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剣術の師匠

「ねぇ、トゥシス。どこか具合が悪いの?」


 今日の授業が終わって、夕食まで個人練習をするタイミングでトゥシスに声をかけてみた。


「……」


 なにも言わないでこっちを見るトゥシスの目はいつもと違っている。

 今までだってつっけんどんな態度ばっかりだったけど、こういう表情で見られたことはなかった。

 まるで感情が感じられない。


「ちょっとこっち来てっ」


 なんだか無性に腹が立ったので、トゥシスの手を握って移動する。

 たいした抵抗もせずについてくるのもムカつくんだけど。

 目的の場所は他の人があまりこない、いつも日課で使っている場所だ。


「言いたいことがあるのならはっきり言いなさいよ!」


 腕組みをして睨みつける。

 こんなのトゥシスらしくない。面白くない。なによりチームに悪影響が出かねない。

 だってトゥシスは私たちのチームの参謀役なんだから。


「……特にはないが」


「じゃあ、その態度はなんなのよ!」


 みんなが勝つためにアイディアを出し合っているのに一人だけ聞き役に徹して。

 これまでみんなをまとめてきた人がそんなんだからイーサが前面に立ってるじゃない。


 参謀の指示が絶対と言っていたイーサが意見のまとめ役をしているっていうことは、参謀が機能していないってことだ。

 今のトゥシスは自分の仕事をしていない。


 そんなの私が言わないでもトゥシスならわかってて、すぐにでも元に戻るだろうって思ってた。

 でもそんな気配がない。対抗戦まで時間もないっていうのに。


 それなら私が感じていることをぶつけてやろうと思った。

 でもそれをみんながいる前でやるとイーサの面子を潰すことになりかねないからこうして引っ張ってきたんだけど。


「お前は強いな」


「……は?」


 気勢がそがれる。

 なんでそんな暗い顔してるのよ。


「俺もお前と同じで騎士になることが夢だった」


「そ、そうなんだ」


 その割にはいろいろと小バカにしてくれていたように思うんだけど。


「多少は使うが剣理を知らん、方術も使えん。そんな奴に負けるはずはないと思っていた。

 俺のユースはガードとブロウだが剣術もやってきた。そこらのブレイドよりもやれる自信だってあった。すぐにでも騎士になれる実力はあるつもりだった」


 実際、トゥシスの剣術はブレイドのエイザーン君やユウリーンさんに劣るものではない。

 ユースではないのにそれだけの実力があるのは本当にすごいことなんだと学院で学んでいればわかる。


「近衛騎士の撃剣師範でもある達人剣――ニシキーンは俺の目標でもあった。いずれは俺が倒す。そう思っていた。ブレイドでもないのにな。お笑い種だろう?」


 そんなことはないと思う。

 騎士にとって剣は基本中の基本だってニシキーン先生も言っていたし。


 それにイーサだって認めていた。

 努力だけでフォーユースでブレイド持ちのイーサに匹敵する剣技をトゥシスは身に着けているんだって。


「それってつまり私が妬ましいってこと?」


「…………そう、なるのか」


 重い溜息がトゥシスの口からもれた。


「そうだな、そうなんだろう。優れた剣を手にしただけで強くなるブレイドユース――いや、お前はアーツだったか。それに嫉妬しているんだよ、俺は。

 は、ははは……なんて小さな男なんだ……」


 俯くトゥシスの肩が震えている。


「ちょっと見てなさいよ」


 少し離れた場所に立って、ゆっくりと息を吐く。

 前方に掲げた手にはザンヤの剣を握っている。


 踏み出して突き。横凪ぎに一閃。勢いを殺さないまま振り上げて斬り下ろし。

 相手の攻撃を避け、さばき、体を崩して攻撃する。

 足払い。跳ぶ。間合いをとる。

 その動きは学院に来た最初の夜にトゥシスが見せてくれたものだ。


「ふぅぅ……」


 ゆっくりと息を吐きながらザンヤを体に納刀する。


「どう?」


「……驚いた」


 あの日、我流で剣を振り回しても先はないというアドバイスを私は忘れていなかった。

 だからあれからはいつもの動きの他にトゥシスがやって見せてくれた動きを真似て練習していた。


 私にとって剣術の師匠はトゥシスってことになるのかな。


「だからね、そんなしょぼくれた顔をされてると困るの。もっと私にいろんな動きを教えてよ」


「……教えていたつもりはないんだが」


「目の前でやって見せてくれたじゃない。私にはそれで十分。剣理なんて難しいことはわからないけど、トゥシスの動きがマネできれば強くなれるって思ってるんだから」


 私はザンヤのアーツだから強くなっただけじゃない。

 もちろんザンヤを手にしたことで強くなったのは間違いないけど、私という一人の剣士だって強くなっている。努力してる。

 そのことをトゥシスにはわかってほしかった。


「悪かった。俺はお前の努力を知ろうとせずに、優れた剣を手にしただけで強くなったと決めつけていた。許して欲しい」


 トゥシスが頭を下げるなんて珍しい。

 この場面を一枚の絵画として残しておけないものだろうか。


 私がなにか言うまでは頭をあげないつもりなのかな。

 このまましばらく見守っているっていうのはどうだろう。


 しゃがんで下からトゥシスの顔を見る。


「……怒ってる?」


「こちらが下手に出ていれば調子に乗りやがって……」


 歯ぎしりの音が聞こえてきそうだ。


「そこで怒ったら台無しだし! うんうん、許すから! 許すから怒るのはなしにして!」


 それから晩御飯抜きでみっちりしごかれました。とほほ……。



        ※        ※        ※



《…………》


 また声が聞こえてきた。

 内容はわからないけど私に呼びかけてくるものがある。


《………………》


 なんだろう?

