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白い霧

今日はあと一話アップします。

「おじさん、馬車を止めて。このまま進んでいくと、とんでもないところまで移動しちゃうかもしれないからっ」


「わ、わかった」


 馬がいななくと馬車が止まる。

 さっきよりも霧がずっと濃くなっていて、御者席から馬の姿がかすんでよく見えないくらいだった。

 こういう不自然な霧には覚えがある。これはちょっとまずいかも……。


「たしかかなり長いロープがありましたよね? それで私とおじさんを結んでください。大丈夫。おじさんは絶対に私が守ってあげるから!」


「それは心強いけど今すぐここから移動した方がいいんじゃないのかい? このぐらいの霧ならなんとか移動はできるから……」


「たぶんですけど、この霧はミラージュパイソンのです。だから簡単には逃げられないんじゃないかなぁって」


「迷宮に誘う白蛇っていうあの? どうしてこんな街道沿いに……」


 絶句してるところ悪いんだけど、早くロープを結んでください!

 離れ離れになったら本当にヤバいんだからっ。


 ミラージュパイソンはかなり厄介な魔獣の一つだ。

 鱗の隙間から出る霧には意志があると言われている。実際にこの霧はパタパタ扇ぐ程度じゃ消えてくれないんだよね。

 深い霧は絡めとった獲物の方向感覚を狂わせ、仲間が近くにいてもバラバラに引き離すという効果がある。

 私とおじさんをロープで結んだのはその対策だ。少なくともロープが切られたりしない限り私たちがはぐれることはないはず。


「念のためおじさんと馬車もロープでつないでおいてください。はぐれちゃったらもう二度と会えないかもしれないから」


 この霧は方向感覚以外にも距離感覚まで狂わせるのが面倒なんだよね。

 霧なんて気にしないぜーって進んでいったら、霧が晴れた時には何千キロも離れた場所でミラージュパイソンに食われて死んでいたって話もあるぐらいだし。

 死体は丸呑みされちゃうから残らないけど、放置された荷物とかで誰かが襲われたことがわかるからね。

 だからこの霧に出会ってしまったら下手に動かないでじっとしている方がいいって言われてる。


「よし、結んだよ」


「あとはこのまま霧が晴れるのを待っていればいいんだけど、本当に厄介なのはミラージュパイソン本体じゃなくて……」


 ミラージュパイソンの霧に巻き込まれたら下手に動き回らない方がいいのは知っている人も多い。

 だけど実際は動き回って死んでしまう人がほとんどだった。その理由は簡単だ。


「サ、サダーシュちゃん!? ななな何かいる気がするんだけど、おおおおじさんの気のせいだよね?」


「いいえ、いますよ」


 霧に引き寄せられる魔物とかが面倒なんだよね。

 魔物に襲われて逃げ惑っているうちにとんでもない場所まで移動させられるか、戦おうとして霧に飲まれて散り散りになって結局やられるってパターンがすごく多い。


 ちなみに、とんでもない移動先の最たる例がミラージュパイソンの目の前ね。

 意志を持つ霧に誘導されてそこまで勝手に足が向かってしまうからだって言われているけど、本当のところはわからない。


「私がおじさんを守るから不用意に馬車を動かさないでください。このロープでつながっている限りは絶対にはぐれたりしませんから大丈夫。

 逆に言うと、このロープがなくなって離れ離れになったらヤバいです。私は無事でも、おじさんとこのお馬さんは死んじゃうと思います」


 落ち着いてもらうため冷静に事実を告げておく。

 こういう時はパニックなったら終わりだからね。冷静でいられれば生き残る確率がそれだけ高くなるから。


「……サダーシュちゃん。こんな時に言うのもなんだと思うんだけど……おじさんを守ってくれるって言ってくれて安心したよ。おかげでパニックにならずにすんだ。おじさんはサダーシュちゃんが強いのを知っているからね」


 うん、おじさんも冷静みたい。この分なら大丈夫かな。


「でもね、こういう状況でざっくり『死んじゃう』って言うのはどうなんだろう。注意を促してくれているのはよくわかるんだけど、なんていうか、サダーシュちゃんは昔からそういうところがちょっと残念な子なんだよねえ」


 グサッ。

 ざ、残念な子って言われた……気を使ったつもりだったのに……。


 ハッ、ハッ、ハッ、ハハッ……。


 荒い息が私たちを取り囲むように移動している。どうやらこちらとの距離を詰めるつもりみたいだ。


 気配の数は14。

 いつもの私なら問題ない数だけど、今はおじさんを守らないといけないから慎重に事を運ぶ必要がある。

 それにロープのせいで行動の自由が利かないのも注意しないと。いつものように動いていたら思わぬところで失敗するかもしれないのを頭に入れておく。


「私が魔物を引きつけますから、おじさんは動かずに静かにしていてくださいね。危ないと思ったらロープを引いて私を呼んでください。

 今の私にとって、ここが帰ってくる場所ですから。帰る場所なくなってたら泣きますからね」


「わ、わかったよ。おじさんはここを動かない。だからサダーシュちゃんは絶対にここへ戻ってくるんだよ!

