二話
わからん
学園都市ヴァナディース。
それはエネミーの襲撃に備え、特殊なギフトによって作られた結界に守られた一種の要塞都市である。
そこでは多くの若きギフト持ちが将来対エネミーの戦力となるために勉学に励んでいる。
だがいくら将来軍人になる可能性があるとはいっても学生は学生。噂が好きな者が多い。
ヴァナディースに存在する学園の中でも由緒ある不可思議学園でもそれは例外ではなかった。
不可思議学園に転校生が来るらしい。
その噂は学園生の多くが知るところであった。
***
なんというか、面白そうなことをみつけたな、と少年は思った。
以前会ったとある少女が着ていた服。
それはどうやら学園の学生が着るものらしい。
学園…それは長らく退屈を持て余していた彼にとって甘美な響きを放っていた。
「やはり学園生活も楽しそうだな……観光もいいが、学園都市にせっかく来たのだから一回は学生ってものをやってみたいぞ」
そう思ったが吉日、彼はすぐさま不可思議学園に連絡し、突然ギフトが得られたので編入したいと話した。
すると結果は快諾、編入にあたって簡単な実力テストをするとのことだった。
少年のワクワクは止まらない。
試験当日まで一週間ほどあったが興奮のあまり眠れなかった。
そして試験当日。
不可思議学園の校門の前に少年は立っていた。
そして思わず感嘆した。
「おぉー……美しいな…」
校門は城門のよう、荘厳華麗にして細部まで拘られた装飾が美しい。
人間ってすげぇな、と少年が関心していると。
少年の後ろでクスリ、と笑い声が聞こえた。
「気に入ってくれたようなら何よりだ。君も今日からここに通うのだからな」
少年が振り向くとそこには艶やかな長い黒髪を後ろでゆるくまとめた、切れ長な瞳の女性がいた。
「あぁ、自己紹介が遅れたな。私は今日君の試験監督をする天木 那由多だ。君の名前も教えてくれるか?事前情報として受け取ってはいるが本人の口から聞くのが規則なのでな」
那由多は苦笑しながらそう言った。
少年は畏まりながら返事をした。
「監督の方でしたか。我、いや私は字戸 烏兎と言います。今日はよろしくお願いします」
「ふふふ、そうかしこまらなくても良いさ。君が入学してからは教官としてビシバシ指導することになるだろうからな」
柔らかく笑っているようで笑っていない那由多の笑み。
「ははは…お手柔らかに…」
烏兎はじんわりと冷や汗が出るのを感じた。
試験会場へ向かう途中。烏兎は気になることを那由多に聞いてみることにした。
「そう言えば天木教官は天木 不可思議の子孫なんですか?」
「ああ、不可思議は私の曽祖父の姉にあたるな。彼女は独身だったから血縁関係をもつのは私の一族だけだ」
ちなみに祖父がこの学園の理事長だ、という言葉に適当に相槌を打っているとどうやら試験会場に着いたようだった。
「……………広いですね」
「そうだな。ギフトを生徒が使用しても不自由のないように、というコンセプトで作られたらしいぞ」
そこはまるで巨大なコロッセオのような場所だった。
中央は運動場のようになっており、その周りには観客席と思しきものがずらりと並んでいた。
遠目から何十人かの生徒が中央に集まっているのが見えた。
「丁度今私の受け持つ新入生のクラスが模擬戦をしていてな。字戸にも参加してもらい、それで実力を測ろうと思っている」
「なるほど模擬戦ですか。それは楽しくなりそうですね」
「言うじゃないか。こちらも楽しみにしているよ」
これがただの大口を叩いている馬鹿なのか、それとも……目の前で楽しそうにしている烏兎を見て、那由多は目を細めた。
「これより模擬戦を始める!諸君らには事前に通達したように今回はここにいる転校生、字戸 烏兎の実力を測ることも同時に行う!この後諸君らの内誰か1人に字戸と戦ってもらう!わかったな!」
