王都
おじさんが王都へ入る手続きをしている間、私はフードの下から王都に入る門の様子を眺めていた。
とにかく人が多い!
王都に入るために行列ができているんだけど、これまで私が出会った人たち全部を足しても行列の人数に足りないかもってぐらいに多かった。
それにいい匂いがしてくる。
おじさんの話では門のところに屋台がたくさん並んでいるんだそうだ。
そして外からやってきた人たちにいい匂いをかがせて財布の紐を緩ませる作戦なんだってさ。
うん、これはたしかに財布の紐も緩くなるよね!
どんな食べ物なのかなぁ。お金はあんまりないから買えないけど、せめてどんなものかはこの目で確かめておきたい。
詰所みたいな場所には槍と小さめの盾を持った兵士さんたちがいる。
ここへ来る前は兵士さんってみんな怖い顔をしているのかなって思ってたんだけど意外に普通の人たちだった。
おじさんは兵士さんといろいろお話をしたり、書類に何か書き込んでいるみたい。
「サダーシュちゃん、ちょっといいかな」
手招きをされたので座席から下りる。
「例の招待状を見せてもらえるかな」
「はい、どうぞ」
大事にしまってある封書を取り出す。
「うん、たしかに王立学院の紋章だ。そうか、君もユースなのか。うらやましいな。頑張れよ」
「ありがとうございますっ」
「ははは。元気のいい子だ」
えへへ。褒められちゃった。
「通ってよし」
許可がもらえたので、おじさんが御者席に座って馬車を進ませる。
「くんくん……」
ああ、さっきよりも匂いが濃くなってきた……。
ぐううう~。
「はははは。どうやら屋台の魔の手にまんまとハマったようだね」
「う、うう……恥ずかしい……」
「気持ちはわかるけど、まずは学院まで行って入学手続きを済ませてしまおうか」
「はーい」
ゴトゴトと揺られながら王都の広い道を進んでいく。
「すごーい! 人がいっぱいだ~」
座席から立ち上がった瞬間、ガタンと馬車が大きく揺れる。
「わわっ!?」
「ごめんごめん。おかしいな。石でも踏んだかな?」
なんか揺れるなぁって思った次の瞬間だった。
バキィと乾いた音がして馬車が傾いたまま止まってしまう。
「いつつ……大丈夫かい、サダーシュちゃん!?」
「はい……えっと、なにが……」
傾いた座席から下りて状況がわかった。
「車軸がいかれちまったなあ」
両方の車輪をつないでいる棒が折れていた。
「参ったなあ」
おじさんも頭を抱えている。
「おおい、大丈夫か?」
「ケガはしてないか?」
あっという間にちょっとした人だかりができる。
うわー、人がいっぱいで目が回りそう……。
「すぐそこに車軸を扱ってる店があるぞ。ちょっと声をかけてきてやるよ」
「ああ、すみません。感謝します」
おじさんが声をかけてくれた人に頭を下げていた。
慌てて私もいっしょに頭を下げる。
困っている人がいるとすぐに助けてくれるなんていい人なんだなぁ。
「サダーシュちゃん。申し訳ないけどおじさんは馬車を直さないといけなくなっちゃったから、しばらく時間がかかりそうだ。
どうする? 直るまで一緒に待っているかい?」
ここまで連れてきてもらったんだから最後までいっしょにいるべきかな。
「学院はすぐそこだから先に一人で行くのならそれでも構わないよ。招待状を見せれば大丈夫だから」
ちょっと考える。
できればすぐにでも学院に行ってみたい。
ずっとどんなところだろうって気になっていた場所なんだから。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃってもいいですか?」
「もちろん、かまわないよ。すまないね、サダーシュちゃん。本当はおじさんがついていかないといけないのに」
「そんなことないです。王都まで連れてきてもらえてすごく助かりました! ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。
「荷物はそれ一つでいいのかな? 招待状は忘れてない?」
「はいっ」
着替えとかが入った大きな鞄を背負う。
腰には短めの剣を下げている。
いつもいっしょだったから、これがないと落ち着かないんだよね。
「じゃあ、ありがとうございました!」
「こちらこそ道中は助かったよ。ありがとう。
落ち着いたらおじさんも学院へ挨拶しに行くからね。ソウジュちゃんのような友達がたくさんできるといいね」
「はいっ」
「この道をまっすぐに行って、大きな通りを右に曲がればいいからね。その先に立派な建物があるから。そこが学院だよ」
「わかりました!」
何度もお礼を言っておじさんと別れ、私は一人王都の道を歩いて王立学院へと向かうことにした。
「えーと、とりあずここをまっすぐ進めばいんだよね」
通りの左右にはいろんなお店が並んでいて目移りしちゃう。
「あ、果物売ってる。おいしそう……買っちゃおうかな」
値段を見てびっくりした。
「うわ、高い……こんなにするんだ……」
森でとってくればいい生活をしていた私にすると、こんな高いお金を出して果物を買うのはちょっと無理だ。
「王都だといろいろと物を買う必要があってお金がかかるから無駄遣いしないようにっておじさんが言ってたもんね」
お財布は首から紐をつけて下げている。
王都にはスリっていう他人のお金を黙って持っていく人がいるそうだから注意しないとね。
「ふわぁ~。いい匂い。こっちの方からかな……」
通りに入ると露店がいろんなものを焼いて売っていた。
「どれもおいしそう……あー、ダメダメ!」
さっき無駄遣いをしないって決めたばかりでしょ。
大きく口で息を吸い込んで、この通りを走り抜ける。
鼻で息をしたらおいしそうな匂いに釣られちゃうんだもん……。
「ぷはぁぁぁ。はあ、はあ……ここまでくれば大丈夫」
うん、もうおいしそうな匂いはしなくなった。
そのかわり、なんか臭いかも?
