教師陣2
今回も三人称のお話です。
「……確かにひどいな」
「そうでしょう。あの子、剣の使い方が乱暴でびっくりしたわよ。本当にブレイドのユースなのかちょっと疑いたくなったもの」
王立学院で教鞭をとっているブレイド教師のニシキーン=ネオビューズとガード教師のケントール=フィルマウスは教員たちにあてがわれている部屋で一振りの剣を前にしていた。
黒い刀身をした両刃のそれは何度も砥がれたせいでかつての形をすでに失っている。
持ち主の話によると最初は60センチはあったようだが、今では40センチほどになっていた。
「この欠け方、よほど硬いものを殴ったか刃筋とか関係なく叩きつけたな。乱暴にもほどがある。どうせ力任せに殴りつけたんだろう」
「そういうの剣を見ただけでわかるものなの?」
「斬った数が違うからな」
説明にはなっていないが、納得させるだけの重みのある言葉だった。
「どちらにせよ、こいつは修理に出さなければ使い物にならんな」
「大丈夫よ。いつものところにお願いをするつもりだから」
「セキハか。あそこは腕がいいからな」
ニシキーンの剣も手入れをする時は同じ店に任せている。
「しかしサダーシュの攻撃を防ぎきるとはガードの生徒――トゥシスだったか。かなりの腕の持ち主だな。流石はガードのダブルか」
言外に何故そんな面白いことに自分を呼ばなかったのかという不平があるのをケントールはかぎ取っているが、気が付いていないフリをする。
「実際、よく耐えていたわよ。当たる攻撃だけ弾いて深追いはしなかったし。
あの子はすごく目がいいんじゃないかしら。すべての剣の動きを確実に視界に捉えていたわ」
目蓋を閉じれば今でも容赦のない流れ落ちる滝のような連続した剣の攻撃と、それを時にさばき、時に受ける岩のように堅牢な防御する姿を思い浮かべることができる。
もうこれだけでご飯三杯はいただけた。濡れるッ。
「すまない、遅くなった」
遅れてやってきたマジック教師のジュリウス=リベスパーンが二人に声をかける。
「悪いわね、忙しいところを呼び出して。お詫びに家に来てくれたらおいしいお料理をごちそうするわよ?」
「不要だ」
ケントールの申し出をジュリウスは一言で切って捨てる。
なお、ケントールの小柄な幼な妻は料理自慢だと同僚内では有名である。毎日、手の込んだ愛妻弁当を持ってくればわからないはずがない。
「私に見せたいものがあるという話だったが、どんなものだ?」
ジュリウスは方術具の製作もしているので、その手の武具があれば鑑定を頼まれたりもする。
くいとニシキーンがアゴでテーブルの上に置いてある剣を示す。
「新入生が学院に入る前から使っている剣だ。ブレイドのくせにその剣でないとまともに動けない珍しいユースなんだが……」
「入学式で少し話題になったサダーシュ=シュラインベースだな。
先日、ジンバルクからも方術がまったく使えない生徒だと聞いたが……この剣は損傷が激しいな。どんな使い方をしたらこうなるんだ」
「あたしの授業でサダーシュちゃんにちょっと本気を出してもらったらこの有り様。
これは私が責任をもって修理に出すんだけど、彼女の戦い方で少し疑問に思ったことがあるのよ」
ケントールが太い節くれだった指を唇に当てる。
「どうして彼女はその剣でしかまともに動けないのかしらって。ブレイドなら刃を持つ武具は一通り扱えるものでしょう?」
その疑問にニシキーンが答えた。
「ユースでも救いがたい不器用な奴はいるからな。往々にしてそういうのは何を扱わせても下手だが、ごく稀に特定の武具にだけとんでもない相性を見せる奴がいるだろう。まるでイーンエーイのようにな。サダーシュはそういう存在だと見ている」
イーンエーイは愛用の槍――クロスチドリ一本で国を興した古の大英雄である。
スラストのユースだったとされているが、他の槍や弓は一切使えなかったという言い伝えがある。
使わなかったのではない。使えなかったのである。
「イーンエーイねえ。彼はユースではなかったなんて話もあるけど、実際のところはどうだったのかしら」
ぎょろりと大きな目が動いてジュリウスを見る。
「トリプルだったのではないかという意見もあるが――」
「それはないだろう」
同じ武印を三つ持つ者をトリプルという。
一度、武具を振るえば周囲すべてを打ち滅ぼすと言われるほどの圧倒的な力を持つ。
だがトリプルはほぼ存在しないとされている。
というのも、トリプルともなると精神的に不安定な場合が多く、武具を扱えるまで生きられない者がほとんどだからだ。
「サダーシュちゃんは普通の子よ。お尻を触るとキャーキャー叫びながら逃げるし」
ニシキーンとジュリウスは今の発言を聞かなかったことにする。
「ちょっぴりおつむは弱そうだし、考えていることは全部顔に出るし、おっぱいも大きくはないけど悪い子ではないわよ」
その発言もスルーしておく。
「それより二人とも聞かせてくれ。本当に彼女は央国五剣に匹敵する実力者なのか?」
ニシキーンは自信ありげに、ケントールは悩みながらもやはり頷いた。
