教師陣1
今回は三人称視点のお話になります。
おまけにしようかと思ったんですが、通常話と同じボリューム(4000文字)なので一話としました。
「ボクは彼女に申し訳ないことをしてしまいました。教師失格です……」
頭を抱えてテーブルに突っ伏しているのは、基礎方術の教師でありサダーシュたちの担任でもあるジンバルク=アプキャッスルである。
「そうか。だが誰にだって失敗はある。お前がそこまで気にすることはない。こういう時は飲むに限る。ほら、飲め」
そう言いながらブロウの授業を受け持っているゴウロウン=フラマウンスは半分以上グラスに残っているところへワインを注ぐ。
「おっと」
酔っていたせいか、それとも隻眼故に目測を誤ったのかワインがグラスから溢れる。テーブルが鈍い紅色に染まった。
「すまん、何か拭くものを――」
店員に声をかけようとしたゴウロウンを仕草で止め、ジュリウス=リベスパーンが右手の人差し指にしている指輪をかざした。
「――〈浄水〉」
コマンドワードを口にするとかすかに指輪が輝き、こぼれた赤ワインが透明な水に変化する。
「あとは乾くまで放っておけばいい」
白貌の麗人といった見目のジュリウスは学院でマジックの授業を任されている。言葉少ない男だが友誼に厚い。
今日も同僚のジンバルクが落ち込んでいるのを見かね、こうして酒場へ誘ったのである。
もっとも誘った本人は酒に強いわけではなく、好んで飲むことはない。事実、ジュリウスの前に置かれているグラスには果実水が入っていた。
ジュリウスとジンバルクは共に優秀な方術師だが、実践的な技量も磨いてきたジュリウスと、方術の体系に興味を持って研究をしてきたジンバルクでは王立学院における立ち位置がいささか異なる。
学院は若きユースたちの素質を磨き、伸ばしていくことを基本方針としている。
それ故、基本方術を教えるジンバルクよりもマジックユースを担当するジュリウスの方が扱いは上であった。
特にジュリウスには従軍経験がある。対軍用の大型方術の使用から後方攪乱まで、数多くの戦功をあげた。彼によって命を救われた兵士は多い。
前線の兵士たちからはスリーユースの大英雄ヒサリスの方術すら凌ぐのではないかと噂されたほどだ。
翻ってジンバルクは『魔法に魅了された』者としてつとに有名である。
幼い頃から方術に親しみ、必然のように方術の仕組みに興味を持った。
しかし研究を重ねていくうちに彼はもう一つのまったく異なる理の『魔法』という存在に行きついてしまう。それからは魔法の研究に傾倒していった。
そのため方術師としての実力はジュリウスよりも上だがマジックユースとしてはジュリウスに遠く及ばない。
ただし方術関係の研究者としては随一の知識を有する賢者なのは間違いなく、新たな方術印は常にジンバルクから生まれると言われるほどだった。
「方術は誰でも使えて便利なものだが、方術印がなければ何もできないのが俺は気に入らん」
ゴウロウンはグラスをあおって空にする。
もちろんゴウロウンも簡単な方術ならば行使できるが、方術印を持ち歩かないので普段は全く使わない。
方術師の強さとはどれだけ高性能の方術印を持っているかどうかだと揶揄されるのも仕方がないと考えるクチである。
「それは正確ではありません。誰でも方術が使えるとは限らないのです。方術を先天的に使えない人は本当にいるんです。
亜人の中では特にドワーフたちが苦手にしています。彼らは世界に対してボクたちとは異なる理論を持っているために方術を受け入れることができないというのが定説です。実際にドワーフで方術師というの人をボクは知りません」
喉を潤すためにワインを口に含む。
「ボクだって資料の上では知ってました。知っていましたけど、実際に方術が使えない生徒に会ったのは今日が初めてだったんです。
だってここに来る生徒はみんな優秀で、方術印さえあれば使える子ばかりだったんですから……はあ」
ため息からは酒の匂いがする。
「気軽にこれからの訓練で使えるようになりますなんて口にしてしまいましたけど、現実としてこの世界には方術が全く使えない人がいるんです。
彼女がそうだとしたら、ボクはなんて残酷なことを口にしてしまったんだ……」
深い悔恨がジンバルクを苛んでいた。
「その生徒は誰なんだ」
「ブレイドのサダーシュ=シュラインベースです」
名前を聞いて当人の顔を二人とも思い浮かべる。
「真面目な生徒だな。ブロウユースではないからセンスは欠片もないが」
「あれだけ方術を必死に勉強する生徒は久しく見ていない。たしかに方術はまったく使えなかったな」
散々な評価である。だが事実でもある。
「あれから彼女のことを調べてみましたが、わかったことはわずかしかありませんでした。
まず彼女が暮らしていたというディープティールの森の周辺に村は存在しません。少なくともボクには調べられませんでした」
「どういうことだ。ユースであると確認した者が学院に推薦するのが基本だろう。推薦者はどこで見つけてきた」
ジュリウスが驚くなど珍しいことがあるものだとグラスを傾けながらゴウロウンは思う。
