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アスモデウス

作者: 神林 醍醐郎
掲載日:2018/01/21

望まない結婚を強いられた少女は、悪魔に救いを求める。

アスモデウス



1.


地獄に封ぜられし 大悪魔アスモデウス


古き王の編みたる呪文にて 現世に召喚さる


そは 華やかなる一室


あまやかな香煙 ゆるやかに漂い 


文机の銀燭(ぎんしょく) 慎ましやかなる灯火で 薄闇を照らしたり


アスモデウスを招きしは その室の主 可憐の少女


長躯の悪魔を見上げる瞳 恐怖に開かれ


純白の衣に包まれたる肢体 寒空の鳥の如く 震えたり



「汝 なにゆえに 我を招きしか」



アスモデウス 己を封ずる陣の内より 少女に問いかけん


その声色の優しきに 少女の心 安らぎて 柔らかな唇 想いを吐露す



「我に旧来の想い人あり


 されど 我が父 貧しき彼と寄り添うを許さず


 人品卑しき 金貸長者と契るを強ゆ


 婚礼は明日に迫り 我 窮し 汝を招かん」



これを受け アスモデウス 首を傾け 再び問わん



「人を救うは魔に非ず


 人を救うは 神より遣われし御使いなり


 汝 なにゆえ 神に救いを請わん」



悪魔の問いに 少女 涙ぐみて 答えん



「我 昼夜を通じ 主を求む


 されど 主より答えなく 御使いも来たらじ


 はや 我が頼り得るは 汝ばかりなり」



少女 かくのたまいしも 悪魔 気を害した風もなし


かえって 優しげなる笑みを深めたれば かく語らん



「我 神に代わりて 汝を守らん


 汝 救いを欲する時は 我が名を叫べ


 さすれば 我 汝が頭に注がれし 災いを除かん」



少女 これに歓喜するも 俄かに (かんばせ) 曇らせたり



「悪魔 人の願いを叶うるに 供物を求むると聞く


 されば 汝 我に何をか求めん?」



これを聞くに アスモデウス 笑みて首を振る



「我 何物も求めず


 神に依らず 悪魔に縋る


 かような者の 増えることこそ


 我の喜び 最良の供物なり」



アスモデウス


こればかりは 悪魔めいた笑み残し


その姿 銀燭の煙が如く かき消さん




2.


さて 翌日 少女と長者の婚礼 華やかに催され


贅尽くしたる宴もたけなわ 酔客 よめめきつ帰りぬ


身を浄められし少女 薄暗き(ねや)に通さる


ほどなくして 閨の戸を開け 金貸長者 現る


長者 薄絹に透けし少女の肢体を眺め 垂涎(すいぜん)して語りぬ



「汝が美貌の誉れ 世の果てまでも聞こえたり


 その純潔 散らすのが 我であること これまさに狂悦(きょうえつ)の極みなり」



長者 突き出たる腹をば揺らしつ 少女に迫る


少女 これに抗うも 強欲なる者の剛力に屈し 臥所(ふしど)に押し倒されん


主の御名を叫ぶも虚し 御使いは現れん


長者の太き指肢 少女の薄絹を裂きて 裸身 露わなるに至り


少女 アスモデウスの名をば 叫ばん


されば 薄闇の閨に 怪しき煙 逆巻きて


たちまち 大悪魔現れたり


これを見た金貸長者 悲鳴を上げて 泡を吹き 床に倒れ 息絶えり



「汝 彼を(あや)めしか?」



少女 裸身を震わせて問うに アスモデウス 首を横に振らん



「さにあらず


 彼を殺めたるは 彼自身の罪過なり


 我が姿


 罪深きものには おぞましき異形と映らん


 長者 その恐ろしきに耐ゆることあたわず 息絶えり」



かく答えつつ 大悪魔 黒き掛け布で 少女の裸身を覆わん



「アスモデウス


 我の眼に 汝が姿は 蒼褪めし貴族のように見ゆ」



少女かく語るに 悪魔 色白き(かんばせ)を歪めん



「汝が眼に 我は 人の姿と映りしか」



アスモデウス 悲哀含みたる声で囁く


されど 悲愴の(かげ)り たちまち失せて


大悪魔 唇に微笑を浮かべん



「我 未だに汝の名を知らず


 我が小さき主よ 御名 我に賜りたまえ」



「サラ」



少女 名を告げるに 悪魔 これを舌に乗せ 繰り返す



「良き名なり」



かく呟き 微笑みて アスモデウス その姿を 曙光のうちに かき消さん




3.


