナの片腕に抱き着くティア。そして巨体の彼女は半笑いを浮かべるしかなったユーインの手を引いて立たせてあげると、


「もぉぅー言ってよー!泥棒かと思ったじゃないのぉー!まったくもぉー!恥ずかしいったらありゃしないよ!は・ず・か・し・い!もぉー!」


 転んで埃がついた制服を申し訳なさそうに手で払う。


「ぼ、僕の不注意だったんで、すみません……」


「紹介するわ。その人はアテナさん。うちの従業員ね!彼女は―――――」


 名はアテナ。同じ名前を持つ古の女神が悲しむであろう似ても似つかぬその豊満なルックス。黒髪の大きなお団子頭で丸が三つあれば絵描き歌で表現できそうな女。もうこの「ベール」で働いて15年以上になるベテランパートさんである。


 既婚者で子は3人おりランチタイム中心に働いているという。商店街の大食い大会で前人未到の十連覇しており、三男が通う教会の子供たちから「商店街の暗黒獣(ベヒーモス)」と呼ばれ恐れられているらしい。口癖は『制服はたたんで片付けろ』だ。


「誰がベヒーモスよ!もう失礼しちゃうわッ!まったく…でもまあ兎にも角にもよかったわ。今晩予約も多いし人手が欲しかったものね。私は今日はこのまま上がらせてもらうけど、ユーインっていったかしら、これから宜しくね。うちの店は()()()()()だけど」


「あ、はい!こちらこそ宜しくお願いします!」


 そう言って握手を交わすユーイン。明るい性格のアテナの手はマシュマロで包み込まれるかのようにもちもちしており、この世の至福を集めたような感触で思わず癒されてしまう。するとそのまま耳元にアテナが囁いた。


「もう逃げられないわよ」


 そんな不吉な言葉を残したアテナは『着替えをして帰る』という事でティアと疑問を抱えたユーインは部屋を出て階段を下り、1階のレストランフロアへ出る。



 ―――――……。



 木造の建物で外観は古臭いレストランだが、内装は小奇麗に整理されていた。鹿の角のシャンデリアや年季の入った置時計が歴史の長さを感じさせる。


 オープンキッチンでカウンター席含め50席ほどあるレストラン。店内の内側から見る西部劇で出てきそうな開き扉はなんともワクワクするような趣があるといっていいだろう。


 4名掛けテーブルの上には白いテーブルクロスが敷かれており本格的なレストランのようだ。今は開店1時間前の16時。窓の外は薄暗いが所々に置かれた蝋燭が窓に反射し幻想的な雰囲気を造り出す。


 カウンター席の前には作業場を挟みオープンキッチンが見える。オープン前だからか厨房と客席で数名の従業員が忙しなく働いていた。


「なんだか素敵なお店ですね!楽しみです!」


「ありがとう。着いて来てッ!みんなを紹介する!」


 妖精に手を引かれ、これから幻想的な世界に引き込まれるかのような状況に心躍るユーイン。だがこの晩が長い夜になる事を彼は知るはずもなかった。

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