長い付き合いだが、彼がこんな風に驚いたのはケントールが小柄で美人の嫁を迎えたのを知った時以来ではないだろうか。
「それが記録に残っていないんです。ちなみに推薦者も不明です。行方もわかりません。
もう一つ気になることがありまして。あの森の周辺では方術の効果が得られにくいという冒険者の報告が残っていました」
「魔の森の影響も考えられるな。近くで生活していたから方術が使えない……ありえるか?」
「百年前の遠征で央国軍が大打撃を受けたぐらいだ。何があっても不思議ではないだろうな」
ゴウロウンがその時代に生きていれば喜んで志願していただろう。
生来、戦いが好きな男である。片目を失ったのも戦いの中でのことだった。
「それより俺はこっちの噂のが気になっている。その生徒がなんとかの剣士という話は本当か? ニシキーンのことだからいつもの法螺話だと思って聞き流したんだが……」
「ブルガの黒い狂戦士ですか? どうなんでしょう」
ジンバルクの反応にゴウロウンは鼻を鳴らした。
「やはり法螺話か。噂話など当てにならんものだ。本物なら手合わせしたかったがな」
「ブルガの黒い狂戦士は実在する。事実、私の方術具はすべてその者が倒した魔獣から得られた素材で造ったものだ」
先ほどワインを水に変えた指輪もその一つだ。小さな指輪には浄水の他にいくつか日常生活で役立つ方術が組み込まれている。
複数の方術を組み込んだ優れた方術具は、膨大な方術の知識と方術印の組み合わせを知っている者にしか作成できない。
ジュリウスはそういった方術具製作者の中でも最上位に位置している。彼の作成した逸品を欲する者は多い。
方術印と魔法の第一人者であるジンバルクと優れた方術具の製作者としても名を馳せるジュリウスは今代でも最高峰の方術師である。
だからこそ彼らは方術が使えないサダーシュのことをわかれないでいる。
「私は彼女を央国五剣に推薦すると言った話の方が気になる。正直、それほどの存在なのか?」
ゴウロウンは呆れたよう口を開いた。
「央国五剣はこの国どころか世界でもトップレベルの存在だぞ。それはないだろう」
「まさか……アーツ?」
「馬鹿な。ありえん」
ジュリウスの呟きをゴウロウンは一笑に付す。
「かつてアーツと呼ばれた名だたる英雄も、結局は特定の武具と極めて相性がよかっただけの話だろう。そういうユースなら稀にいたっておかしくはない」
アーツとは『武具の体現者』であり、『生きる芸術』である。
彼らはただ一つの武具に愛され、その武具と一体化できると言われている。
「アーツなんてそれこそ魔法みたいなものだ。不確かで誰も実在したことを誰も証明できん」
項垂れていたジンバルクの頭が勢いよく上がる。
「そうだ! そうですよっ。なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだ。こうなったらこれしかないじゃないですか!」
叫んだジンバルクは椅子から立ち上がる。
「こういう時こそ魔法です! 魔法を彼女がマスターすれば方術なんて勉強する必要がありません! 魔法はまさに奇跡! その奇跡を彼女が体験すれば失敗も懐かしい過去となるはずっ」
拳を握って演説する。
聞かされる同僚二人は呆れていた。
「早速、彼女には魔法の個人レッスンを提案してみましょう。彼女に魔法使いの弟子になってもらうんです!」
熱弁を振るうジンバルクを二人はジト目で見る。
「やめておけ。これ以上、犠牲者を増やすな。アーツと同じで魔法なんかあるものか」
魔法とはこの世界でいまだに認められていない理論である。
この名称が歴史に登場したのは古い。以前から理論はあるとされていたが実現できた者がいないのだ。
方術と異なり、呪文という文言を唱えることで異なる世界から力を引き寄せ効果を具現化させる体系が魔法だとされている。
しかし、マジックユースの大家ジュリウスですらその理論の正しさが理解できないでいた。
故に魔法は学問として認められていない。
現時点ではジンバルクのような時折『憑かれる』者たちの妄想に過ぎないとされる。
「違います! 魔法はありまぁす! あるんです!
そして魔法が使えればすべてノープロブレム! 彼女の問題は解決するんです!」
こうなると行き着くところまで放っておくしかない。それを付き合いの長い二人は知っている。
「実はですね、最近、魔法についてのいい資料が手に入ったんです。ちょっと高くて給料半年分ぐらい突っ込みましたけど後悔はしていませんっ。
あ、というわけでここでの支払いは割り勘でお願いしますね」
だがちゃっかりしているところは相変わらずであった。
こうして元気になってくれたのなら当初の目的は果たせたと言える。
ただし魔法などという与太話に生徒が巻き込まれないよう止めなければならないが。
「待っていてください、サダーシュ君! ボクが君のために最良の魔法習得カリキュラムを組んであげますからね!」
その時、サダーシュが悪寒を感じたとかいないとかはまた別の話である。
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