夜は明けて 金貸長者の死 巷に広まれり


そが死は 強き色欲ゆえの不幸


かような醜聞(しゅうぶん)として 広まれり


人々 初夜に伴侶を失いたる少女に 好奇の眼差しを向けん


かねてより サラが美貌は知られども


此が一件にて その高名 更に広まれり


男は 色欲に燃えたる眼差しで 彼女を(かん)


女は 嫉妬に歪みたる眼差しで 彼女を睨めり


人々の語りし 卑しき噂 千里を走りて 広まれり


これ 耳にした長者ども こぞりて サラが家を訪う


良からぬ仕業で 財を築きし長者ども


少女を一目するなり 情欲の虜となれり


なかでも


奴隷の商いにて 肥えたる長者の執着 著しく


その者 多大なる財を積みて 婚姻を求む


サラが父 長者が卑しき人品に 目を背け これを受く


サラが家 名高き旧家なれど 嗣業傾きて 借銭の憂いあり


それが故 父 心を鬼と変え 娘を売り渡したり



4.


時をおかず 少女と奴隷商の婚礼 催されたり


前夫 死せる折は 喪に服するが常なれど


困窮せる父と 欲情せる商人の 浅ましき願い 合わさりて


旧き掟 (ないがし)ろにされん


簡素な婚礼 忙しく終わり 夜闇に灯火 燃ゆる


閨に封ぜられし サラを訪うは 酒を浴びたる奴隷商


卑しき花婿 怯える少女を眺むるに 下卑た笑み浮かべん



「我 数多の生娘 購い これを(しつ)けん


 されど 汝が如し上物を()づること 未だ無し


 これより連なる 汝を(たしな)む日々 思えば


 またぐらの(いき)りも致し方なし」



奴隷商 かくのたまいて 少女を組み敷かん


少女 主の御名を呼ぶも虚し 御使いは現れず


醜き一物 迫りたれば サラが口 アスモデウスの名を叫ばん


大悪魔 たちまち現れて 奴隷商の肩 叩く


奴隷商 振り返りて これを見るに 目を剥き 泡を吹きて 息絶えり


サラ 涙を零しつ アスモデウスに かく告げん



「我 汝に謝罪せん


 我 初めに主の御名 呼べり


 我が口にすべきは ()が名であろうものを」



これを受け アスモデウス 悲哀滲ませたる笑み 浮かべん



「汝が行い はなはだ正しきものなれば これを(とが)めず


 人が救いを求めるべきは 悪魔に非ず


 神に救いを求め 神がこれに応ず


 そがこそ 世のあるべき姿なり


 汝が神を求むるは これ 正しき行いなり」



「されば 何故 主は 我を見放したまうか」



悲痛なるサラが問いに 大悪魔 答うることあたわず


ただ俯きて 少女が慟哭に 煩悶(はんもん)せり




5.


少女が頭に注がれし 災い これに終わらず


サラが美貌に群がりし 長者ども


奴隷商の死を これ幸いと歓喜して 続々と求婚す


長者ども 二者の死を かように解す


すなわち



「一夜 抱くのみに 腹上死すとは


 かの少女が肢体 いかほどの美味たるや


 我 敢えて火中に入り その快楽をば味わわん」 と



サラが父 連なる長者どもを 品定めせん


彼が(かんが)みたるは 人品に非ず ただ積まれし金の多寡(たか)のみ


死せる二者の遺産にて 父が借銭 返済され その懐 潤いたり


これに味を占めし 品定めの眼 浅ましき欲望に 爛々(らんらん)と燃ゆれば


婚姻望まぬサラが願いを 聞く耳もなし



積まれし金の高き順に 婚礼行われ その度に 長者死す


彼らの背負いし罪 重く アスモデウスが姿見て 耐ゆるものなし


悪魔 これに嘆きて (くら)き空を仰ぎ見ん



「人心荒み 浅ましきものども 大いに栄えん


 この世は まさに地獄なり


 神よ 何故 これを捨て置かれるか」



アスモデウス いと高き御坐(みざ)に問うも 応えなし


高貴なる神が 下賤の悪魔に 応えた(ためし) 未だなし




6.