 これまでとは少し違う気がする。


《…………》


 声は下の方から届いてくるようだった。

 ずっとずっと下の方。


「わふ……」


 目が覚める。

 うーん、気分が重い。

 気分だけじゃなくて体まで重かった。


 そっか、昨日は遅くまでトゥシスにしごかれたんだっけ。

 ご飯抜きとかあんまりだよ~。


 あんなのを師匠と呼ぶのは間違っている気がするので絶対に口にしてやらない。

 むしろ「アホ師匠」と心の中で呼んでやる。


「サダーシュ、起きたのなら支度をして朝食に行きましょう」


「うん」


 イーサは朝から身だしなみをしっかり整えている。

 どこからどう見ても隙のない美少女だ。


「少し待っていてくださいね。すぐにお湯を準備しますから」


 微笑んだイーサはちょいちょいと私の頭を指差していた。

 髪に触れてみる。


 寝癖でボサボサだった。





「なるほど、また声が聞こえたわけですか」


 例の声がまた聞こえたと学院長とジンバルク先生に相談することにした。

 またフラフラ夜中に歩き回って妖異と遭遇するなんてご免だしね。

 なにより学内で異変が起きるかもしれないわけで、先生に相談をするのは当然のことだ。


「声は下の方から聞こえてきたのですね?」


「なんとなくの感覚的なものですけど。この前の武具庫よりもずっと下の方から感じました」


 封印されていた武具庫は人の立ち入らない一階の奥まったところにある。

 でも今回の声はもっと下の方から聞こえてきた気がした。

 地面の下。その先には地下世界があるんだっけ。

 私を呼んでいたのは誰なんだろう。


「学院長。地下というのはやはり……」


 思案気な顔で学院長は手にしたスティックをクルクルと器用に回している。

 右回転、左回転、小指と薬指から人差し指にかけて昇ってきたかと思うと、また降りていく。変幻自在の動きだ。


「宝物庫、でしょうね」


 宝 物 庫 !


 なんでだろう、そういう単語を聞くと胸がトキメクのは。

 お宝という単語には誰しも弱いのかなぁ。


「ですが宝物庫は……」


「ええ。学院創立以来、誰も立ち入っていません」


 そうなんだ。

 じゃあ、どんなものが保管されてるのかもわからないのかな。


「保管品のリストはありますが、さすがに個々の外見や製作者についてまでは書いてありませんでしたし……」


「それに宝物庫とは限らないわけですよね。あのまま成長を続けているとしたらあるいは――」


「地下世界へ続いている可能性ですか」


 学院長と先生は悩まし気な顔をしている。


「そもそも宝物庫にたどり着くのも大変ですし」


「ええ。悩ましいところですね」


「封印でもされてるんですか?」


 だったらまた私が操られて壊してしまう前に封印を解いてもらって穏便に事を終わらせたいんですけど。


「いいえ。宝物庫に行くには学院地下にあるダンジョンを突破しなければならないんです」


 ダ ン ジ ョ ン キ タ コ レ !


 宝物庫と聞いてワクワクしていたんだけど、ダンジョンと聞いてさらに胸が高鳴る。


 冒険者なんていう0か100かみたいな不安定な生活をしたいとは思ってない。

 だけどダンジョンを踏破して宝物を手に入れるというシチュエーションは誰しも憧れを持つと思う。

 もちろん私だって持っている。


「ぜひ! ぜひ私に行かせてください!」


 キラキラと目を輝かせながら学院長を見つめる。


「ダンジョンは危険なところよ? そんな場所へ生徒を行かせるわけにはいきません」


 隣でジンバルク先生がうんうんと言いたげに頷いていた。


「言っておきますが、ジンバルク先生にも許可は出せませんからね」


「ど、どうしてですか。学院の教師としてボクは行くべきだと思うんですけど」


「貴方、魔法なんて夢物語ばかりを追いかけてダンジョンに入ったことがないでしょう。経験不足の人は却下します」


 ズシャって音を立ててジンバルク先生が膝から崩れ落ちた。

 なんだか嗚咽まで聞こえてくる気がするっていうか、肩が震えている。


「どのぐらいの強さがあれば許可をもらえるんですか?」


 先生のことは置いておいて聞いてみる。


「少なくとも教師陣のレベルは必要ですね」


「私、ニシキーン先生に勝ちましたけど」


 それを聞いて学院長は苦虫をいっぱい噛みしめたような顔をした。


「たしかに戦闘力という意味において今のあなたは学院……いえ、央国でもトップクラスです。それは認めましょう。ですがダンジョンに挑戦したことはありますか? 魔獣と戦うのとは訳が違うのですよ」


「ダンジョンに入った経験はないですけど、それなら経験豊富な助っ人を頼むというのはどうでしょうか」


 私には心強い友達がいた。


ブックマーク等、よろしくお願いします。

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