「「「「「「「はい!!」」」」」」」
よく通る那由多の声に返事をする学生達。
その姿はさながら軍隊のようでもあった。
「字戸!軽く自己紹介しろ!」
その言葉で那由多の一歩後ろに立っていた烏兎は一歩前に踏み出し。
「今日から皆さんの級友となります、字戸 烏兎です。今日の模擬戦は皆さんの胸を借りさせていただく所存です!」
と言って。
なんだ、普通の奴だなと考えているクラスメイトの顔を見てほくそ笑みながら。
「ぶっちゃけ我より強い奴はいないだろうけどな!」
御丁寧に変えたいた口調を元に戻し、中指を立てて速攻で猫の皮を脱ぎ捨てた。
「かかってこい!このヘタレモヤシどもがッッ!!」
「「「「「「「…上等だコラァ!!」」」」」」」
こうして、一対四十三の模擬戦が始まった。
***
一対多数の戦闘の中で大事なことは立ち止まらないことだ、と烏兎は考える。
一度立ち止まってしまえばあとは袋叩きにされるだけだからだ。
一人であるということのメリットである機動力を生かさないのは非効率的だろう。
だが、それでは面白くない。
自分が格上だということをわからせたい。
そんな傲慢な考えからか、烏兎はあまり自分から動こうとはしなかった。
「来雷霆ッッ!!」
目の前の模擬剣をもった大柄の男子生徒が雷を飛ばしてくる。
「はるか偉大なる三角錐」
だがその雷は烏兎の目の前で出現した平たい三角錐によって打ち消された。
だがその雷は囮。
後方に控えていた四、五人が一斉にギフトで炎の槍を無数に飛ばしてくる。
「炎系統のギフト持ちの合成攻撃か」
だがそれも烏兎には届かない。
烏兎への攻撃は全て彼の周囲を旋回する八つの三角錐が弾いていた。
「「「「おおおっ!」」」」
そこにギフトで肉体を強化した数人が四方からそれぞれ手に持った武器を烏兎に叩きつけようとするも、三角錐に弾き飛ばされる。
次々と放たれる色とりどりの炎、氷、酸、鉄片などの攻撃も烏兎には届かない。
「おいおい、この程度か?不可思議学園の生徒ともあろう奴等がぽっとでのギフト持ちにいいようにやられていいのか?」
次の瞬間、直刀型の三角錐が一振りで烏兎の周囲にいた三人の学生の首を刎ねる。
だが模擬戦では特殊な結界が張られており、致命傷に近い傷を負うと無傷で結界の外へ弾き飛ばされるようにできている。
首を刎ねた三人が結界の外に弾き飛ばされ無傷でいることを視界の端に捉え、結界の効果を確認した烏兎は少し本気を出すことにした。
烏兎が両手を広げると、また新たな三角錐が生まれた。
大きさは全長3センチほどだが、その数は軽く百個を超えていた。
「これは痛いぞ」
烏兎が手を振るう動きに合わせて三角錐の群れが蠢く。
鋭い三角錐が吹雪き、相対する者の身体を削り取る。
あちこちから生徒の悲鳴が聞こえる。
透明の三角錐の嵐は猛威を振るい、次々とその色を赤く染めていった。
三角錐の竜巻がようやく止んだころ、烏兎の前に立っているのはたった六人だった。
「全滅させる気でいたが…六人も残るっていうのはさすが不可思議学園ってところだな」
その言葉に烏兎に最も近い位置にいた一人の金髪碧眼の少年が反応する。
「っはっ僕らは都市貴族の血が流れてるんだ。ひ弱な平民どもとは才能が違うんだよ」
都市貴族。それは優れたギフト持ちを代々輩出する家系。
その起源は都市の防衛に貢献したことで貴族の位を与えられた者達であり、彼らはその末裔である。
「なるほどな。ぶっちゃけ血筋とかどうでもいいんだがな。楽しませてくれればそれでいいのだ」
烏兎は小馬鹿にしたように言う。
「ふん。お前が平民の割には強いのはわかった。だが、僕らに勝てると思うなよ!」
その言葉と同時に残っていた六人が一気に動き出す。
明らかに連携の取れた動き。
「ははっ楽しくなってきたな」
烏兎は嬉しそうに口を歪めた。
模擬戦?