再会?と遭遇4
はい、続きです。
はい、眠いです。
ぐらぐらと大地が揺れる。
山肌からパラパラと砂埃が落ち、コロコロと小石が転がって来る。
『あ、今揺れたね』
「先輩、揺れがわかるんですか?」
『うん。私、浮いてるけどそのくらい見ればわかるよ』
「そうですか」
『最近地震多いね。本当に大地震来るのかな?』
「さあ? どうでしょうね」
先輩の言う通り最近地震が多い。大きな地震の前触れなのかもしれない。
この辺りではしばらく大きな地震は起きていない。最後に大きな地震が起こったのは随分昔だ。俺たちが生まれるよりずっと前だったはず。先生の話によると、プレートの歪が限界を迎え大きな地震が起きると10年くらい前から予測されているらしい。30年から50年の間に起こるとされているが、いまだに大地震は起こっていない。一方で、地震はすでに起こっており、予測されている期間に大地震は起きないという説もあるらしい。
どちらにせよ、大小問わず地震は各地で起こっている。地震大国の名は伊達ではない。
「地震直後にトンネルに入って大丈夫なのか? 生き埋めなんて嫌だぞ」
俺は自転車を脇に止め、ボソリと呟いた。
『あ、そうなったら一緒に成仏しようよ』
「……」
冗談にしても言った相手が幽霊なだけに笑えない。
日はとっぷりと沈み、辺りは夜の闇が包み込む。トンネル内の薄暗い照明だけが灯り、奥の方で電球が切れて暗くなっている箇所が見える。振り返ると、少し離れたところに街灯がちらほらと灯り、遠くに街の明かりが綺麗な夜景となって見える。見上げると、昨日とは打って変わり満点の星空。街中ではなかなかお目に掛れないそれも、山の麓まで来れば拝むことができる。まあ、街中ではそうそう天を仰ぎ見る機会なんてないんだけど。
当然先輩には星空を眺める余裕はないようだ。俺の顔とトンネル内とを交互にチラチラ見ている。
それにしても、もうすぐ5月だというのに空気はまだ冷たい。日の光で温められていたアスファルトから、その熱がジワリジワリと失われていく。山間にあるこの道は、南側にある為日を十分に浴びられるが、やはり平地に比べると、日照時間は短い。この冷え込みが、日照時間に関係しているのか、それとも別の理由なのかはわからないが、足元から這い上がる、ひんやりとした空気が自然と身震いを引き起こす。
先輩は寒くないのだろうか?
「寒くないですか?」
『ん? 平気だよ』
どうやら幽霊である先輩は、特に温度変化は感じないようだ。
G市OG道路。G市の特産品から名付けられた愛称Oロードの方が馴染み深いだろう。このOロードは、Nトンネルと、Sトンネルの二つのトンネルを要し、G市から高速道路へと続いている。以前二つのトンネルの間に料金所があったが、想定よりも通行量が多かった為、予定よりも早く無料開放された。免許のない俺には関係のない話なのだが。
トンネルを眺めたままなかなか動き出さない俺に痺れを切らしたのか、先輩が訊ねてきた。
『それで、ここに三葉がいるかもしれないの?』
「わかりませんが、警察がこの辺りを捜していたらしいです。三郎たちもここに来たはずだから、何か手掛かりがあるかもしれません」
『そう……』
とは言ったものの、さっきざっと見た時に気になるものが視えてしまった。例の【黒い靄】がトンネル内に薄っすらと浮かんでいるのが視えた。あれが視えてしまった以上放っておくことも出来ない。本来なら近づかないのが正解なんだけど、あの二人がここに来て行方不明になったというのなら、関係がないとも言い切れない。ひょっとしたら三葉の身にも何かあったのかもしれない。調べてみる価値はあるだろう。
俺は用意してきた懐中電灯を手にする。
「よし、行くか」
『うん』
一歩踏み出そうとした時、背後でガサリと物音が聞こえた。
振り返ると、背後には誰もいなかった。
『どうしたの?』
「いえ、今誰かいたような」
『ん~あの人?』
「え?」
先輩の指差した方へ視線を向けると、暗がりの中に一人佇んでいる人物がいた。ジーンズにパーカー、頭にはキャップを深く被り顔は見えない。目を凝らして見るが、やはり暗くてハッキリとは見えない。男か女かも判別できない。
「誰だ?」と声を掛けようとしたが、俺が声を掛ける前にその人物は踵を返し立ち去ってしまった。
『行っちゃったね。何してたんだろ?』
「さあ?」
見た感じトンネルを見ていた気がするけど、トンネルマニアだろうか? 各地のトンネルを回り写真に収めるマニアがいると聞くが、あの人もその類だろうか。暗いから写真は明日に持ち越したのかもしれない。
俺はそう納得し、再びトンネルに足を向けた。
◇◇◇
【黒い靄】を辿ってトンネル内を奥へと進んで行く。
コツコツコツ……
トンネル内に靴音が反響している。
照明のおかげで、トンネル内は外に比べて随分と明るい。当たり前の事だが、その明るさが俺の不安な心を少し和らげてくれる。しかし、奥に進むにつれ静かさも増し、不気味さも増していった。ゾクゾクと這い上がる冷たい空気が、それに拍車をかける。
『夜のトンネルって、ちょっと不気味だね』
いきなり声を掛けられ、俺の肩がビクッと跳ねてしまった。一応「そうですね」と答えておいたが、ビクついたことに気付かれただろうか?