初夜に死した長者の数 七人に達す


これに及び 他の長者ども 恐れを抱きて逃散(ちょうさん)


彼ら 口々に言わん


すなわち



「かの少女 魔に憑かれり


 七人の長者 そが魔に殺められん」 と




7.


あくる夜


アスモデウス 名を呼ばれ 馳せ参ず


悪魔 少女が閨に降り立ちしも そに長者の姿あらず


ただ思い詰めたる面持ちで 臥所に腰かける サラのみあり



「浅ましきもの 見当たらず


 されば 汝 何故 我を招かん?」



悪魔 かく問えば 少女 かく答えん



「今宵 汝を招きしは ただ語らんと欲してなり」



これを受け アスモデウス 椅子を引きて サラが前に座す


悪魔 急かさず 黙して言葉を待たん



「我 想い人に捨てられり」



少女 かく告げしに 悪魔 眉を寄せん



「彼 曰く


 '人々 サラは魔に魅入られんと噂せん


我 呪われしものと契るを望まず


また 七人に汚されし汝を 愛すること 


我には (はなはだ)だ難し' と


 我が身の清きを訴えども 信を得ることあたわず


 想い人 去れり」



これを受け アスモデウス 面差しを暗くして 問う



「汝 彼が死を望みしか」



されど 少女 首を横に振れり



「彼を恨む心なし


 我が心もまた 彼を去りて 久しきがゆえ


 彼の人


 我が窮地を知れど 長者を怖れ 為すことなし


 詮無きとはいえ 我が心 冷めいかん


 我が心 我を救いたまいしものに 傾けり


 サラは魔に魅入られんと 人々は噂すれど


 そは 異にあらず」



思い詰めたる少女の眼差し アスモデウスに注がれん


悪魔 言葉を失して狼狽(うろた)えるに


少女 やにわに立ちて 彼が足に縋りつかん



「我が想い 拒みたもうことなかれ


 我 想い人に捨てられ 父に売られ 神に見離さる


 我を救いたまいしは アスモデウス 汝ばかりなり


 我 この身魂(しんこん)を汝に捧げんと欲す


 汝 我が想い 拒みたもうことなかれ」



これを受け アスモデウス 切々と語らん



「人と悪魔 契るが(ためし) なきにしもあらず


 されど そが道は茨なり


 地獄に通ずる黒穴なり


 我と契るは 死するも同じ


 汝に そが覚悟ありしや?」



悪魔 かく問うに サラ 首肯(しゅこう)せん


アスモデウス 微笑みて かくのたまう



「されば 明日 汝が身魂 貰い受けん


 身を浄め 我が降臨を待ちたまえ」



悪魔 閨を去りて


夜闇の街に佇みし 鐘楼(しょうろう)の頂きへと飛翔す


アスモデウス 昏き空を見上げ かく叫ばん



「神よ


 汝が怠慢ゆえ また一人 地獄に堕ちんとす


 神よ


 汝が真に神ならば 我が悪行 止めてみせよ」



悪魔 満ちんとする月を睨み 咆哮するも虚し


主なるものより 応えなし




8.


さて 翌朝


サラが住まう街を 二人の旅人 訪えり


一人は 眼清き青年 名をトビアという


このトビア サラが従兄なり


一人は 白き衣纏いたる 絶世の美男なり



「アザリア この街に 我が従妹 住まいしか」



紅顔の青年 栄えたる街並み眺めつ 白き衣の男に問う


アザリアと呼ばれし白衣の男


花の如き美貌に 憂いを帯びて 首肯せん



(しか)


