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入学式

《…………》


 呼ばれている気がする。

 私になにか用があるの?


《……》


 わからないよ。なんて言ってるの……?

 はっきり言ってよ。


「……寝て……つも……」


「うぅん……だれ……?」


 ゆっくりと意識が覚醒する。

 美人の女の子が私を覗き込んでいた。


「おはよう、サダーシュ」


「……イーサ?」


「髪がボサボサになっているわ。待ってて。今、櫛で梳かしてあげるから」


 ああ、そうだ。王立学院にやってきたんだった。

 騎士になるための第一歩がここから始まるんだね。


「ほら、あちらを向いて座って。頭は動かさないで」


 すーとイーサが手にした櫛が滑っていく。


「サダーシュの黒髪は綺麗ですね。羨ましいです」


「そんなことないよ。イーサの髪のがずっときれいだし」


「ふふ、ありがとうございます」


 実際、イーサってピカピカのブロンドで、すっごくきれいなんだからね。

 数日に一度、小川で洗っていた私の髪とは根本的に違うものだから。


「はい、これでいいわ」


「ありがとう」


「どういたしまして。身支度を整えたら朝食に行きましょう。それから入学式ね」


 朝食を終えて部屋に戻ったら学院の制服が部屋に届けられていた。


「これでいいの? ちゃんと着れてる?」


「大丈夫。とっても可愛いわ」


 制服は襟のあるシャツに短めの上着とスカートだった。

 私が着ていた服とは全然違う。

 よい布地で、よい仕立ての服だ。

 しかも動きやすい。このまま剣の稽古をしても大丈夫そうだった。


「はっ」


 剣は持ってないけど目の前に目標がいるつもりで動いてみる。

 下段に構えて前へ出てフェイント、相手の前でジャンプをするように斬りあげる。

 くるりと回転をしながら着地した。


「うん、動きやすいね」


 イーサがパチパチと拍手をしてくれた。


「いい動きだけど、そんなに激しく動くと下着が見えてしまいますよ」


「見えてた?」


「男の子たちがいたら目のやり場に困っただろうなと思うぐらいには」


「うーん、仕方ないよね。これが制服なんだし。それにパンツぐらい見られても問題な――はへ?」


 イーサが切羽詰まったような顔をして私の両肩を掴んでいる。


「駄目よ! 女の子が下着を男の人に見せるなんて絶対に駄目!」


「でも私のパンツを見たって誰も喜んだり――」


「とにかく駄目!」


 あ、あの、肩を持ってガクガクするのやめてください……く、首が痛いから……。


「制服を着ている時はあんな風に動いたら駄目ですからね。どうしてもというのなら……そうね、わたくしのでもよければこれを使って」


 イーサが差し出したものを受け取る。

 半透明でスベスベでツルツルしている。


「これは?」


「ストッキングっていうの。すごく薄くて腰のあたりまである靴下みたいなものよ。これからはこれを必ず履くこと。予備も差し上げますから。いいわね?」


「う、うん。ありがと」


 イーサが目で「今すぐ履け」って言っているので、さっそく履いてみる。


「これでいいかな?」


 薄手の生地のせいで地肌がうっすら透けて見えるけど全体的には黒っぽい。これならパンツは見えないかも。

 締め付け感はあまりなく、履き心地がよくて動きの邪魔にならない。


「ありがとう。なんか気に入っちゃったかも」


「それはよかったわ。

 あのね、サダーシュはもう少し慎みを持つべきだと思うの」


 うっ、イーサがお姉さまみたいなこと言う。

 どうせ私のおっぱいはイーサよりずっと小さいですよーだ。





 入学式は広い講堂で行われた。

 前方に一段高い場所があって、次々偉い人が立って話をしていく。


 私たちは演台に向かい合う形で半円状に並ぶ椅子に座っている。

 右隣にイーサ、左にはなぜかトゥシスがいた。


 ありがたいお話をしてくれているんだろうけど、ちっとも面白くない。さっきからあくびをかみ殺すのが大変だった。


「――それではこれより物見の儀を執り行います」


 早く終わってくれないかなぁと思っていたら空気が引き締まったのがわかった。


「なんか雰囲気変わった?」


 小さな声で隣のイーサに話しかける。


「これから物見の儀が始まるからよ」


「物見の儀?」


「ユースの特性を見極める儀式だ。そんなことも知らないのか」


 反対側から嫌味な声が聞こえてきた。


「水見の儀とは違うものなの?」


 私はおじさんに水見の儀というのをやってもらって、自分にユースの能力があるのを知った。

 この儀式は水の入ったコップみたいなものを持つ人に対して特別な方術を使うことでユースのあるなしがわかる儀式だって聞いたんだけど。


「水見の儀だとどんな武具が得意なのかまではわからないの。物見の儀は実際の武具との相性をみるのよ」


 名前を呼ばれた人が神妙な顔をして演台に上がって上着の袖をまくる。

 彼の正面に立つ派手な扇子を持った女性は差し出された腕を見て、満足そうに頷いていた。


「あの立派な格好をした人は誰なの?」


「お前は話をちゃんと聞く癖をつけろ。あの人はカーモリア学院長。ここで一番偉い人だ」


 だって話が長くて退屈だったんだもん。


 学院長が剣、槍、槌、盾、杖の順番で生徒の前にかざしていく。


「――ヨシリアム=ビリーチンはマジックユースですね。励んでください」


「はいっ」


 しゃちこばった声で返事をして演台から降りる。


「今の人は方術が得意ってこと?」


「正確には方術の効果が高くなる、かしら。物見の儀では五つの属性を象徴する武具をかざして、その人にどの武具が向いているか判断するの。

 ブレイドユースだと思って剣ばかり使っていたけど、物見の儀で調べてみたらハルバートみたいなポールウェポンの相性に優れていたスラストユースだったなんてこともあるからね」


