出会いと別れ1
『死想』リニューアルバージョンです。序盤は一部変更されていますが、5、6話目あたりから本格的に変更しています。『死想』を読んでくださっていた方も、そうでない方も一度読んでみてください。
最初の出会いは、恥ずかしくなるようなテンプレ的な出会いだった。それでいて危険な出会いだった。彼女との出会い(再会)は、俺にとってどういう意味合いを持つのか。今の俺には知る由もなかった。
―――これが本当に出会い(再会)であるのなら、だけれど……。
◇◇◇
「ん~見つからないなぁ」
『……』
俺は男の子と一緒に、男の子が落としてしまったと言う御守りを探していた。
この辺りでなくしたと言っているが、見つからない。人通りも少ないこの細い道は、片側は公園、もう片側は家の塀になっている。見つからないはずがないのだが……。
これだけ探して見つからないとなると、公園の中まで風で飛ばされたのかもしれない。もしくは家の庭に入り込んだのかも、ひょっとしたら犬がくわえて行ってしまったのかもしれない。もう少し探す範囲を広げる必要がありそうだ。
男の子にそう提案しようと振り返ると、
「あれ? いねぇし……」
そこに男の子はいなかった。
折角一緒に探しているというのに、諦めて先に帰るとかありえないだろう。最近の若い子は自由奔放というか、礼儀を知らないというか。まあ、確かに時間的にもそろそろ限界ではあるけど、一言くらいあってもいいと思うんだけどな。
スマートフォンに目を向けると、本当にギリギリの時間だった。
「やばっ、俺も学校行こ」
俺は立ち上がると、急ぎ足で学校へ向かった。
季節は春、出会いと別れの季節というけれど、高校二年となった俺には特にその恩恵はない。同学年はすでに見知った者たちばかり、部活に所属している者ならば、先輩が卒業し新たに後輩が入って来るのだが、いかんせん俺は部活動に参加していない。別れもなければ新たな出会いもありはしないのだ。
……さっきの男の子は出会いと呼べるのだろうか? いや、さすがにあれは言わないだろう。
新たな気持ちで迎えたい新学期だというのに、特に目新しい事のない現実に俺は悶々としていた。できれば可愛い女の子と出会いたいところなのだが、普通を絵に描いたようなルックスの俺がそれを望むのは贅沢なのかもしれない。もう、見た目は気にしないから恋人がほしい! と考えるのは相手に失礼だろうか。
そんなことを考えながらボーッと歩いていた。
細い道から通りへと出たところで、甲高いけたたましい音が響き渡った。
キキィィィーーー
「きゃぁぁぁっ!? どいてぇぇぇっ!?」
「え? うわっ!?」
俺は出会い頭に走行してきた(暴走してきた)自転車と激突しそうになった。
間一髪のところで華麗に避けたが、バランスを崩し結局すっ転んでしまった。地面に着いた手とお尻が若干痛い。すれ違う通勤通学途中の人たちからの視線がこちらに向いている気がする。クスクスと笑われている気がして顔が熱くなるのを感じる。
俺はそれを悟らせないよう、努めて平静を装う。そして、手を閉じたり開いたりを繰り返し、時にぷらぷらさせ、手首を捻挫していないか確認した。もちろん、捻挫などしていないことはわかっていたけど、なんとなく恥ずかしさを紛らわすためのポーズとしてやっていた。
服に着いた汚れを払い立ち上がると、
「すみません。大丈夫でしたか?」
と、背後から声を掛けられた。言うまでもなく暴走自転車を駆る人物だろう。心配気な少し高く綺麗な声、どうやら女性のようだ。
まさかこれが新たな出会い!?