 魔に憑かれし悲運の少女 あれなる館に住めり


 トビア 我ら 彼の館に行きて 主の御心 成さん」



トビアと呼ばれし 清き眼の青年


アザリアに導かれ 館を訪う


門前に在りしは 館の主 サラが父


父 二者の来訪に驚きて 誰何せん


トビア これに かく答う



「我 トビトが息子 トビアなり


 従妹サラ 魔に憑かれしと聞きて 見舞わん


 かの魔 名をアスモデウスと言えり


 我ら かの悪魔を払わんが為 訪わん」



これを受け 父 腕を組みて かく逡巡す



憑魔(ひょうま)の噂 広がりしのち


 サラに求婚せしもの絶えり


 トビアとアザリアに


 払魔 試みさせ 憑魔の噂 断たん


 さすれば 長者どもの心 安んじ


 再び サラを求めん」



かような思惑 腹に秘め 父 二者に払魔を命ず


トビアとアザリア


もてなしを受け 夜を待つ


その間 二者は かく語れり



「トビア


 この窓より見えし 鐘楼の先に 満ちたる月のかかりし時


 汝 サラが(へや)を訪え


 そこには 大悪魔アスモデウスあり


 汝 先刻手に入れたる 魚肝を燻らせよ


 そが燻煙は 悪魔の忌みたるものにて


 アスモデウス 退散せん」


 

「アザリア 汝は如何にせん」



「我 館の外にて待ち 退散せし悪魔を捕えん


 彼我(ひが)の力 強く 館で相対せば


 これを打ち壊し 汝らに害及ぶ 憂いあらんが為


 トビア


 単身 悪魔に立ち向かうは 恐ろしきか?」



「甚だ恐ろし


 されど そが主の御旨(みむね)とあらば


 我 火中へも飛び込まん」



トビアが答えに アザリア 微笑み残して 去りぬ


アザリア 館を出で 夜更けし街路を行くに


怪しきかな 彼が背に 真白き翼 現れん


白き衣を纏い 白き翼を負うさま


これ 後世 東方にて『天使』と呼ばるる


主の御使いが姿なり


天使と化せしアザリア 石畳を蹴りて 飛翔す


彼が姿 月映える荒野へと消ゆ




9.


夜は更けて


(うずくま)りしアスモデウスが耳に 少女の呼び声 届きたり


物憂げなる悪魔 立ちて サラが閨を訪う


良き香煙の漂うを 銀燭の灯火 照らす閨に


口紅を引きて 薄き衣を纏う 少女あり


その妖しき艶姿 大悪魔の魂をして 揺さぶらん色香なり


己が胸中のざわめきに 狼狽えるアスモデウスを


サラ 不安に慄きつ 見上げん



「我 汝が為 装えど これを好まぬか」



いじらしくも かく問う少女に 悪魔 息整え 答う



「さにあらず


 我が言葉を失いしは 汝が美しきゆえなり


 汝が美 アダムが妻 エヴァに勝るとも劣らず」



「そは賛辞なりや?」



「言うまでもなし


 エヴァもまた 神の御手 触れたるものなれば」



かく答うる悪魔に サラ 何をか言いかけん


されど そは口にされず 少女 ただ肢体を魔に委ねん




10.


時 同じくして トビア 月が昇るを見るに 室を出ん


トビア 乾きし魚肝 携え 夜闇の染む廊下を行く


薄明りの溢るる木戸 開きてみれば


薄暗き閨に 二者の姿を認めん

 

ひとつは 薄き衣まといたる 美しき少女


ひとつは 白き衣に 白き翼を背負う 御使いの姿なり


トビア 大いに驚き 使命を忘れ 御使いに問う



「汝が姿見るに 主が御使いと(おぼ)


 我より先に 魔から少女を救いたるか」



これを受けるに 白き姿の御使い 微かに笑む


この御使い 戸惑う少女を遠ざけ トビアに向かん



「さにあらず


 我こそ サラに憑きし魔 アスモデウスなり


 こが姿は 人心欺かんとする 仮初(かりそめ)の姿なり」



御使い 美貌を歪めて 醜き笑みを浮かべたるに


トビア 彼が魔たるを信じ 乾きし魚肝に 火を付けん


されば 少女が閨に 凄まじき悪臭 立ち込めて


アスモデウス 鼻頭を袖で覆わん



「これなるは 魔を誅す 神が聖煙


 我 耐ゆることあたわず」



大悪魔 かく叫びて 閨が窓を破り 退散せん


残されしサラ 自失として立ち尽くす


これを見しトビア 少女に寄りて告ぐ



「我が名は トビア


 主に導かれしものなり


 汝に憑きし魔は去れり


 心安んじられよ」



これを聞きしサラ 諸手で顔ば覆いて むせび泣く


トビア これを喜びの涙と解し 満ち足りて笑まん


されど そが真なるかは ただ サラのみ知れり




11.