「私が思うに、あいつはアーツじゃないか?」
自信ありげなニシキーンの言葉に二人は眉根を寄せる。
アーツとは『武具の体現者』であり、『生きる芸術』だ。
優れた武具は魂を持つ。そして特有の色を持っている。
そうした武具の持つ魂の色と自分の魂の色がぴったり一致しており、心を重ねることができる者をアーツと呼ぶ。
アーツは武具を自分に体内に取り込み、自由に出し入れできるようになるという。
まさに武具と一心同体となるのだ。
「アーツなら他の武具が全く使えないのも納得がいくだろう」
心を持つ武具と一心同体だからこそ、他の武具は扱えない。
それは心通わせる武具が嫉妬するからとも言われている。
「ちょっとお待ちなさい。さすがにサダーシュちゃんがアーツだなんてそんなことは……ないわよね?」
「あったとしても私は一向に構わんぞ」
胸を張るニシキーンをジト目でケントールが見る。
「そもそもアーツになる武具ってよほど曰くのあるものでしょ? 魔竜や魔神を倒したみたいな。
この剣もそれなりに年期は入ってるけど、そんな伝説は知らないわよ。仮に伝説持ちとしてこの扱いはどうなのよ」
元の形がわからないぐらいに使い込まれている上に、今の状態も相当酷い。
武具と一心同体となるアーツならば、このような使い方をするとはとても思えなかった。
「それにアーツって武具と心を重ねて体内に取り込むことができるって話よね。それならどうしてここに剣があるのよ。
剣がここにある以上、サダーシュちゃんはこの剣のアーツではないってことになるでしょうに」
論理的帰結だった。
「だからアーツなんてありえないわ。実は妖人族でしたって言われた方がまだ納得いくわよ」
「それはないだろう」
「ないな」
二人は同様に否定する。
「これはジンバルクが言っていたことなのだが――」
ジュリウスはサダーシュへの接し方で悩んでいたジンバルクを飲み屋に連れて行った時の話をする。
「彼女には謎が多い。例えば彼女が暮らしていたというディープティールの森の周辺には集落がないらしい。そこでどうやって生活していたのかが一つ目の謎だ」
「村がなくても生きていくぐらいなんとでもなるだろう。冒険者のような者たちが拠点を持たないのは往々にある話だし、そういう野外生活をしていたんじゃないのか」
「二つ目は方術が使えないこと」
「方術は全員が使えるわけではないし、謎と言えるほどかしら?」
二人の反応に頷いてからジュリウスの三本目の指が立つ。
「それだけではない。彼女を学院に推薦した者も不明だ」
「それはそれは」
ケントールの瞳が妖しく光る。
「キナ臭い話だこと」
「……間者か?」
「それにしては目立ちすぎよ。スパイなら目立たないように動き回らないといけないでしょうに。事実、あたしたちはこうして注目しているのよ」
「ミスリードさせるための存在という可能性はどうだ。なにしろ今年の新入生はマルチユースが複数いたからな。普通ならそっちに耳目が集まってもおかしくはないだろう。だがどうだ。話題になるのはサダーシュばかりだ」
「あの子の場合、本人が相当抜けているのもあるんじゃないの。そんな子がスパイに相応しいかしら。あたしはありえないと思うわよ」
「スパイはなしとしてだ。貴様だってその目で見たのだろう。あれだけの天稟はそうあるものではないぞ。実はこの剣だって私たちが知らないだけで由緒あるという可能性だってある」
「やけにアーツにこだわるわねえ」
「事実なら面白いからな」
ジュリウスがテーブルに置かれていた剣を手に取る。
「確かに作りは古いようだが……」
照明の光も吸い込んでいるような黒い刀身だった。
「どうして刀身が黒い色になっているんだ? 鋼に他の鉱物が混ざっているから? だとしたら何が? 何か特殊な加工がされているのか? だが刃も黒いということは本体からして黒いということになるのだが……」
ブツブツと呟きながら思考をまとめていく。
こうなると周囲の声が聞こえなくなるのを同僚二人は知っているので、しばらく待つことにした。
「これは……」
ジュリウスの顔色が変わっている。
「この剣、しばらく預からせてくれ」
「ダ・メ・よ」
そしてばちこんとウィンク一つ。
直撃したジュリウスはかなりの精神的ダメージを受けた。
「あたしがサダーシュちゃんから預かったのよ。責任があるの」
「この剣にはなんらかの方術がかけられている」
「なんですって?」
「詳しく調べれば何かわかるかもしれん。そんなに時間はかからないはずだから頼む」
「ダ~メ!」
ケントールも譲らない。これは信義の問題だ。
「わかった。いつもの店に出すのだろう。そちらと直接交渉する」
そう言いながらジュリウスが剣を置く。
「私の想像通りなら彼女がアーツの可能性はある」
自信ありげなジュリウスの言葉にケントールは声を失い、ニシキーンは破顔する。
「そいつは面白いことになってきたな」
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