表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/44

幻想蛇

とりあえず今日はここまで。

明日からは基本的に一日一話のペースで更新していきます。

 ミラージュパイソンの霧はいくつかの場所に同時に現れる。

 数メートルの距離で発生してすぐに混ざり合うこともあれば、数千キロ離れた場所に発生していたりもする。

 でも実際は一つの霧なんだって。


 説明が難しいんだけど、例えるなら地下水が湧き出た水たまりが複数あったとして、それがこの霧だとでも言えばいいのかな。

 同じ水源からできた水たまりだから元は全部同じものってこと。


 だからこの霧の中で迷うと、違う場所で発生した霧へいつの間にか移動してしまうことがある。

 これが距離感覚を狂わせる原因だ。

 強制転移みたいなものと考えた方が近いのかもしれない。


「つまりボクはお嬢を探して他の霧へ入り込んでしまってここへ来たということですか?」


「たぶんですけど。私たちみたいにロープとかでお互いの体をつないだりしてませんよね?」


「そういうことはしませんでした。怪しげな気配があったので咄嗟に馬車から飛び出したのですが、あっという間に霧に巻かれて自分の位置を見失ってしまい……なんという不覚」


 ショックを受けたのかソウジュールさんは項垂れている。


「でも逆に考えればボクは幸運でした。こうしてサダーシュさんに会えたのですし。

 これも何かの縁です。サダーシュさんのお連れの方が危機というのであれば助太刀いたします。ボク程度の剣でよければですけど」


「いえ、すっごく助かります。

 っていうか、ソウジュールさんってブレイドユースですよね?」


 それもかなりの使い手の。


「その通りです。あ、その前にボクのことはソウジュとお呼びください。友達はみんなそう呼びますから」


「わかりました。ソウジュさん」


「ボクのことはソウジュとお呼びください」


「……ソウジュ」


「はい」


 霧の中を走りながら、ソウジュの顔をじっと見つめてしまった。

 なんていうか、押しが強い子だなぁ。


 ソウジュって男の子みたいなしゃべり方をするんだけど、目はぱちっとしてて鼻や口は小さい女の子顔だし、髪の毛はポニーテールにして結んでるし、体つきは小柄だけど出るところはしっかり出てて引っ込むところはちゃんと引っ込んでいて、なんていうかちょっとうらやましいぐらい女の子してるんだよね。

 だからかわいい服を着て微笑んでいるだけで男の子たちの視線を集められると思うんだけど。いいなぁ、そういうの。


「サダーシュさんもブレイドユースではありませんか?」


「サダーシュ」


「……?」


「私のことはサダーシュって呼んで。友達にはそう呼んでもらいたいの」


「わかりました。サダーシュもブレイドのユースなのですか?」


「うん、たぶんね」


「訳ありということですか。ボクと同じですね」


 霧が少しずつ晴れてきているみたいだった。


「サダーシュの黒い髪は綺麗だね。この霧の中でもはっきり見えるし」


「そう? そんなこと初めて言われたかも」


「ボクはサダーシュの髪の色が好きだよ」


「……ありがと」


 いきなりなんてこと言うのよ。

 やだ、顔が赤くなってるのバレてないよね?


 視線の先に馬車のシルエットらしきものが確認できる。


「おじさーん!」


「おお、サダーシュちゃんかい!? こっちだ! こっちだよー!」


 ロープをたどって無事に帰ってくるべき場所にたどり着けた。

 ブルルとお馬さんがいなないたのは、私に「おかえり」って言ってくれたのかも。


「よかった、無事だったんだね。って、その人は……?」


「ソウジュです。この霧に巻き込まれた人なんですけど、いっしょにいた人たちとはぐれてしまったみたいで。

 あ、近くにいたスピアードッグはすべて処分しました。だからあとは霧が晴れるのを待つだけなんですけど、こっちでなにかあったんですか?」


 よく見ると、おじさんの顔は真っ青だった。

 ギトギトの脂汗をかいた跡が顔に残っていて、心なしかさっきよりも老けているような気もする。


「どうかしたんですか?」


「じ、実はね……さっきまでそこに……」


 おじさんが震える指で馬車の前方を指差す。

 視界は10メートルぐらい先なら見える感じかな。

 でもそこにはなにもなかった。


「お、おおきな、壁みたいなものがあって。それで、じっと見ていたら動いているみたいで……」


 うーん、壁が動いているなんてことあり得るのかな?

 恐怖で混乱してただけな気がするけど。


 足元は踏み慣らされた土だ。細かい石が混ぜられていて適度に固くなっている。

 これは街道を使いやすくするために央国が整備をしているからだって教えてくれたのはおじさんだ。

 つまり私たちはミラージュパイソンの霧に巻き込まれてすぐに止まったので、あの街道からそう遠く離れていないはずだった。


「サダーシュ、あれはなんだろうか?」


「どうしたの?」


 ソウジュがかなり高い位置を指差している。

 そこには大きな赤い光が二つあった。


「ウィルオーウィスプ……? 水辺で旅人を光で誘って溺れさせるっていう。でもあれは青い光だったよねぇ」


 ここが霧に巻き込まれる前と同じ場所なら近くに水辺はなかったはず。

 町との距離もそこそこあるから墓場も近くにはないと思うんだけど。


 ……あれ? また霧が濃くなってきた。


 シュルルルルルルルルル。


 狭い場所を空気が吹き抜けるような、擦過音のようなものが上の方から聞こえてくる。


「ふ、ふわあぁぁぁぁぁ……」


 おじさんが大口を開けて呆然としている。


「ばかな……」


 ソウジュも驚きながら腰から片刃の剣を抜いていた。


「まさか!?」


 赤い光があったところを見る。

 まだ爛々と輝いていた。

 まるで私たちを観察するように。


 シュルッ、シュルルルルルル!