「うっ、ここ……どこだろ……」
さっきまでいた場所に比べると、どことなく薄汚い感じがする。
ゴミが散らかっているし、壁にもたれて座っている人の表情は暗い。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん」
「――ひゃ!?」
後ろから急に声を掛けられて慌てて振り返る。
身なりのよさそうな三人組のお兄さんだった。
「え、えっと……」
もしかしてこの人たちがスリなのかな?
でも笑ってるし、悪い人には見えないような……。
「もしかして迷子? どこへ行きたいの。よかったら連れて行ってあげるよ」
よかった。やっぱり私の早とちりだったみたい。
さっきおじさんが困っているときにもすぐに助けてくれた人がいたし、このお兄さんたちも優しいんだ。
「実は王立学院に行きたいんですけど迷ってしまって」
「王立学院ってユースが集まるっていうあの?」
「そうなんです! 私もそこに入学することになってて」
お兄さんたちが顔を見合わせている。
もしかして私が本物のユースなのか疑ってるのかな?
「本当ですよ。ほらほら」
ポケットにしまってある王立学院の招待状を見せる。
王都に住んでる人ならきっとわかってくれるよね?
「なるほど。たしかにあそこの紋章が入った封筒だ」
「じゃあ、この子は本物のユースなのか?」
「ユースっていったら国の宝だしな。俺たちが連れて行ってあげるよ」
やっぱり、この人たちはいい人たちだった。
きっと王都にはいい人ばっかりいるんだね。
「ありがとうございます!」
「荷物重いだろ。持ってあげるよ」
「あ、いいえ、大丈夫です。そんなに重くないですから」
着替えとかしか入ってないしね。
っていうか、男の人に自分の着替えを持ってもらうのはちょっと恥ずかしいっていうか。
「いいからいいから。遠くから旅をしてきて疲れてるんだろ? 学院までちょっとあるから持ってあげるって。他人の好意は素直に受け取らないとな」
そう言って、ひょいと荷物を持ち上げられてしまった。
「じゃあ……すみません。ありがとうござます」
「こっちも預かっておくよ」
腰から剣が抜かれる。
「あっ! それはダメです!」
返してもらおうと手を伸ばしたけど、身長が全然足りないからとても届かない。
「いいっていいって。じゃあ、行こうか」
その背中を慌てて追いかけた。
お兄さんたちに先導されて路地を進んでいく。
でも心なしかさっきより薄暗いところに進んでいるような……気のせいかな?
狭くて入り組んだ道をどんどん進んでいく。
みんな足が速くて、ペースに合わせるのに必死だった。
「あ、あの……ちょっとペース速いので、もう少しゆっくり……」
声をかけたけど止まってくれない。
仕方がないので置いていかれないように小走りでついていく。
「ちっ、しつけーな」
「このあたりでいいか」
いきなり止まったので背中にぶつかってしまった。
「いってぇな。何すんだよ!」
「ご、ごめんなさい……」
今のは前を見てなかった私が悪かったよね。
お兄さんが怒るのも仕方がない。
「あの、ここはどのあたりですか? 学院まであとどれぐらい……」
「――ハッ、おめでてーな」
お兄さんの言葉に思わず背中にひやりとしたものが走る。
「面倒だ。片付けちまうか」
いつの間にか三方向を取り囲まれていた。
「え……あの、どういう……?」
ぶつかったことはちゃんと謝ったのに、どうしてまだお兄さんたちは怒っているんだろう。
もしかしてまだ謝り足りないのかな?
「ぶつかったことは謝ります。ごめんなさい」
今度はちゃんと頭も下げる。
悪いことをしたら謝るのは当たり前だもんね。
「素直なのはいいことだけどよ。それだけだとこの世の中生きていけないぜ、お嬢ちゃん」
「丸腰ならユースだって怖くないもんな」
「ど、どういうことですか?
あの、荷物! 私の荷物を返してください! あとは自分でなんとかしますからっ」
なんだかこれはよくない気がする。
ここまで案内してもらって申し訳ないけど、あとは自分でなんとかしよう。
「ははは。返すわけないだろ」
「そんな……返してくださいっ」
着替えしか入ってない荷物よりも剣が大事だ。
手を伸ばして返してもらおうとする。
「おっと。ユースに武器を渡すはずがないだろ」
どうしよう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
「何をされているのですか?」
その声に振り返る。
そこにはとてもきれいな女の子がいた。
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