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- After Story 章吾視点・2 -

――数日後。




「先生~っ」


午後の回診で病室を回っていると、僕を待ち侘びていたかのように


笑顔を浮かべてベッドの上から両手を伸ばしている女の子がいた。


チィちゃんと同じ様に幼い頃から入退院を繰り返している小学五年生の真奈美ちゃんだ。




「マナちゃん、今日は顔色がいいね」




「先生、早くこっち来て~っ」


何か嬉しい事でもあったのか、激しく僕に手招きをするマナちゃん。




「はいはい、逃げないから大丈夫だよ」




「ねぇねぇ、先生は今、叶えたい願い事って何かある?」


マナちゃんは目をくるくる輝かせている。




「えーと……」


「先生、腕貸してー」


僕が困っているとマナちゃんが僕の右腕を取った。




「ふふふ、先生、マナちゃんが願い事を叶えてくれるみたいですよ?」


そう言って笑ったのは『もう願いは叶いそうにない』と数日前、


一緒に食事をした夜に言っていた有川さんだ。


そんな彼女に助けを求めるように視線を移すとマナちゃんが僕の手首に何かを着け始めた。




「ん? ミサンガ?」


それはオレンジとイエローの紐を編んで作ってあるシンプルなミサンガだった。




「そうだよ、これね、マナが作ったの」




「へぇー、マナちゃん上手だね」


チィちゃんがミサンガを着けてくれた時と同じ会話。


そして、マナちゃんはあの時のチィちゃんと同じ様に、


「先生、心の中で願い事言ってー」


結び目を作る手前で言った。




僕は目を閉じて心の中で願い事を言った。


それは、有川さんから結婚すると聞かされた夜に出来た願い事。




本当はチィちゃんが作ってくれたミサンガに掛けようとした願い。


だけど、今の僕の願いをチィちゃんが聞いたら悲しむような気がした。




だから、チィちゃんのミサンガが入った小箱を僕は開けられなかった。




「先生、願い事は一つだけだよ?」


マナちゃんは僕がなかなか目を開けないから、たくさん願い事をしていると思ったらしい。


ハッとして目を開けると苦笑いしながら僕の顔を覗き込んでいた。




「うん、大丈夫。一つだけしたよ」




「長くお願いしてたから、先生の願い事って絶対叶えたい事なんだね?」




「……うん」




「大丈夫、マナのミサンガはとってもよく効くんだからっ」


マナちゃんはエッヘンと両手を腰に当てて胸を張った。




「ありがとう」


僕はマナちゃんの頭を撫でた。


すると、少し照れたように嬉しそうに彼女は小さく笑った。




(ホント……あの時のチィちゃんみたい)






「先生、どんなお願いしたんですか?」


有川さんは『確か願い事はないって言ってなかった?』と言わんばかりの顔で


僕に訊ねた。




「……言っちゃったら、叶わなくなっちゃうでしょ?」




「そうですね。そうしたら、マナちゃんががっかりしますもんね?」




「うん」


(それに……僕もがっかりするよ)






     ◆  ◆  ◆






――二週間後。


とうとう有川さんが退職をする日、今日が最後の出勤だ。




(チィちゃん……僕にちょっとだけ勇気をちょうだい……)


この日も僕は昼過ぎからオペが入っていた。


有川さんが僕の助手を務める最後のオペの前、僕はいつものように写真の中のチィちゃんに話し掛けていた。


でも、今日は『頑張ってくるね』ではなく、最後まで落ち着いてオペが出来るように。


そしてオペが終わった後、右手のミサンガに掛けた願いを叶える為にだった――。






「並枝先生、宜しくお願いします」


オペ室に入るといつも通り有川さんが僕の隣に立った。




「ごめんね、最後の日まで有川主任に助手をお願いして」




「そんな事、気にしないで下さい」


彼女は小さく笑った。




本当は最後になんてしたくない。




(だけど、今はオペに集中しないと……)






     ◆  ◆  ◆






オペは予定時間を大幅に過ぎたものの、なんとか無事に終わった。




僕は白衣に着替えた後、いつものように屋上で空を眺めていた。


オペが十時間近く掛かってしまったから、もうすっかり真っ暗だ。




(チィちゃん、今回もなんとか成功したよ)




今夜は天気が悪い。


厚い雲で覆われているらしく、夜空には月も星も見えていなかった。




(さすがに今日は“ご褒美”はなしか……)


「はぁー……」


思わず溜め息を吐く。


それは疲れているからじゃない。


“自分の弱さ”に、だ。




だって、とうとう彼女に何も言えなかったんだから。






……そうして、しばらくそのまま何も見えない夜空を眺めていると、


「……並枝先生」


後ろから彼女の声が聞こえた。




「今日は少し大変なオペでしたね、お疲れ様でした」


僕が振り向くと同じく白衣に着替えた有川さんが僕の隣に並んだ。




「うん……お疲れ様。結局、最後まで有川主任に助けられっぱなしだったな……」




「そんな事……」


有川さんはそう言って目を伏せると、小石が一つ入るくらいのとても小さな巾着袋を


ポケットから出した。




「何? それ」




「私のお守り」


掌の中の小さな巾着を感慨深げに見つめる彼女。


その横顔はどこか寂しそうだった。




(お守り? 今まで有川さんがそんなの持ってたなんて全然気が付かなかった)




「これ……並枝君に返そうと思って……」


巾着袋を僕に差し出した有川さん。




(僕に“返す”?)


「……どういう事?」


とりあえず巾着を受け取る。


すると、何も入っていないんじゃないかと思う程、中身の感触がなかった。




「開けてみて?」




「う、うん」


有川さんに促され、小さな巾着の口を開けた。


すると、中に入っていたのは……




「……っ!?」


(こ、これ……っ)

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