第1話
『訓練終了まで残り60秒』
無機質な電子音声が頭に響いてくる。何度聞いても慣れない感覚。音声を聞いていた少年・武田景は違和感を覚えながら、意識内に投影されているマップ情報を一瞥した。
違和感を覚える、といえば、自分の装いもそうだった。
今、景の装いは少し形容しがたいものだ。一言で言ってしまえば、二足歩行のロボット、が正しい。全長は2メートルを超え、服の代わりに拘束装甲という装甲を纏った姿は、ロボットアニメに出てくるヒーローのようにも見える。
アニメと違うところがあると言えば、景はそのロボットに乗り込んでいるのではなく、変身したのだ、というところだろうか。数百キロを超える外装を苦も無く身に纏い、どういう理屈かは知らないが、今、空を飛んでいる。
『残り50秒』
(おっと、集中しないと……)
景は手を握りしめ、脱線しかけた思考を現実に戻した。
現在地は太平洋上空、高度10000メートル、自分の能力の習熟、データ収集のための訓練中──
「残りは12……」
首を巡らせるとターゲットとなる異形が視認出来た。人型のエイリアンを模したターゲットが、不規則な動きで亜音速飛行している。
「制圧開始」
言葉と同時に身体を前に進めると、滑るように宙を進む身体はあっと言う間に音速を超える。
拘束装甲に埋め込まれたセンサー類が、景の意識に目まぐるしく変わる現在地情報を伝え、音速という速度域にあっても自分の位置と敵の位置関係を見失うことはなかった。
「1」
両手に装備した拳銃型兵装のMSWLを三度発射。すれ違い様に位置をずらしてターゲットに命中した特殊な衝撃波が、バルーン内部で収束し、内部構造を破壊する。
ターゲットに仲間意識や怒りといった感情があるはずもないが、仇を見つけたかのように、残ったターゲットたちが景を中心に散開。一斉にマイクロミサイルを発射する。
信管の抜かれた訓練用……ではなく、当たれば数十億円の戦闘機を一発で破壊できるマイクロミサイルが、景に迫る。
「ふぅ──」
その威力を知っているからこそ、身も凍るような光景だが、景は呼吸一つで己の恐怖をコントロールし、ミサイルに向かって身を躍らせる。
空で舞を舞うように身体を翻し、迫るミサイルを躱す。躱した先で反転し、MSWLを構えた。
「……っ」
MSWLから振動波が放たれ、反転しようとしていたミサイル群が爆発し、花火のように爆炎の華が咲いた。
再度ミサイルが発射される前に動き出す。景は身体を自在に動かしながら手近なターゲットに近づきMSWLで撃つ。一息で三個ほど破壊し、残りは8個。
『近接戦闘のデータも欲しいわ。お願いできる?』
「わかりました」
今度は電子音声ではなく、通信越しの女性の声。景は脳内にぼんやりと描いていた戦略を修正する。
修正しながらも、既にMSWLを発射してしまっており、四つのターゲットを破壊していた。
(データを取るなら……少し大げさに動くべきかな)
MSWLを装甲内に格納し、急激な加速に減速、曲芸的な動きを織り交ぜ、舞うようにターゲットに近づき貫き手を放つ。
手になんの武器などなくとも、音速から繰り出した抜き手は金属を寄せ集めてできたターゲットを容易く貫いた。突き入れた手を無造作に振って破壊した後は、次の獲物を求めて動き始める。
手刀、蹴り、掌打──流れるように、技とも言えないようなそれらを繋いでターゲットを全て破壊する。
「制圧完了……」
『ご苦労様、良いデータが取れたわ。実験終了よ』
「了解です。空母に戻ります」
◆◇◆◇◆◇◆◇
訓練を終えた景は、ドックで白衣の女性に出迎えられた。
「お疲れ様。一応確認なのだけど、身体に異常は?」
「ありません」
ぞんざいな確認なのは、既に何度か訓練や出撃を経験しており、これまで一度も問題がなかったこと、更に計器類のデータから、異常が検出されていなかったためだ。形式状のやり取りを交わし、休憩のために自室に向かう。
今、景は変身を解いて普通の人間の格好をしていた。北太平洋連合──通称、ユニオン。その軍の制服を纏っている。最近では普段着より長く着ているため、着ていてしっくり感じる時もある。それだけ長く職務を全うしている、そう考えると馴染んでいるのは良いことなのかそうでないのか。
そんな少し憂鬱になりそうなことを考えていると、馴染みの女性が歩いてくるのが見えた。少し幼さの残る面差しをしたその女性は、景の幼馴染の真田凛。
「景くんお疲れ様。はい、これ」
「凛姉、ありがとう」
渡されたタオルとボトルを受け取り、中に入っていた清涼飲料水を口に含む。そのままどちらから言い出すわけでもなく、空母内にあるリラクスペースに向かって歩き始める。
「景くん、あの話、考えてくれてる?」
少し、声を潜めて耳打ちしてくる。二人以外にはあまり聞かれたくない話。
二人の将来の話……なんて甘い話ではなかった。将来、という意味では景にとってはあながち間違いではなかったが。
「母上は僕が軍に残ることを期待しているみたい。それに、覚者になった僕は軍を抜けることはできないよ」
「軍を抜けるのは理想だけど……そこは私も理解しているわ。でも、後方に行くのはそれほど難しくはないはずよね」
何度か話しているのは、景の所属のことだった。景は「覚者」と言われる、人間とは少々異なる存在である。尋常ならざる力を持つ存在であり、今後の世界の命運を決めるとも言われる希少な存在──景はその一人だった。
希少さと、覚者の重要性から、各国の覚者は軍によって保護、管理される存在となった。
自由はあるのでそこまで息苦しさはないが、自由に出歩き辛いのは不便といえば不便。しかし、衣食住は安定していて、大きな不満を景は抱いたことはない。実家の方が誰かしらが景の側を離れないため、むしろ自由さを感じている程だ。
では何が問題……というのは、覚者が持つ力と軍の所属。この二つが問題だった。覚者として目覚めた景の力は強大だ。そのため、有事の際、景は軍の統制の元、兵器の一つとして運用される。
今はまだ、そんな風に扱われたことはないが、今後そうなるとも限らない……いや、そうなる確率が高い。
なぜなら地球は今、敵──外宇宙からやってくる生命体との戦いに備えている真っ最中だった。
イメージイラストです
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