先輩はキョロキョロと周囲を見ていて、気付いてはいないようだ。
不気味なトンネル、隣には幽霊。普通なら見えないモノ聞こえないモノが、見えたり聞こえたりしている。この不可思議な状況に、俺の感覚が少しおかしくなっているのではないかと錯覚を覚える。その所為で、今聞こえているこれも、幻聴なのか判別できなくなっていた。
コツコツコツ……
トンネル内に靴音が反響している。
俺は思い切って聞いてみた。
「先輩」
『なに?』
「靴音って聞こえてますか?」
『ん? 聞こえてるけど? 勇人君が歩いてるんだから聞こえて当然でしょ?』
「……俺、スニーカー履いてるから、こんな革靴みたいな靴音しないんですけど」
『え……』
先輩は俺の靴を確認すると顔を青くした。
先輩にも聞こえているってことは幻聴ではないという事。つまり俺以外に歩いている者がいるってことなんだけど、見える範囲には誰もいない。じゃあ背後に? 近くなのか、遠くなのか、音が反響して距離がわからない。
歩みを止めて見ると、靴音も止まった。
『と、止まったね』
「……」
先輩が一々教えてくれる。先輩も怯えはじめているのかもしれない。幽霊が正体不明の足音に怯えるというのも変な話だが。
俺は頬に冷や汗が伝うのも構わず、耳に神経を集中する。
歩き出す気配はなさそうだ。俺との距離を一定に保っているのだろうか? 追い越すには少々道幅が狭いからかもしれない。それとも別の理由で?
まさか一連の行方不明者の誘拐犯!? 俺を誘拐するつもりなのか? いやいや、俺を誘拐したところで大した身代金なんて取れない、別の理由だろう。(誘拐犯側からすればそんなことはわからないのだが)
先程見かけた人物が、「夜のトンネル内を歩いてみよう」と、引き返してきたのかもしれない。だから立ち止まってトンネル内の造りを観察しているのかもしれない。とは考えたものの、そんな物好きが本当にいるのだろうか? いや、マニアならばその可能性がないとは言い切れない。むしろ、是非そうであってほしい。
俺はその靴音が、聞こえてはいけない音ではなく、誘拐犯のものでもなく、先程のトンネルマニア(勝手に俺が思い込んでいるだけ)のものであってほしいと願い、恐る恐る振り返った。
同じように振り返った先輩が、わざわざ教えてくれなくてもいい結果を教えてくれた。
『だ、誰もいないね』
「……」
…………うん。きっと幻聴だったに違いない。誰もいないという事はそういうことだろう。
「聞こえてはいけない音」を幻聴と一括りにすることで、俺は不安と恐怖を忘れようとした。
そして俺は再び歩き出した。
『ま、待ってよ~』
先輩が慌ててついて来る。
コツコツコツ……
そして靴音も、俺を追いかけるようについて来た。
俺は、自然と歩く速度を上げていた。
これはヤバイ、ヤバイ気がする。あの靴音に追い付かれてはダメだ。俺の勘がそう訴えてくる。視えないことがこんなに不安を煽るとは思わなかった。なまじ先輩が視えてしまう分、かえって恐怖が掻き立てられる。これなら視えた方がよっぽど安心できる。本来なら視えない方が安心できるのだが、そう思ってしまう程恐怖で思考がおかしくなっていた。
◇◇◇
靴音から逃げるように歩いていると、照明が消えているあたりに差し掛かった。いや、消えているわけではない。【黒い靄】が薄い膜のように照明を覆い、光が見えなくなっていただけのようだ。
【黒い靄】は八方に広がっているようだが、よく見ると一際濃い筋があった。それを辿って見ると、壁の窪み、故障車を一時的に停車させておけるスペースに続いていた。そして、その壁に備え付けられている鉄扉に続いている。
【黒い靄】はこの奥から流れ出ているようだ。この扉の先は避難通路だろうか?
