出合い
「ねぇ、そろそろ寝た方がいいじゃない? 明日も授業があるんだしさ」
「そうですね。でももう少しだけ……」
食事を終えてお風呂に入り、日課を済ませてからイーサに方術を教わった。
残念だけど今日も方術は使えなかった。
就寝時間までのわずかな時間、イーサは手紙を書くために机に向かっている。
郷里のご両親に近況を知らせるんだって。
イーサのご両親ってどんな人なんだろう?
いつか会ってみたいなぁ。
「サダーシュは本当に大活躍でしたね」
ペンを走らせたままのイーサに話しかけられる。
「またその話? もう何回目よ」
これまで足を引っ張ることしかできなかった私としては褒めてもらえるのはすごくうれしいんだけど、こうまで褒められ続けるのは気恥ずかしいと言いますかね。
本当はうれしいんだよ? もっと褒めてほめて!って思ってるし。
「サダーシュの活躍も知らせておかないといけませんからね」
「あ、もしかして手紙に私のことも書いてるの? そんなのいいよ。他に書かないといけないことはいくらでもあるでしょ」
サラサラと紙の上を走るペンの音が聞こえてくる。
「学院に来て最初に友達になった人のこと以上に優先する内容なんてありませんよ」
「……ありがと」
ベッドに横になりながらイーサを姿を見る。
ふわりとした体のラインが出ない夜着に着替えているというのにも関わらず、二つの大きなものがしっかり自己主張をしていた。
しかも生地が薄手だから緩やかな曲面に沿って形がばっちりわかって……はぁ。神様はいつだって不公平だと思う。
格差社会はいち早く打倒されるべきなんじゃないかなぁ。
「そういえば――」
手を止めたイーサが私を見る。
「今日は大丈夫のようですね」
「あー、そうだね。やっぱりジュリウス先生にもらった首飾りのおかげかな」
首にかけたままのアミュレットに触れる。
ちなみに両腕は腕輪を付けたまま。これは身に着け続けることで効果が蓄積するものなんだって。
お風呂に入る時はちゃんと洗ってるから衛生面についても大丈夫。
それからジュリウス先生のアドバイスに従って、枕元にはようやく戻ってきてくれた愛用の剣も置いてある。
さすがに剣を抱きしめて寝るつもりはないけど。
「今日は久しぶりにぐっすり眠れそうだよ」
「もしまたどこかへ行ってしまうとしても、しばらくはわたくしが起きていますから大丈夫ですよ」
「えー、イーサだって疲れてるだろうし早く寝ようよ。美容にもよくないよ? 寝不足は健康にもよくないよ?」
「ふふ。それをサダーシュに言われても説得力に欠けますね」
う、それはそうかも。
ここ最近の私はずっと寝不足状態だったんだし。
「あ、そうそう。先ほど渡したフィタは外さないでくださいね。それさえあれば、わたくしはどこからでもサダーシュの位置を確認できますから」
フィタっていうのはいろんな色の糸で編んだ紐のこと。鮮やかな文様を描いていてきれいなんだよね。
手首や足首にお願いごとしながら巻いておいて、紐が自然に切れたら願い事がかなうっていう女の子には定番のおまじない。それが左手に巻いてある。
この紐はイーサが自分で編んだもので、おまけに描かれた文様は方術印になっているっていう特別製なのです。
ああ、イーサの愛が重いわ……なんてね。
しかし手芸もできるなんてすごいなぁ。
ユースとしても方術師としても女の子としてもレベルが違う……うぅ、落ち込むからこのことはあんまり考えないようにしよう。
「ふあぁぁ……私、もう寝るね……」
そんなことを話していたらまぶたが重くなってきた。
「ええ。おやすみなさい」
「おやすみ。イーサも早く寝るんだよ」
イーサが使っている発光の光が届かないように掛け布団を頭からかぶる。
試合で疲れたし、このまま眠気に誘われるまま夢の世界に旅立つことにしよう。
※ ※ ※
ふわふわとした感覚。
体だけじゃなくて心まで揺れていて、それがとっても気持ちがいい。
まるで自分の体じゃないみたいだった。
この感覚には覚えがある。
ずっと感じていたこと。
《…………》
声が聞こえる。
でもなんて言っているのかわからない。
《……て…………》
もう少し近づけばわかる?