さて サラが館より逃れし アスモデウス


白翼を広げ 夜闇を裂き行かん


悪魔が飛翔 街外れが荒野に達するに


行く手を 白き人影 遮らん


アスモデウスを阻むは


これ 白き衣まといたる 天使アザリアなり



「久しきかな ラファエル


 汝 我を滅ぼさんと遣わされしか」



怪しきかな 悪魔 アザリアを ラファエルと呼ぶ


ラファエルと呼ばれし御使い 魔が問いに かく応ず



「そは 汝が返答 如何(いかん)なり


 汝 主の御前に跪き 赦しを請うならば


 主 汝が反逆の(とが) 赦さんと思し召す」



「これは異なこと


 神 何故 心変わりせん」



アスモデウス (いぶか)しむに ラファエル かく告げん



「汝 サラを救うに 見返りを求めず


 主 これを大いに喜び 汝に機会を与えたまう


 アスモデウス かつての同胞(はらから)


 汝 主の御前に跪きて 赦しを請え


 さすれば 汝 天界へ引き上げられ


 再び 御使いの光栄 与えられん」



御使い かく告げるに 悪魔 逡巡ののち かく問わん



「神 何故 サラに苦難 強いしか


 清き花を 悪しきに委ねるは 神の成すべき業に非ず


 これ 魔も忌避する悪行なり」



アスモデウス かくのたまえば 天使 眼に悲哀を湛えん



「汝 何故 自身を偽るか


 サラ 清きにあらずは 汝も知るところなり


 かの少女 以前より 想い人と身体を重ねん


 婚礼の前に 交わるは これ 姦淫(かんいん)の罪なり


 それ故に 主 サラが頭に 相応しき罰を科したまう


 姦淫 望みし者には 姦淫を与えん


 サラが眼に 汝が姿 御使いではなく 人と映りしは


 かの少女が負いし罪が為なり」



悪魔 御使いが言に動じず かくのたまえり



「我 サラに罪ありとは思わず


 かえって 神に罪ありと覚ゆ


 そが罪とは 怠慢なり


 婚前の交わり 罪とするならば


 何故 罪を犯す前に これを止めぬか


 止める力 ありながら これを止めなば


 怠慢の(そし)りも 止む無し」



これを受けし ラファエルもまた 動じることなく応ず



「主 もの皆に 自由を与えたまう


 主の御言葉に従いて 善思 善言 善行に生きるも


 自らの欲に従いて 悪思 悪言 悪行に死するも


 これ 人の自由 その責は 各々が負うものなり」



「さらば 欲のまま 他者を虐げるも自由か


 弱者を踏みつけ 奪うも自由か


 自由が美名のもと 行われる悪 甚だ多し


 されど 彼らに下されし神罰 甚だ少なし


 悪は世に蔓延(はびこ)りて 虐げられし者の涙 大河の如し


 これなる地獄の有様を 自由と称して 捨て置くかぎり


 神に垂れる頭なし」



「そが 汝の答えか


 ならば 致し方なし」



ラファエル かく呟きて 掌中に 鋭き剣を生ず


雷鳴一閃


振り下ろされし剣 アスモデウスが頭を砕く


ラファエル (たお)れし悪魔を担ぎて


これを燃ゆる山へ運び その火口へと投げ捨てん


サラによりて 現世に招かれし悪魔


かくして 地獄へと還らん




12.


これなる物語


後世 かく伝わらん


すなわち



「大悪魔アスモデウス


 美しき乙女に欲情し これに憑りつかん


 されど 御使いに導かれしトビア


 魔を払い 少女を救わん」 と



今日 アスモデウス 色欲の権化なる悪名にて 知られり


されど 真を知る 少なき者ども


人目を憚りつ かく口にせん


すなわち



「アスモデウス サラに触れること 一度もなし」 と

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