 二つの赤い光の間になにか長いものが見え隠れしている。

 擦過音もそのあたりから発生しているようだった。


「まさかこんなに大きいのがいるなんて……冗談にしたって笑えないわよ」


 私たちを遥か頭上から見下ろしていたのは、この霧を作り出したミラージュパイソンだった。

 巨大なヘビが呼吸をするたびに、一抱えはありそうな鱗の隙間から霧が溢れ出してさらに霧が濃くなる。


「ボクが戦うから二人はさがって――」


 前に出ようとするソウジュの肩を掴んで止めた。


「おじさん、ロープってまだあったよね? ソウジュにも結んであげて。このままだとまたはぐれちゃうから」


「わかったよ」


「動きにくいと思うけど霧で分断されると面倒だから我慢してね」


「いいや、ボクの方こそ考えなしで申し訳なかった。

 直情径行なところは直すように言われているんだけど、なかなか上手くいかないものだね」


「気にしないで。あと戦うのは私もいっしょ。二人ならなんとかなるよ」


 おじさんがソウジュの体にロープを結んでくれた。


「おじさんはここにいてね」


「わかっているよ。必ずここに帰ってくるんだ。二人ともね」


 私たちはおじさんの言葉に頷いて前へ出た。


「前にミラージュパイソンを討伐したことがあるんだけど――」


「それはすごい。たしか上位危険種じゃなかった?」


 魔獣の危険度を表すのに使われるランクってかなり幅があるからあてにならないんだけどね。

 ミラージュパイソンは発見の難しさのせいで上位危険種になってると思うし。


「その時はもっとずっと小さいヤツだったんだけどね。鱗がとにかく硬いから注意して。お腹は比較的柔らかいけど、それでもロックタートルの皮膚並みだと思った方がいいかも」


 甲羅ほどではなくてもロックタートルの皮膚も硬い。生半な剣だと弾き返されるぐらいには。


 少し距離を空けて超巨大なミラージュパイソンの前に立つ。

 赤い瞳を睨みつけるにはかなり上を向かないといけない。


「ソウジュール=オーフィールズ、参る!」


 正面から踏み込むソウジュ。


 やっぱりソウジュはすごい使い手だった。

 腹側とはいえ硬い鱗をやすやすと切り裂いてみせる。

 ソウジュの片刃の剣が振るわれるたびに血しぶきが舞った。


 中でも一番はなんといっても突き技だ。

 距離をとったかと思うと全身のバネを使って一気に突き込む。それこそ柄までめり込むような勢いだった。


 私だって負けていない。

 容赦なく鱗を剣で叩き割っていく。


 ミラージュパイソンは私たちの攻撃で鱗を砕かれ、筋肉を切断され、お腹を切り裂かれていた。

 大量の血液が地面を濡らして泥濘のようになっている。


「これで終わりだ――っ」


 ソウジュが叫びながら深々と刀を突き刺し、柄を回転させて抉る。

 剣を引くと大量の血液が傷口から噴き出した。


 フシュウゥゥ!


 その時、ソウジュの取りついていた鱗の周辺から大量の霧が噴き出す。


「――なっ!?」


「ソウジュ! おじさん、ロープを引いて!」


「わかった!」


 ロープでつながっている限りは分断されることはない――はずだった。


「なっ!?」


 ロープの先にソウジュの姿はない。ロープは途中でねじ切られている。


「うそ!? ソウジュ!」


「いけない、サダーシュちゃん! 君のロープまで切られたら……っ」


「で、でも! ソウジュ! ソウジュ!」


 血まみれになったミラージュパイソンが霧の中に消えていく。


「サダーシュ! こっちは大丈夫! あとはボクだけでやれる!」


 ソウジュの声が聞こえる。


「無茶を言わないで! 私もそっちへ行くから!」


「ボクはこいつを倒して、お嬢を探しに行く!

 ありがとう、サダーシュ! 君に会えてよかった! いつかまた剣を交えよう! ボクは運がいいんだ。必ず再会できるよ!」


「ソウジュ――!」


 徐々に霧が晴れていく。

 そこは私たちの馬車が進んでいた街道だった。

 でもソウジュの姿はどこにもなかった。





 馬車に揺られている。

 なんだかとっても疲れていた。


「王都まではもう少しだよ」


「……はい」


 おじさんの声もどことなく寂しそうだ。

 ミラージュパイソンは瀕死だったから、ソウジュなら大丈夫だと思う。

 問題は霧の方だ。下手をすると全然知らないところに移動している可能性だってある。


「ソウジュちゃんはきっと運がいい人なんだろうねえ」


 おじさんがぽつりとこぼす。


「だってサダーシュちゃんみたいな友達ができたんだから」


「友達……うんっ」


 そうだ、私は初めての友達に会えたんだった。

 だからね、ソウジュ。

 絶対にまた会おうね!


ブックマーク等、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