導かれるままに進んでいく。
自分で歩いている感覚はないけど、奥へ先へと進んでいく。
声に近づいているのがわかる。
《……あけ………………》
行く手を遮る扉がある。
固く閉ざされ開けることは叶わない。
だからこれまでは先へ進むことができなかった。
でも今は違う。
私の手にはこの障害を排除できる剣が握られている。
やっと帰ってきてくれた私の半身とも呼べる剣。
それを一閃させる。
嫌な感触。
嫌な音。
手にあったモノが軽くなっていた。
それから少し離れたところで鋭い金属音。
衝撃は肉体ではなく心にあった。
わかってしまった。
大切にしていたものが失われたことを。
軽くなってしまった柄をその場に置く。
でもこれで障害は取り除かれた。
ようやく先へ進める。
声のする場所へ行ける。
私が行かなければならないところへたどり着ける。
《……こちらへ……ここへ……》
遮っていたものが排除されたおかげだろうか。声が少しだけ聞きやすくなった。
意識を声のする方へ向ける。
一歩ずつ足を進める。
《……ここです……》
すぐ前にそれがある。
見えないけれどそうだとわかる。
ゆっくりと手を伸ばす。
なにかが手に触れる。
恐れることなく握り締める。
しっくりとくる感覚。
長く分かたれていたものが再び巡り合えたかのような懐かしさ。
《……やっと、あえた……》
そうか。
ずっと私を呼んでいたのはキミだったんだね。
ふわふわと漂っていた意識が急速に覚醒していくのを自覚する。
《……我が名はザンヤ……これからはずっと一緒に……我が君……》
ゆっくり目を開ける。
暗い。
けれど左手に持ったランタンの光で視界は保たれていた。
抑えられた方術の光だ。
それから右手を見る。
まるで光を吸い込むような黒い刀身の剣――ザンヤがあった。
両刃の直刀で刀身が1メートルを超えているのでかなり長い。
けれど重さは感じない。まるで自分の手の延長のようだった。
鍔元から10センチほどは刃引きされており、切っ先へ向けて少しずつ細くなっている。
細身ではあるけどそれなりに身幅はあるので刺突にも斬撃にも耐えうる形状だ。
刀身の中央には樋が通っている。
鍔は握り込めるぐらいの長さがあり、また護拳と一体化しているのでレイピアのような細い刺突系の武具ならからめ取って折ることができそうだ。
柄の長さは私の手で3つぐらい。これなら片手でも両手でも扱える。
初めて見るはずなのに懐かしさすら覚える。
もう声は聞こえてこないけれど、なにも問題はなかった。
私とこの子は一心同体。
なにがあっても分かたれることはない。
だからほら、こんなことだってできてしまう。
剣の切っ先を左手の手のひらに収めていく。
手のひらを突き抜けることなく、するすると刀身が呑み込まれていく。
そしてそのまま剣は私の体内へと消えた。
トリックでもなんでもない。
これはただの事実。
探していたものとようやく巡り合えた。
最初からいっしょになると決まっていたものと出会えた。
それはずっとずっと以前から、きっとこの世界が創られた時から決まっていたこと。
それだけは間違いがなかった。
「……え? あ、はい?」
私、なんでこんなところにいるんですか?
意識と肉体が繋がると、周囲を確認する余裕が生まれた。
何故か手にしていたランタンによる光が狭い部屋を薄気味悪く照らしている。
埃っぽいむせるような匂いがかすかにした。
それから鉄の匂いもする。
目を眇めて周囲を確認すると、いくつもの冷たい光があった。
それは剣であったり槍であったり盾であったり鎧であったりした。
その一つひとつの気配が語りかけてくるみたいだった。
すごく存在感がある。自己主張をしてくる。
俺を使え! 私を手にしろ! 僕が共にある!
そういった強い気配を持つ武具ばかりが集められているみたいだ。
「ここ……どこ?」
全然、記憶にないんですけど。
え? ええ!?
たしか部屋でイーサと話をしてて、眠くなってきたから先に寝たんだよね。
私たちの部屋はどこですか?
イーサはどこですか?
さっぱりわからない。
自分がいる場所がどこなのか、どうしてここにいるのか。
誰か教えてくれる人はいませんか?
「――っ」
左足を引いて腰を下げる。
危機レベルを最大限に引き上げて周囲を警戒する。
なにかがいる。
この部屋に私以外に存在するものがある。
とんでもないプレッシャーが全身にのしかかってくる。
こんなの森で遭遇した魔獣相手でもそうはいなかった。
ゾワリとしたものが背筋を這い上がってきた。
久しぶりの感覚。
これは命の危機が迫っている証拠だ。
幾たびも魔獣と戦ってきて、私はこういう感覚を身に着けた。
ここにいる存在は最高にヤバい。
全力でやらないと命が危ない。
「どうする……どうしよう……」
丸腰では勝てない。
得物が必要だった。
この危機を切り抜けられる絶対の力を持つ剣が。
「折れちゃったんだよね……」
ここへ入る時に愛用の剣は折れてしまった。
それだけは覚えている。
幸いにしてここは武具庫だから私が使える剣があるかもしれない。
私はブレイドのユース。
刃のある武具であれば自由に操ることができる……本来は。
愛用していた剣以外ではさっぱりだったけど、ここになら私が使える剣があるかもしれない。
武具は種類別にまとめられているみたいだった。
視線をあちこちに向ける。
槍や斧じゃない。
防具でもない。
今必要としているのは剣!
私が使える剣が欲しい!
視線が棚から棚へ舐めるように移動する。
ここだ。この一角は剣が並んでいる。
私の身長よりも大きな両手持ちの剣からナイフのような小型なもの。さらには湾曲した片刃の剣から長柄のハルバードまで。
多種多様な刃を持つ武具が並んでいる。
そのどれもが独特な気配をまとっていた。
離れているのに名のある存在なのだとわかる。
剣が並ぶ棚に足を向けようとした瞬間、背筋にヒヤリとしたものが走った。
ブックマーク等、よろしくお願いします。




