お節介
声をかけてきたのは女の子だった。
金色の輝くような長い髪は毛先が緩やかにカールしている。
まるでその年に初めて積もった雪のような白い肌。
体のラインが隠れるフリルやレースがたっぷりあしらわれた服。
まっすぐに向けられる信念に満ちた青い瞳。
なによりもとっても美人な女の子だった。
こんな美人、今までに一度だって見たことがない。
足音を高く鳴らしてこちらへやってくる。
歩いてくる女の子に気圧されたのか、お兄さんたちが後ずさった。
その隙に私は大切な剣を奪い返す。
「あっ、てめぇ!」
「その剣、もともとはその子のものではないのですか?」
女の子の鋭い声に、お兄さんの顔が歪む。
「だったらどうだってんだよ、あ゛あぁ!?」
すごむような声に思わず首をすくめる。
けれど女の子はそんなのどこ吹く風と言いたげに傲然とお兄さんたちを睨みつけていた。
「その荷物も返しなさい」
「はっ。誰が!」
歯をむいてお兄さんが吠える。
「わかりました。それでは仕方がないですね」
女の子は右手に持ったとても武具には見えないオシャレなパラソルを構える。
「貴方もユースならしっかりと意識を保ちなさい――〈眠りの雲〉!」
女の子が宣言したと同時に、私の周りに白い煙みたいなものが現れる。
え? なに? なんなのこれ!?
「くそっ、方術師かっ」
これが方術……すごい、なんだか頭がぼんやりして眠たくなって……うう、まぶたが重くて目を開けていられ、ない……。
「意識を保て!
こんな小娘の方術ならたいしたことはないはずだ!」
「効きが弱いですか。方術の効果を抑えるのは苦手なんです……仕方がありません」
頭がぼぅっとする。
遠くの場所から女の子の凛々しい声が聞こえてくる感じ。
「そんな傘で俺たちをどうにかできると思ったのかっ。舐めるなよ!」
「囲め囲め!」
「こんな荷物邪魔だ!」
あっ、ひどい!
私の大事な荷物を捨てるなんて!
ぼんやりとした頭のまま荷物にすがりついた。
ああ、柔らかい。
このまま眠っちゃおうかな……。
「なっ、なんだこの動き!」
「こいつ速いぞ! 気をつけろっ」
「気を付けてどうにかなるレベルでないのを思い知りなさいっ」
「うっ」
「ぐはっ」
「つぅ」
人が倒れる音が三つしたかと思うと、すぐに静かになった。
次は私の番なのかなって思いながら体を固くしていたんだけど、いつまで経ってもなにも起きない。
ぎゅっとつむっていた目を開くと、傘を肩に担いだ美人さんが私を見下ろしていた。
「まだ眠気はありますか?」
「あ、いえ……大丈夫そうです」
さっきの眠気がウソだったみたいに頭がはっきりしてる。
「怪我もないようですね。よかったです」
「あ、あの……ありがとうございます!」
この人に助けてもらったんだった。
お兄さんたちは地面に転がったまま呻いているだけじゃなくて、縄で縛りあげられている。
え? いつの間に?
もしかして、この美人さんがやったの? すごい!
「貴方が怪しげな男性たちと裏通りに入っていったので、もしやと思ったのですけれど、何事もないようでよかったです」
「あやしげ……ですか?」
誰のことだろう?
もしかして……私?
「気をつけたほうがいいですよ。貴方のような可愛らしくてか弱い女性を狙う卑劣な輩もいるのですから」
「は、はあ……」
かわいらしくてか弱いって……私!?
「そういえば自己紹介がまだでしたね。わたくしはイーサティア=ニアステリア。仲の良いお友達はイーサと呼んでくれます」
「私はサダーシュですっ」
「ふふ。素敵なお名前ですね。ところでサダーシュ、貴方も王立学院に入学するのですか?」
「そうです。イーサティアさんもそうなんですか?」
「仲の良いお友達はイーサと呼んでくれます」
「……イーサさんもですか?」
「仲の良いお友達はイーサと呼んでくれます」
「…………イーサもなの?」
「ええ」
あれ? このやり取り、つい最近もしたような?
「よかったら、わたくしと一緒に学院まで行きませんか?」
「いいの?」
「ええ、もちろんです。これから学友になるのですから」
「やったー! 王都に来たばっかりなのに、もう友達ができちゃった♪ なんか得した気分!」
そう言って笑いかけると、イーサもチャーミングな笑顔を見せてくれた。
「じゃあ、行きましょうか」
イーサがクルリと回ると、ゆったりとしたスカートがふわりと広がる。
私、あんな素敵なスカート持ってないよ。イーサっていいところのお嬢様なのかなぁ。
先を行くイーサの背中を追いかける。
隣に並ぶとイーサの肩のあたりが私の視線の高さだった。
だから彼女と話すときは自然と上を見ることになる。
「イーサってとっても強いんだね。それに方術も使えるなんてすごいね!」
「あら、サダーシュは使えないの?」
「うん。何度か冒険者に教えてもらったことがあるんだけど、一度も成功したことなかったんだ。
でも学院に入れば方術も教えてもらえるんでしょ? 早く私も使えるようになりたいなぁ」
方術が使えると就職の時に有利だって聞くしね。
「さっきはごめんなさい。巻き込むような形で方術を使ってしまって。
効果を強くするのは得意なんですけど、抑えるのは苦手で……」
「ううん、気にしないで。むしろ実体験できて得しちゃったかも!」
イーサは朗らかに微笑んでくれた。
「サダーシュはブレイドユースなのかしら」
イーサの視線が腰の剣に向いている。
「うん、たぶんね。イーサはマジックユースなの?」
マジックユースは方術を使う時に使う方術具と相性がいい人たちね。
「半分……うーん、四分の一正解かしら」
あれれ? 違うのかな?