俺はその扉に手を伸ばしていた。
隣からゴクリと喉を鳴らす音が聞こえて来た。
ドアノブを回してみると、何の抵抗もなく扉は開いた。扉の先が避難通路になっているのなら、当然と言えば当然なんだけど。
そっと扉を開け放つと、中から冷たい空気が流れ出て来た。中を覗き込むと、一直線に通路が伸び、照明が点々と灯っていた。奥から天井を這うように【黒い靄】が流れているのが視える。
二人はこの奥にいるのかもしれない。ふとそんなことが頭を過った。
すると、俺の耳元で先輩が囁いた。
『勇人君、靴音が近づいて来てる』
扉に意識が向いていたから気付かなかったが、靴音は止まることなく近づいて来ていた。引き離したつもりだったが、もう追い付かれたようだ。ひょっとしたら、三郎たちもあの靴音に追い込まれてここに逃げ込んだのかもしれない。
「先輩、中へ」
俺は意を決して、先輩を連れ扉の中に入った。
扉を閉めるとトンネル内よりも静けさが増し、照明のブーンという音が鼓膜に響いた。
靴音はもう聞こえない。追って来るのかと思ったが、扉が開かれるということはなかった。諦めてくれたのだろうか。
俺がホッとしていると、隣で同じように先輩もホッとした表情をしていた。幽霊が何を怖がっているんだろうと、滑稽に思えて笑いそうになった。
『な、何よニヤニヤして』
「何でもないです」
どうやら気が緩んだついでに頬も緩んでいたようだ。まだ不安が完全に消えたわけではないのに。一人じゃないから、先輩がいるからか? そうかもしれないが、今はそれを気にしていても仕方がない。扉の外で何かが待ち構えているかもしれない以上奥に進む以外に道はない。
「奥へ進みましょう」
『う、うん』
俺は先輩にそう告げ、奥へと進んで行った。
◇◇◇
通路をしばらく進むと、先輩が何かに気付いたように呟いた。
『何か、臭わない?』
「え? クンクン……言われてみれば確かに臭いますね。甘いというか、何かが発酵したような?」
そんな臭いが微かにした。それは奥に進むにつれ強くなっていく。
そして臭いに慣れた頃、通路の出口に到着した。
俺たちは扉を開き外へ出た。
しかし、扉の先は外ではなく別のトンネルだった。避難通路は、Sトンネルとこちらのトンネルを繋いでいたようだ。
壁と天井は凸凹し、地面はかろうじて平面を保っている。随分と古いトンネルのようだが照明はちゃんと灯っていた。しかし、灯ってはいるが薄暗い。その原因は、やはりあの【黒い靄】だった。【黒い靄】がトンネル内に充満しているのが視えた。
『照明は灯ってるのにどうしてこんなに薄暗いんだろ? 汚れてるのかな?』
幽霊である先輩ならひょっとしたらとは思ったが、残念ながら視えていないようだ。
「そうかもしれないですね」
と、答えておいた。「【黒い靄】が充満してるから」なんて言っても信じてはくれないだろう。
「今の声、勇人、か?」
「勇人? ああ!? 勇人!」
「ん?」
突然トンネルの奥から声が聞こえて来た。
靄の所為で見え辛いが、トンネルの奥に地面に座り込む二人の人影が見えた。
靴音の正体は一体何だったのか。それを知るときは来るのだろうか。