 おじさんは君を絶対に王都まで連れていくって決めているんだからね」


 本当におじさんはいい人だなぁ。

 おじさんがここで待っていてくれるなら、私はきっと帰ってこられる。


「大丈夫ですよ。近寄ってきてるのはスピアードッグみたいですし。私にかかればイチコロです!」


 ぐっと腕を曲げて力こぶで女子力をアピール。

 ……ぷにっとしてて、あんまり盛り上がってないけど。

 うん。私のおっぱいよりは小さかったかもね!


 ロープの長さを気にしつつ魔物を誘導するために馬車から離れる。

 少し歩いただけで馬車の姿が見えなくなった。下を向いても地面すら見えない。まるで真っ白な空間に取り残されたみたいだった。

 視界はいいところ80センチぐらいかな。圧迫感を覚えるほどの濃い霧だ。


 しばらく歩いていくと、タッタッタッタという地面を蹴る軽い音が迫ってくる。


 ガウッ。


 頭を下げて代わりに剣を置いておくと、そこに白っぽい狗のようなケモノが飛び込んできた。

 二つのものが地面に落ちる音。

 それから、びしゃりという水音が聞こえた。


 この血の匂いをかいで私の方に集まってくれるといいんだけど。


「お嬢! お嬢――!」


 霧を割って誰かが飛び込んでくる。


「誰だ、貴様!」


 問答無用で斬りかかられた。

 咄嗟に剣をかざして相手の切っ先をいなす。


「ちょ、危ないでしょ!」


「ボクの剣をかわすとは、やはりお嬢の敵だな!」


 声だけが聞こえてくる。霧のせいで周囲は真っ白だ。視覚は頼りにならない。

 さっきから殺気だけ何度も飛ばしてきてる。

 なんなのこの人。すごくおっかなくて、すごく強いんですけど!


「――ふっ」


 呼吸音――くる。


 真正面。剣先が霧から顔を出す。受けられない。瞬間、体が勝手に動いている。上体をひねって剣筋をズラす。突き出されたと思った剣先が元の位置に戻っている。反対に体をひねって剣筋を再びズラす。突き出された剣先はやはり元の位置にある。後ろへ跳ぶ。伸びきった剣筋は私の前髪を二本斬っていた。


「は、はっ、はぁ、はっ、はっ」


 あっぶなーい。

 こんなに息が乱れるなんていつ以来だろう。

 発情したキングエイプの巣に飛び込んじゃった時?

 それとも繁殖期のアースワームが百匹単位でイチャイチャしてるところに落っこちた時だっけ?


 っていうか、なんなのこの人ぉ~!?

 もしかして人間の姿を真似たバケモノだったりするの?

 一瞬で三連突きとか絶対に人間業じゃないってば!


「まさかボクの突きをかわす人がいるなんて……なんてこと、なんてことだ……ボクはまだ弱いのか……もっともっともっともっとぉぉぉぉ! 強くならないといけない! お嬢のために! あああ、あああぁぁぁあ!」


 相手の横凪ぎの一閃で霧が割れた。


「もう、滅茶苦茶じゃない!」


 ミラージュパイソンの霧を剣で斬れる人が他にもいたなんて信じられない。

 最小限の動きで相手の攻撃をいなす。


「つぅ――」


 一撃一撃がすごく重い。

 まるで大岩を投げつけられているみたいな衝撃がある。


「ねぇ! ねぇってば! 私の話を聞いてよ!」


「お嬢! お嬢お嬢おじょ――――ぅ!」


「ダメだこいつ……早くなんとかしないと……」


 斬り合っている最中に逃げ遅れたスピアードッグを片付けていく。

 さっきの一匹でこの周辺にいるのは全部斬ったはず。


「おじょぉぉー!」


「いい加減に私の話を聞きなさーい!」


 相手以上の踏み込みで前へ出て、すれ違いざまに剣の腹で横っ面を思い切りはたいてやった。


 ガツンといい音と手ごたえがあった。


「――がっ」


 カウンター気味に入ったので三回転して地面にべしゃんと落ちる。

 たぶん死んではないはず。


 二人の剣風でこのあたりの霧はすっかり斬り払われていた。おかげで相手の姿も確認できる。


「って、女の子だったの!? ごめん! 大丈夫? 顔に傷が残ったりしたら……あわわわ」


 私ってばなんてこと……ごめんなさい。ごめんなさいぃ~!


「う、うう……あれ? ボクはいったい……それにここは?」


「大丈夫だった? ごめんなさい。私、あなたの顔を剣で殴っちゃって……」


 女の子の鼻のあたりが赤くなっていた。赤くなるだけならいいんだけど明日にはかなり腫れちゃうかも。


「ああ、そうか。ボクはまた自分を見失って……すみません。きっとボクから斬りかかったと思うので、あなたは悪くありません。むしろこの程度ですませていただき感謝します」


「でも女の子の顔を……」


「このぐらいは平気です。いつものことですから。ご迷惑をおかけしました」


 女の子は立ち上がって頭を下げる。

 私も慌てて女の子に頭を下げた。


「まさか、あの状態のボクを一撃でのせる人がいるなんて思いませんでしたよ。

 もしかしたら、あなたは人間ではなかったりして。あはは」


 いや、そのセリフは全力であなたにお返ししますけどもっ。


 不意に腰に結んであったロープがグイッと引かれた。


「おじさんのピンチだ。えっと、私についてきてもらえますか?」


「構いません」


 女の子の手を取りロープを手繰りながら走り始めた。


第三話 幻想蛇……2017/07/07 18:00更新


ブックマーク等、よろしくお願いします。


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