「そういえば、わたくしの友達にとっても強いブレイドのユースがいるの。だからサダーシュがその子と仲良くなってくれたら嬉しいわ」
「ホントに? イーサの友達だったらきっといい人だよね。その人に会うのも楽しみだよ♪」
どんな人だろう。
ソウジュみたいにかわいくて強い人なのかなぁ。楽しみだなぁ。
しばらく並んで歩いていたら賑やかな通りに出た。
「そういえばイーサの荷物はどこにあるの?」
「親切な人に運んでもらっているの。ほら、あそこよ」
イーサが指差した先には馬車があって、その近くに長身の男の人が立っていた。
私たちに気が付いたのか、こちらへ向かって小走りで駆け寄ってくる。
「お嬢! どこへ行っていたんですか。俺はあそこで待っていてくれと言いましたよねっ」
お嬢?
やっぱりイーサってお嬢様ってこと?
「この子がトラブルに巻き込まれていたみたいだったから、ちょっとお節介を焼きに行って来たの」
「トラブル?」
男の人が睨みつけるように私を見る。
わー、この人も美形だ。
意志の強さを感じさせる眉に力強い光を宿した瞳。
男の人にしては長い髪は明け方の空の色をしていて、綺麗に梳かし整えられてる。
私より頭二つ分ぐらい高いこともあって見下されてる感じが半端ない。
「そんな目で見たら駄目よ。サダーシュはわたくしの友達になったの。ね」
「うんっ。初めまして! 私はサダーシュです。今度、王立学院に入学することになりました」
男の人はいかにも胡散臭そうと言いたげに私を見てる。
……なんでそんな目で見られないといけないの?
「なんですか?」
「いや、何も」
「だったらそんな目で見ないでくださいよ」
「これは生まれつきのものだ。気にするな」
「気になります! 誰だよ、こいつ、みたいに見られてるんですから」
「ああ、その意味なら正しいな。なんだ、意外に見る目があるじゃないか」
この人、私のことからかってるよね!?
「そんな意地悪をしないで、ちゃんと自己紹介をなさい」
イーサのとりなしに男の人は大きな溜息をついた。
それからすっと背筋を伸ばして、私に向けて頭を下げる。
「失礼いたしました。
自分はトゥシス=アズウェイと申します。以後、関わりになりませんよう」
ふわぁ、カッコいい!
なんだか騎士みたいな仕草で挨拶されちゃったよ。
……あれ?
なんか変なことを言われたような?
「ふん」
あ、鼻で笑った! 今、笑ったよね!?
「もう、どうして初対面の人とはいつもこうなのかしら」
困ったわっていう表情でイーサがため息をついている。
美人っていうのはため息も絵になるんだねぇ。うらやましい。
「ねえ、サダーシュも一緒に連れて行ってあげて。どうせ行く先は同じだもの。構わないでしょう」
「俺が何を言ってもお嬢はそうするんでしょ。わかりましたよ。
ほら、荷物をよこせ」
「えっと……」
渡しちゃっても大丈夫なのかな。
三人組のお兄さんたちに持っていかれそうだったのがちょっぴり心の奥に引っかかってるんだけど。
「早くよこせ」
「あっ、ちょっと」
「馬車に積み込む。腰のはそのまま差してろ」
私の荷物を持ってトゥシスは先に行ってしまう。
もう、なによ!
「じゃあ、わたくしたちも行きましょう。こっちよ」
イーサに手を引かれて向かった先の馬車には幌付きの客車がついていた。
「うわー、ふかふかだー」
しかも中の椅子は固くないの!
トゥシスが御者席に座ると、ゆっくりと馬車が動き出す。
「ゆ、揺れてない!」
おじさんの馬車はガタガタ揺れっ放しだったのに、この馬車はそんなことが全然なかった。これなら長い時間乗っててもお尻は痛くならないよ、きっと!
「うふふ。喜んでもらえたみたいね」
「王都へ来るまでに乗ってた馬車の椅子が固くてお尻が痛くなっちゃったの。もしかしたらアザができちゃってるかも……」
「まあ、それは大変。
でももしかしたらそのアザで新しいユースに目覚めているかもしれませんよ?」
「ホントに!?」
「後天的にできたアザでユースに覚醒することはない。そもそもユースの証はアザではなく武印だ。そんなことは常識だろ。
お嬢もバカをからかうのはやめてください」
御者席のトゥシスが冷静なツッコミを入れてくれた。
すみませんね、常識がなくって!
「うふふふ。ほら見て。あそこがわたくしたちが通うことになる王立学院よ」
イーサの指差す先に、いくつもの尖塔の伸びる立派な建物が見えてきた。
あそこが私の通うことになる場所なんだ!
ブックマーク等、よろしくお願いします。