 私は愛用の剣の時しか動きがよくないから、ブレイドで間違いないと思うんだけどなぁ。


 次々に名前が呼ばれて、それぞれの特性が明らかになっていく。


「――ハージェシカ=イーツテリアは……ブレイドとブロウのツーユースですね。その才能を伸ばしていってください」


 学院長が宣言をした瞬間、講堂がざわついたのがわかった。


「今年の新入生にもマルチユースがいるのか」


「これは期待を持てそうだな」


 席の後ろからそんな声が聞こえてくる。

 私が口を開く前にイーサが説明してくれた。


「複数のユースを持っている人のことよ。たまにいるの」


 ユースという時点で選ばれた存在なんだし、複数のユースを持つことがどれだけ珍しいかは私にだってわかる。


「それより演台脇の衝立の奥に入っていく人もいるけど理由があるの?」


「あそこでユースの証である武印を見せているのよ。大っぴらに見せられないようなところにアザがある人もいるでしょう。

 ……トゥシスみたいに」


「お嬢! それは言わなくてもいいっ」


「――トゥシス=アズウェイ」


「はいっ」


 ちょうどトゥシスの順番だったみたい。

 演台に上がったトゥシスは衝立の奥に入っていく。


「トゥシスはどこに武印があるの?」


「それはわたくしの口からは言えません。どうしても知りたいのなら本人に聞いてください」


 いたずらっ子みたいにウィンクされた。

 もう、美人はずるいなぁ。そんな表情だってかわいいんだもん。


 順番に武具がかざされていく。

 今までは一度かざすだけだったのに、盾をかざした時だけ三回ぐらい試していた。


「トゥシス=アズウェイは……ブロウとガードのツーユースですね」


「いえ、違います」


 学院長の宣言をトゥシスが否定する。

 ツーユースであることが判明した時以上にざわついていた。


「自分はガードがダブルのはずです」


 トゥシスは自信ありげに胸を張っている。


「ツーユースの上にダブルだって?」


「おいおい、今年もどうなってるんだ……」


 またまた講堂内が騒がしくなる。


「ダブルは同じ属性の武印が二つあるの。能力が高い上にとても珍しいのよ」


 またも私が聞く前にイーサが教えてくれた。

 イーサってなんでもよく知ってるよね。


「なるほど。そういえばダブルはこんな反応でしたね。もう年かしら、忘れてしまうだなんて。

 貴方の才能を自覚して訓練に励んでください」


「はい」


 トゥシスが台から降りても、まだ講堂はざわついていた。


「――イーサティア=ニアステリア」


「はい」


「がんばってね!」


 声をかけたらイーサはにっこり微笑んでくれた。


 衝立の奥から戻ったイーサに学院長が武具をかざしていく。

 他の人より長いような気がする。


「イーサティア=ニアステリア。貴方は自分の才について気が付いていますか?」


「はい」


「……そうですか。私も初めてですよ。ブレイド、スラスト、ブロウ、マジックのフォーユースを見るのはね」


 一瞬、講堂がしんと静まった。


「フォーユースだと……」


「かの大英雄ヒサリスですらスリーユースだったんだぞ……」


「今年の新入生はどうなっているんだ……」


「貴方には英雄の資質があります。ですがそれに決して奢ることなく、成長していってください」


「はい」


 戻ってくるイーサの姿をみんなが目で追っていた。

 講堂にいる人すべての視線を集めているのにイーサの顔色は変わらない。

 席に座ってもヒソヒソ声は収まらなかった。


「そんな驚かなくてもいいのにね。イーサだって普通の女の子なのに」


 両サイドから私に視線が向けられているのがわかった。


「な、なに? 私、なにかおかしなこと言った?」


「ううん。なんでもありません。ただサダーシュと友達になれてよかったなって思っただけですから」


「ふん。案外、人を見る目だけはあるのかもしれないな」


 トゥシスはいちいち一言余計なのよっ。


「――サダーシュ=シュラインベース」


 名前を呼ばれて学院長の前に立つ。

 目がぱっちりして、唇が厚くて、派手な顔つきの女性だった。


 武印を見せないといけないんだっけ。

 しばらく演台の上でじっと見つめ合う。


「武印を見せてください」


「えっと、私のは瞳にあるそうなんですけど……」


「……なるほど。黒曜石のような瞳に武印があるだなんて私も初めてよ。今日は初めて尽くしね。ところでこっちの目は見えづらくないの?」


「気になるほどではないです」


「そう。わかりました。じゃあ、見てみましょうか」


 学院長が武具を手に取った。


ブックマーク等、よろしくお願いします。

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