五話
ヒロインと駄弁る、みたいな話
「で?死ぬ前に何か言っておくことはある?」
学園の制服に着替えた少女が言う。
烏兎は少し考えて、返事をする。
「大変素晴らしゅうございました」
「よろしい。死ね!!」
少女は部屋に転がっていた彼女の愛剣を迷わず全力で烏兎の頭に振り下ろす。
「うおおおお!?危ないな!!?」
咄嗟の判断で頭上に三角錐を召喚。
そのまま三角錐ごと頭をかち割られそうな勢い。
三角錐を手で押さえて何とか防ぎ切る。
奇跡的に生き延びてるぞ我、と冷や汗を垂らす烏兎。
突然現れた三角錐を見て少女はやはり、と確信。
「なんで私の部屋に入ってきてるのとか色々言いたいことはあるけれど…その三角錐…やっぱりあなたこの前S級エネミー倒してた奴よね!?その後怪我してる私を置いて逃げた!」
彼女は烏兎がS級エネミーから庇った少女であった。
「…あー」
言われてみるとそういえばそんな事もあった、と烏兎はようやく思い出す。
確かにあのお胸様はあの時の娘のものだ、と一人納得。
やはりお胸様は素晴らしい。眼福眼福。
うんうんと頷きながら少女の胸を再びじろじろと見る烏兎。
「どこ見てんのよッ!!?」
「ひでぶッッ!?」
学習しない烏兎であった。
ひとしきり烏兎と漫才を繰り広げた少女は、疲れたように溜息をつきながら言った。
「はぁ、もういいわ…ひとまず命の恩人ってことで裸を見られたことに関しては命までは取らないでおいてあげる。色々聞きたい話はあるけれどまずは自己紹介ね。私の名前は火宮 沙由里。あなたは?」
「うむ、字戸 烏兎だ。よろしく、火宮」
「ええ、四露死苦。…で、いきなりだけどまずは何で私の部屋に入ってこれたのかから聞くわね」
よろしくの音が若干違ったように聞こえたが、沙由里の笑顔が怖かったので烏兎は触れないことにした。
「あ、天木教官に貰った寮の鍵がこの部屋の鍵だったのだ。嘘じゃないぞ!?」
疑わしそうな顔をする沙由里に慌てて弁明する。そして辺りを見渡してあることに気付く烏兎。
「と言うか、この部屋って多分二人一部屋のルームシェアするタイプだと思うぞ」
そんなわけないじゃない、とでも言いたげな沙由里に少しびびりながら烏兎はベッドだって二段ベッドだし…と小声で繋げる。
少し黙り込んだ沙由里は何かに気づいたように顔を上げた。
「あ……長い間一人で使ってたから忘れてたわ…」
沙由里が気まずそうな顔をして目をそらす。
だがそのチャンスを逃す烏兎ではない。
ここぞとばかりに保身に走る。
「ほらやっぱり!だから我は悪くないぞ!」
「そうだとしても裸を見たのは許されないわよ!」
「不可抗力だ!!」
存外、息がぴったり合う二人であった。
***
「はぁ!?クラス全員同時に模擬戦した!?嘘でしょ!?」
烏兎が寮まで来ることになった経緯を聞いた沙由里はそんな声を上げた。
「しかもあの学年首席の“暴君”ミリア・ハーノットが率いる小隊に勝った!?それ本気で言ってるの!?」
暴君とはあの機動戦士のことだろうと推測する烏兎。
「ミリア・ハーノット?はは、女みたいな名前なんだな、あの金髪少年」
「…あなた何言ってるの?ギフト『暴君の鎧』を保有するミリア・ハーノットは女性よ」
明かされる衝撃の真実。
「え、まじか…」
確かに華奢だったけど。髪もサラサラだし、声も男にしては高いし。睫毛も長いし目も大きいなとは思ってたけども。いや、我的にはボクっ娘は全然オッケーだな。うん。いけるいける。そんなことを考える烏兎。
多分、烏兎はまたしょうもないこと考えているんだろうな、と思い嘆息する沙由里。
この短い時間で沙由里は烏兎が馬鹿だということを理解していた。
「あなたそんなことミリアの前で言ったら闇討ちされるわよ。あの子結構気にしているもの」
「まじか……!!」
模擬戦に勝利したとはいえ三角錐の防御の上から吹き飛ばされたのは記憶に新しい。
そんな重戦士に奇襲されればさすがの烏兎も対応しきれない。まず死ぬだろう。
思わず身震いする烏兎。
烏兎はミリアの前では絶対に胸が貧相とか言わない、と脳に刻み込んだ。
「そう言えばなんで火宮は寮にいるんだ?我が寮に来た時はまだ皆授業してたぞ?」
二段ベッドの下段に寝転がりながら烏兎が言う。
「ちょっと、下の段は私のよ!…そうね、誰かさんが瞬殺したエネミーにやられた傷で今まで入院してたのよ」
ついさっき退院してきたの、と言う沙由里。
ばつの悪そうな顔になる烏兎。
「…その…悪い。我がもっと早く辿り着けていれば…」
意外にも殊勝なことを言う烏兎がおかしくて少し笑う沙由里。
「いいわよ。別に怪我したのは私の実力が足りなかっただけだしね。って言うか文句言いたいのはあなたのギフトよ!私の攻撃でも傷一つつけるのがようやくだっていうのに何!?あの強さ!?ちょっとおかしいんじゃない!?」
「ギクッ」
露骨に挙動不審になる烏兎。
何かを隠していることがモロバレである。
「あー!何か隠してない!?もしかして強さの秘訣とか?!教えてよ!」
学園生らしく強さには貪欲なのだろう。
烏兎の両肩に勢いよく掴みかかる沙由里。
その目には好奇心が浮かんでいた。
「え、ちょっ…まっ…」
ベッドから半身を起こしていただけの烏兎はいきなり肩を掴まれて体勢を崩し、ベッドに倒れ込む。
「えっ…きゃっ!」
手応えが全くなかったことで沙由里の体勢も崩れる。
ドサッ。
沙由里はベッドの上の烏兎に倒れ込み、持たれかかるようになってしまう。
お互いの吐息の音が聞こえるくらいに近い距離。
(うわ近い近い睫毛も長い肌きめ細かい唇ぷるぷるだし可愛い可愛いてか近い近い)
いつもは巫山戯た烏兎もこの時ばかりは心臓がバクバクとなっていた。
それは沙由里も一緒。
いくら先程まで談笑していたとは言え、裸を見られたばかり。それに烏兎は助平な一面も見せている。身を強張らせて動けなくなってしまう沙由里。その顔を羞恥で赤く染める。
緊張からかどちらも体を動かせない。
「「……………」」
「おーい字戸、いるかー?」
ガチャッ、とドアが開く。
そこには那由多の姿。
「お前に相部屋だってこと言ってなく、て…………」
こちらを見て固まる那由多。
「……うむ、仲良くやることはいいことだな。どうやら私は邪魔をしてしまったみたいだ。また来る」
くるーりとどこかぎこちない動きで踵を返す那由多。
「「誤解なんです待って下さい教官っっっ!!!!」」
二人が那由多の誤解を解くのに五時間はかかった。