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012 最後の逢瀬

 緋姉と捜査を始めてから数日が経過した。


 全ての新聞の記事をまとめ終わり、ネットの記事もあらかた漁り終わった。


 しかし、予想通りと言うか何と言うか、やはりどれも同じ内容ばかりだった。


 ニュースや新聞の内容をちょっと見易くまとめただけ。


 俺は自室のベッドの上で寝転がりながら、情報のまとめられたルーズリーフを眺める。


 眺めていても情報が増えるわけでもないし、情報が綺麗にまとまってくれるわけじゃない。けど、なにか閃かないかと眺め続ける。


 ・被害者は全員前科持ち


 ・被害者は裁判で無罪になっている


 ・死因に統一性は無い


 ・殺害現場は人気(ひとけ)の無い場所


 ・殺害現場は県を跨いでいる


 今のところ、分かってるのはこれくらいだ。


 しかし、なんだ? なにか、引っ掛かるような……。


 引っ掛かりを覚えるが、引っ掛かっているものがなにかわからない。


 俺は妙な気持ち悪さを覚えながら、その気持ち悪さを払拭したくて必死に頭を働かせる。


 が、結局、その気持ち悪さを払拭することはできなかった。


「ダメだな。完全に煮詰まった……」


 俺は身体を起こすと、ベッドから降りる。


 そして、部屋着から着替えると家を出た。


 今日は休日だが、いつも通り緋姉と待ち合わせがあるのだ。


 情報はある程度まとまったから、この情報から犯人を特定しようと言うのだ。


 緋姉に良いところが見せたくて集合前に少し考えてみたが、てんでわからなかった。


 集合場所に向かう最中も考えてみたものの、先程の気持ち悪さは消えてくれないし、新たな発想も浮かばなかった。


 そうこうしている内に、俺は待ち合わせ場所ーーといっても、いつもの公園だがーーに到着していた。


 公園にはすでに緋姉がいて、俺を見つければにこにこと笑顔で手を振ってくれる。


 俺はいったん考えるのを止めて緋姉の元へ歩く。


「こんにちは、しんちゃん」


「ああ、こんにちは。緋姉、早いね」


「五分前行動は基本だからね」


「今十分前なんだけど……?」


「まあまあ、細かいことは気になさんな。それじゃ、図書館に行こうか」


「ああ」


 俺達はいつも通り図書館に向かった。図書館には個室もあるので、内緒話をするにはちょうど良いのだ。


 図書館に着き、俺達は迷うことなく個室へ向かう。


 個室に着くと、俺はルーズリーフを取り出して、緋姉にはコピーを渡す。今日話し合うと決めていたので、あらかじめコピーをしておいたのだ。


「じゃあ、さっそく始めようか」


「うん」


 こうして、二人だけの捜査会議が始まった。


「じゃあ、まずわたしからね。一つだけわかりきってる事があるの」


「え、本当に?」


「うん。ネットでも言われてるけど、犯人が正義感で行動を起こしてるっていうの。これは絶対に有り得ないわ」


「どうして?」


「だって、なんのアピールも無いんだもの。純粋な正義感で殺人を犯す人なんていやしないわ。世間の注目を集めたい、持て囃されたい、周りに認めてもらいたいとか、そういう承認欲求が根源にあるの。けど、犯人は現場に自分の犯行を示すマークも声明文も無い。より過激にもならないし、むしろ徹底的に犯行を隠そうとしているふしさえある」


 確かに、犯行現場は人気の無いところだ。それに、犯行現場には犯人を示すようなものは何一つ残っていない。


「だから、犯人は正義感なんかで動いてない。むしろ、完遂させることだけを望んでるように思う」


「なるほど……」


 完遂にこだわっているというのは、俺も同じ考えだ。その思想までは分からないけれど。


「わたしが確実性をもって言えるのはこのくらいかな?」


「じゃあ、犯人は怨恨、もしくはなんらかの理由があって犯行に及んでるってことか……」


 怨恨だとすると、容疑者は拡大する一方だ。なにせ、全員が前科持ちなのだ。誰かしらに恨まれていても不思議ではない。


「怨恨って言っても、被害者も殺人現場も法則性が無さすぎて絞りきれないな……」


「うん。何か共通点があればいいんだけど……」


 うーんと二人で頭を捻る。


 けれど、共通点など見つからない。


「首を捻ってるだけ無駄だね。それじゃあ、犯人のことはいったん置いておいて、なんでしんちゃんが刑事さんに協力をあおがれたのか、これを考えましょうか」


「そうだね」


 分からないことをずっと考えていても時間の無駄だ。緋姉の言う通り今はもう一つの方を考えよう。それに、別の方向から考えれば、別の切り口が見つかるかもしれないしね。


「といっても、これにもだいたい当たりはついてるんだけどね」


「え、本当に?」


「ええ。大方、しんちゃんは(おとり)に使われてるのよ」


「囮?」


「そう、囮。しんちゃんネームバリューあるでしょ? そんな人が殺人事件の噂を聞いて回ってたら、それ自体が噂になると思わない?」


「確かに……」

 

 緋姉も、俺が連続殺人犯の噂について聞いて回ってることを知っていた。それに、噂になっていたとも言っていた。


「で、噂を聞いた殺人犯が、しんちゃんに事件のことを嗅ぎ回らないように警告をしようと接近したところを捕まえる……っていうのが、その刑事さんのシナリオだったんじゃないかな?」


