第7話
*
「急にそんな事を言われてもな……」
俺は愛実ちゃんからの電話を切り、ため息をついていた。
何が悲しくて、バイト先の高校生とプールに行かなくてはならないんだ……。
「はぁ……合コンに行ったのが失敗だったなぁ……」
あの合コンにさえ行かなければ、愛実ちゃんに弱みを握られることも無かったと言うのに。
俺はため息を吐き、クローゼットの中から水着を探す。
「あったかな?」
プールなんて一年ぶりだ。
水着が残っているかも分からない。
「うーん、やっぱり無いか……はぁ、買うしかないか」
やっぱり無い。
買いに行くしかないかと思っていると、部屋のインターホンが鳴った。
「誰だ?」
俺はすぐに玄関に行き、玄関の戸を開ける。
「はい?」
「たらいまぁ〜」
「って、先輩!? 急になんですか! 離れてください!」
玄関を開けると、先輩がいきなり俺に抱きついてきた。
酒を飲んでいることは、匂いですぐに分かった。
先輩は相当酔っているようで、顔も真っ赤だった。
「あぁ〜、遅かったか」
「い、伊島先輩! なんなんですか、この酔っぱらいは!?」
先輩の後ろから現れたのは、伊島愛生先輩。
俺と同じサークルの先輩だ。
「岬君の家に行くって、走り出したのよ。じゃあ後はよろしくね」
「え!? ちょっと! 持って帰ってくださいよ! この酔っぱらい!」
伊島先輩はそう言うと、そのまますぐに帰ってしまった。
面倒になって、俺に押しつけて帰りやがった。
まったく、いつもこれだ……。
「先輩、大丈夫ですか?」
「う〜ん、だめ……気持ち悪い……」
「はぁ……とりあえず中に入ってください」
俺は先輩を部屋に入れ、ベッドに寝かせる。
こういうことはたまにある。
酔いつぶれた先輩を俺が迎えに行ったこともある。
「はぁ……本当にこの人は……」
俺は肩を落としてそう呟き、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して先輩に渡す。
*
先輩を脅迫……いや、誘った次の日。
私は買い物をしにショッピングモールに来ていた。
「これかしら? それとも……」
理由はもちろん、水着を買うためである。
「先輩……どんな水着が好きかしら」
先輩の好みを考えながら、私は水着を選ぶ。
「受験生が水着を選ぶなんて……ずいぶん良いご身分よね」
真剣に水着を選ぶ私に、友人の高崎黛が声を掛けてくる。
黛はこの間の合コンに私を半ば無理矢理つれて行った、張本人だ。
ショートボブの髪型で、背はあまり大きく無く、活発な女の子だ。
「良いでしょ? 息抜きくらいしても……」
「おぉ、流石成績優秀者。余裕だね」
「別に余裕じゃないわよ。あんたも買うくせに」
「あはは〜、おかげ様で私は年上の彼氏ゲット出来たからねぇ〜」
「あんたこそ余裕そうじゃない」
「全然余裕じゃ無いよ! 清涼大学って、結構難しいじゃない!」
「じゃあ、水着なんて選んでないで勉強しなさい」
「う〜、でも一緒に海行きたいもん……」
「幸せそうで良いわね……」
楽しそうに話す黛を見ていると、私はうらやましくなってしまう。
私も先輩とそう言う関係になりたい。
しかし、それが中々難しい。
「はぁ……こっちの先輩は鈍感なんだもんなぁ」
「でも、一緒にプール行くんでしょ?」
「それだって、私が脅し……強引に言ったのよ」
「今、脅してって言い掛けたわよね?」
だって、そんなの仕方ないじゃない……。
普通に誘っても先輩は絶対に首を立てに振らないんだから。
「はぁ……なんであんな人が好きなんだろ?」
私はそんなことを考えながら、手に持ったビキニを握りしめる。
先輩はもしかしたら、もう好きな人がいるのだろうか?
だから、私に振り向いてくれないのだろうか?
でも、そうだったとしても、私は負けない。
振り向かないなら、無理矢理にでも振り向かせてしまえば良い。
「フフ……フフフフ」
「ま、愛実? どうかしたの?」
「え? あぁ、別になんでもないわ。それよりも早く買って行きましょう」
「う、うん」
結局私は水色のビキニタイプの水着を購入し、店を後にした。
鈍感な先輩だが、きっと水着になれば少しは私の事を意識するだろう。
*
夏の厨房は暑い。
フライヤーの油と鉄板の熱。
そして、男達が密集しているせいで暑苦しい。
そんな地獄のような環境で、俺は小山君に愛実ちゃんからプールに誘われた話しをしていた。
「え? 一緒にプールに?」
「あぁ、半ば強制的にな……」
バイト先の店の厨房で小山君と話しをしていた。
「そうなんだ、楽しんで来たら良いじゃん」
「なんかあっさりだな、普通はなんでそうなったか聞かないか?」
「まぁ、僕が愛実ちゃん岬君を誘ったらって言ったしね」
「元凶はお前かよ……」
あの時のチケットがまさかこんな形で俺の手元にやってくるとは思っても見なかった。
「まぁ、そういうわけで明日は愛実ちゃんと一日一緒でさ、参ったよ」
「そうかな? 愛実ちゃんってすごく可愛いし、二人でプールなんて羨ましいけどな」
「じゃあ代わってやろうか?」
「そう言うことは言わない方がいいと思うけど?」
「あの子も俺なんかじゃなくて、学校の友達でも誘えば良いのに……あ! も、もしかしてあの子……」
「お、もしかして気がついた?」
もしかして、あの子が俺に必要以上にちょっかい出して来るのって……。
「まさか……愛実ちゃんって……友達少ない?」
「あぁ、期待した僕が馬鹿だったよ」
「え? 違うのか?」
「期待した僕が馬鹿だったよ。良いから早くハンバーガー作ってよ」
「な、なんか怒ってないか?」
「怒ってないよ、呆れてるんだよ」
「え? なんで?」
俺は疑問に思いながら、ハンバーガーを作って袋に包む。
「はぁ……愛実ちゃんも大変だ」
「なんで、愛実ちゃんが大変なんだ?」
「自分で考えたら? ほら、次はポテト」
「なんで怒ってんだよ……」
俺はそんな冷たい小山君にそう言い、ポテトを袋に詰めて行く。
大変なのは俺であって、愛実ちゃんではないと思うのだが……。