と、一瞬歓喜したが、すぐにその考えを振り払った。そもそも俺は食パンを口にくわえていたわけではない。テンプレートなイベントを期待していないわけではないけれど、そんなものは現実に存在しないことも知っている。まして、暴走自転車と激突して嬉しい出会いになるはずもない。激突はしていないけど……。
随分と急いでいるようだったが、この時間帯に急ぐとなると、通勤や通学で急いでいた以外考えられないな。
とはいえ、笑って許せるほどの勢いでもなかった。一言くらい文句、注意をしてもバチは当たらないだろう。
俺はご立腹感を顔一面に貼り付け、注意してやろうと振り返った。
「あのなぁ……っ!?」
俺はその女性を、女性の顔を見て絶句した。
長い髪をポニーテールに結い、真新しいリクルートスーツで身を包んだ、社会人一年生感を漂わせた女性だった。心配と申し訳なさとが混在したような曇った表情。それを補って余りあるほどの綺麗な女性だった。間違いなく美人の部類に入るだろう。
そう、美人なのだ。なのだが……。
「だ、大丈夫です」
俺はその一言を口にするので精一杯だった。
俺はその女性の顔から目が離せなかった。
何か言わないと、言わなければ……そう思えば思う程、気が逸り言葉が出て来ない。なんて言えばいいのかわからない。下手なことを言えば、ナンパ野郎扱いされてしまう。
俺が言葉を探し言い澱んでいると、そんな俺の顔を女性は珍しいものを見るかのような表情でまじまじと見ていた。そして、何かを思い出したようにハッとし、焦った表情になる。
「本当にごめんね。今度ちゃんとお詫びをするから」
女性は急いで自転車のペダルをこぎ出そうとしていた。先程の暴走具合からも分かるように、余程急いでいるようだ。
どうやってお詫びをするのだろう? などと考える余裕もなく、俺は何とか声を絞り出した。
「ちょっ、ちょっと待って! あ、あの……」
若干声が上ずってしまったが、恥ずかしいという感情は湧いてこなかった。それすら忘れてしまっていた。
しかし、呼び止めたはいいが、俺は再び言い澱んでしまう。
やはりうまい言葉が出て来ない。
時間が差し迫っているのだろう、女性は焦りの色を濃くしていく。
困り顔の女性と挙動不審な俺。傍から見たらどう見えているだろう? 被害者である俺が、加害者であるこの女性に如何わしいことを要求しようとしているように見えたりはしないだろうか。
迷っている暇はない。もうこうなったら、恥も外聞もなく言ってしまおう。
そう開き直り女性に告げた。
「あの、怪我には気を付けてくださいね」
当然だが、女性は怪訝そうな視線を向けて来た。
「キミ、G高の子よね?」
「え? そ、そうですけど……」
なぜ俺がG高だとわかったんだろう? いや、この辺りに住んでいるのなら、俺の向かっている先にG高がある事はわかる。そして、俺の背格好で高校生だとわかり、G高の生徒だと推測したのだろう。
女性は「ハァ」とため息を吐く。
「G高のOGとして言わせてもらうと、登校中にナンパは良くないと思うな」
軽く説教じみたことを言われてしまった。ていうか、俺はナンパ野郎と勘違いされたようだ。
「ち、ちがっ!?」
俺が否定の言葉を言うが早いか、女性は「じゃあね」と言って、駅方面に向け自転車を走らせ行ってしまった。
「あ!? ちょっと……」
俺の伸ばした手が、所在なくに宙を彷徨う。
ナンパじゃないのに……本当にそうだろうか? あれほど綺麗な女性と知り合う機会など、この先あるかわからない。折角お詫びをすると言ってくれたのだ、これをテンプレイベントとして確立させようと考えていなかったと、本当に言えるのだろうか?
その考えを否定できない俺は、女性を気にしつつ鬱々とした気持ちで再び学校に向かった。
◇◇◇
A県G市にあるG高等学校、通称G高(決してゴキ・・ではない)。ここが俺が通う高校だ。地元民なら半数、というと大げさだが、4割から3割はこの高校に進学するだろう。かくいう俺も、電車通学に憧れる反面、寝坊したら困るという理由だけでこのG高を選んだ。可もなく不可もないと言った感じの高校だ。将来の展望がはっきりしていない俺が、この高校に落ち着いたのは必然と言える。
「おはよう」
「おう、朝から見事なフラれっぷりだったな。くくくっ」
教室に入るなり、クラスメイトがそんなことを言ってきた。
福島雅治。某シンガーソングライターを意識したような名前の男だ。きっと母親がファンなのだろう。本人も意識してか、髪形を似せているのが鼻に着く。「あんちゃん」とか言い出したら殴ってやろう。俺は密かにそう決めていた。
というか、あの場のやり取りを盗み見てやがったのか。
「違うし」