「俺めっちゃ危険じゃん……」


「まあ、囮だからね」


 あの野郎……危ないこと押し付けやがって……。


 俺が密かに橘へ怒りを覚えていると、緋姉はさらに続ける。


「まぁ、しんちゃんは人気者だからね。しんちゃんが嗅ぎ回れば他の人もそのニュースをほっとかないしね。いろんな人が嗅ぎ回るようになれば犯人も動きづらくなるし」


「それ、色んな人を巻き込んでるじゃないか……刑事としてどうなんだ……」


「それだけなり振り構ってられないって事じゃないかな? だって、犯人が捕まる様子が全くないもんね」


「気持ちは分からなくないけど、だからって本来守るべき対象を危険に晒していい理由にはならないだろ」


 これじゃあ目的と手段が逆転してしまっている。


 市民を守るために犯人を捕まえるのに、その市民を事件の渦中に引きずり込もうとするなんて。


「守るために何かを捨てないといけない時もあるんだよ?」


「何かを守るたびにその取捨選択を間違えてたら本末転倒だ。今回は確実に間違えてる」


「どうかな? その刑事さんには、犯人がしんちゃんしか襲わない確証があったのかもよ?」


「緋姉のさっきの話を聞くと、とてもそうは思えないけど?」


「当たりがついただけで確証あるわけじゃないよ。こればっかりは、その刑事さんに聞いてみないことにはわからないよ」


「……わかった、仮に確証だけの話としよう。それで、緋姉の言う犯人が俺だけしか狙わない可能性っていうのは?」


「さあ? むしろわたしが聞いてみたいくらいだよ」


 すっとぼけるように肩を竦める緋姉。


「けど、わたしの所感だけど、その刑事さんはいくらか確信を持ってしんちゃんに頼み事をしたんだと思うよ? じゃなきゃ、いくらしんちゃんがヒーローだと言っても、一般市民を巻き込むようなことはしないと思うし」


 確かに、橘は苦手な相手だけど、嫌なやつというわけではない。


「まぁ、馬鹿をやるような人には見えないけど……」


「なんなら電話してみたら? なにか教えてくれるかもよ?」


「それは嫌だ。俺は鼻を明かしたいだけであって、種明かしをしてほしいわけじゃない」


「ふふっ、男の子だねぇ」


 俺の言葉に、おかしそうに、それでいて嬉しそうに笑う緋姉。


 少し子供っぽかったかと、先程の言動を後悔する。


「そ、それよりも続きだ。他の可能性とか考えよう」


「あー、話逸らしたー」


「分かってるんだったら言わないでよ!」


「むふふー。しんちゃん、昔もこんな感じで話逸らしたよねぇ」


 にやにやと悪い笑みを浮かべる緋姉。


 結局、この後緋姉と事件のことについて話すことはなかった。緋姉がこれをきっかけに、思い出話を始めたからだ。


 俺も懐かしくてその話に乗ってしまい、二人で思い出話に花を咲かせた。


 馬鹿話や恥ずかしい話。いろんな話を、図書館の閉館時間間際まで夢中になってした。


 司書が閉館の時間を告げに来て、俺達は図書館から出たけれど、俺はまだ話足りなかった。それはきっと緋姉も同じで、俺と同様に物足りなそうな顔をしていた。


 俺は、この後どこかで話をしようと言おうとした。


 けれど、俺が口を開くよりも早く、緋姉が口を開いた。


「さて、今日もこれでお開きだね。いやぁ、懐かしくてつい舌が回っちゃった」


 言いながら、緋姉は寂しそうな顔になる。


「楽しくって、言うのが最後になっちゃった」


「言うって、なにを?」


 言いながらも、俺は緋姉が言いたいことを半ば確信していた。


「しんちゃん、わたしたちが会えるのは今日が最後なんだ」


 俺の確信から違わず、緋姉は俺が最も聞きたくなかった言葉を口にした。


「地元に帰るのか?」


「まあ、そんなところ」


「そっか……」


 帰ってしまうのなら仕方が無い。緋姉が今どこに住んでいるのか知らないけれど、緋姉が住んでいるのがここではないことだけは理解している。いずれ帰る日が来ることも、もちろん分かっていた。……なんて、お利口に考えるけれど、それだけで納得できるわけではない。


「それじゃあ、住所だけでも教えてよ。暑中見舞いとか、年賀状送りたいからさ」


 俺の、ささやかなお願い。


 しかし、緋姉はふるふると首を振る。


「ごめん、わけあって教えられないんだ」


「そう、なんだ……」


 わけってなんだよ。


 思わず口をついて出てきそうになった言葉を精一杯飲み込む。


 おそらく、俺は今、緋姉に向けるべきではない顔をしている。だから、俺は緋姉には見られないように顔を俯かせる。


 そんな俺に、緋姉は努めて明い声で言う。


「また会いに来るよ。別に、絶対に来れない距離ってわけじゃないんだしさ。そうだ! その時までには携帯買っておくね? しんちゃんとメールしたいし!」


「ああ……」


 緋姉の言葉に、俺は頷く。


 お互いの間に、沈黙が降りる。


 やがて、沈黙の後に緋姉が遠慮がちに口を開いた。


「それじゃあ、行くね。またね、しんちゃん」


「ああ、また」


 緋姉はきびすを返して歩き出す。

 

 俺はその背中を見えなくなるまで見送った。





 その翌日、朝のニュースで犠牲者が一人増えた事が報道された。


 そして、現場には小さなメモが残されていた。


『残り一人』


 犯人が始めて残したメッセージ。


 俺は、その情報をまとめなかった。

、朝のニュースで犠牲者が一人増えた事が報道された。


 そして、現場には小さなメモが残されていた。


『残り一人』


 犯人が始めて残したメッセージ。


 俺は、その情報をまとめなかった。



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