「そうか? 随分と必死だったみたいだけど? まあ、あんな美人がお前を相手にするとは思えないけどな」
ニヤニヤと面白がりやがって、確かに俺もそうは思うけど、本当にそれだけじゃないってのに。
「だから、違うって」
俺はドカッと自分の席に座る。
すると、新たなクラスメイトが廊下から勢いよく駆け込んできた。
「みんな聞いてくれ! 大ニュースだ!」
登場早々なんてベタな入り方だ。今時ライトノベルのモブキャラでも、そんなベタなセリフ吐かないだろう。……いや、吐くかもしれないな。
この男は調子のよさそうなモブキャラ感溢れるクラスメイト、鈴木三郎。名前からもモブキャラ感が溢れている。なんて言うと、全国の鈴木三郎さんに怒られてしまう。
三郎が教卓に両手をつき聞いてくれアピールをすると、「どうしたどうした」とクラスメイトたちの視線が集まった。
「なんだ? まさか転入生が来るとか言うんじゃないだろうな?」
と、雅治が呆れ顔で訊ねる。
雅治の矛先が三郎に向いてくれたことにホッとしたが、またしてもベタなセリフが飛び出してきた。新学期早々転入生とか、どこのラノベだよ。
そんな雅治に、三郎は顔を顰めて告げる。
「何言ってんだよ雅治。お前ラノベの読み過ぎだろ」
「こいつ……殴りてぇ」
雅治は拳をプルプルと震えさせ、三郎を睨みつけていた。
そんな雅治を涼しい顔でスルーすると、三郎は本題を口にした。
「さっき電車通学のヤツに聞いたんだけどさ。駅で人身事故があったんだってよ」
それを聞き、俺の肩が脊髄反射のようにビクッと反応した。
「駅で人身事故? またかよ。これで何件目だ? あの駅、噂通り呪われてんじゃねぇの?」
噂? 確かに最近駅で人身事故が多く発生してるみたいだけど、噂ってなんだ? 呪いって何だよ? 事故と関係があるのか?
まわりの顔色を窺うと、雅治をはじめみんな顔を顰めヒソヒソと話していた。
知らないのは俺だけか?
聞き耳を立てるがよく聞こえない。さらに集中しようとすると、それを遮るように三郎が口を開いた。
「話にはまだ続きがあってな、その人、去年までこの高校に通ってた先輩だったんだよ。その先輩に憧れてたみたいで、あいつかなり落ち込んでたな」
それは落ち込む程度の話じゃないだろう。そいつ(彼か彼女かはわからないけど)にとっては絶望と言っても過言ではないはずだ。
「うちの先輩か、誰なんだ?」
雅治が訊ねる。
興味本位、というわけではないのだろうけれど、やはり同じ高校に通っていた人が亡くなったのだ、気にはなるだろう。
三郎は去年の在校生リストを脳裏に思い浮かべているのか、虚空を見つめながら告げる。
「櫻木双葉先輩だ」
部活が一緒だった者、知っている者もいたようで、名前を聞いて涙を流す女子や表情を暗くする男子の姿があった。
そして、知らない者は教室内に広がる重苦しい雰囲気に耐え、黙って俯くしかなかった。
櫻木双葉か、知らない名前だな。名前からして女性、去年まで高校生だったということは、現在は大学生か社会人、OGか……。
俺の脳裏に一人の女性の姿が浮かんだ。自転車を暴走させてきた、ポニーテールの似合う綺麗な女性。彼女もこの高校のOGだと言っていた。
まさか彼女が?
血の気が引いて行くのを感じた。まさかと言いつつも、俺は確信に近いものを感じていた。しかし、まだそうと決まったわけではない。確認しないことにはわからないだろう。
ただの希望的観測ではあるが、俺は三郎に近づきそっと耳打ちする。
「三郎、櫻木先輩の写真ってあるか?」
「は? なんで?」
「いや、ちょっと気になって」
「ふ~ん、じゃあ、あいつに画像送ってもらうか?」
「すまん、頼む」
三郎はスマートフォンを取り出し、「あいつ」とやらにメッセージを送る。
「あいつ」というのは、今の話を聞いた生徒のことだろう。
学校でスマホの使用は禁止されているのだが、この際よしとしよう。律儀に守っている者がいるかも怪しいからな。もちろん俺は使ったりはしない。使う用事がないからな。友達が少ないともいうが……それはいい。
俺が自虐ネタで項垂れていると、画像が送られてきたのか、三郎が「ほいよ」とスマホ画面を俺に向けて来た。
部活の集合写真のようだ。
俺が櫻木先輩を捜していると、三郎が櫻木先輩の顔をアップにしてくれた。
画面に映し出された画像を見て、俺の顔は強張り身体は硬直した。
整った顔立ちにポニーテール、道着を着ていて印象は違うが間違いない。やはり、今朝会った女性だった。
仕方のない子を見るような表情で、「じゃあね」と言った彼女。それが彼女とのはじめての出会いであり別れだった。
そしてそれが、今生の別れとなってしまった。
同じだ!? と感じた方は5、6話辺りから読んでみてください。ではでは。