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「・・・私が死んだらショウちゃん、泣いてくれる?」
「・・・。」
チィちゃん・・・?
どうしたの?・・・急に・・・。
「ショウちゃ・・・」
「泣かないよ。」
僕はチィちゃんをギュッと抱きしめた。
「泣いて・・・くれないの・・・?」
チィちゃんは泣きそうな声になった。
「・・・だって・・・チィちゃんは死なないもん・・・。」
「でも・・・私・・・また明日から病院に戻るんだよ?」
「だからって・・・死ぬとは限らないでしょ?」
「・・・もう・・・退院できないかもしれない・・・。」
「そんな事ないよ・・・。」
そうだよ・・・そんな事ない。
「でも・・・」
「そんな事ないからっ!」
僕はチィちゃんの口を塞いだ。
僕の唇で・・・。
「チィちゃん・・・好きだよ。」
僕はチィちゃんの唇からそっと唇を離して
抱きしめたまま耳元に囁いた。
本当は・・・チィちゃんの病気が治ってから言おうと思っていた。
けど、今言わないと絶対後悔してしまう気がした・・・。
「ずっと、チィちゃんと一緒にいたい・・・
だから、もうそんな事言わないで・・・?」
たとえ、チィちゃんが僕の事好きじゃなくてもいい、
それでも僕はずっとチィちゃんのそばにいたい・・・。
「・・・。」
チィちゃんはコクッと小さく頷いた。
「大丈夫だよ・・・チィちゃん。」
だって・・・この青いミサンガにかけた願いは・・・
「・・・うん。」
チィちゃんは僕の胸に顔をうずめて
細くて白い腕を僕の背中にゆっくりとまわした。
このままずっと時間が止まってしまえばいいのに・・・
でも、そう思っていてもやっぱり現実にはそんな事は有り得ないわけで・・・
僕達を乗せたゴンドラはゆっくりと下に到着した。
外側からかけられていた鍵が開けられ、
ゴンドラから降りると空が茜色に染まり始めていた。
そろそろ・・・帰らなきゃ・・・。
観覧車を降りて大通りに出た僕達はタクシーを拾った。
夕方の込み合う時間帯に電車になんてチィちゃんを乗せられないし、
さすがにそろそろ限界だ。
「チィちゃん、疲れたでしょ?」
「うん・・・ちょっとだけ・・・。」
チィちゃんはそう言ったけど、顔色が悪くなってきているし、辛そうだ。
「家に着くまで寝てていいよ。着いたら起こしてあげるから。」
「・・・大丈夫・・・。」
チィちゃんはそう言いながら僕の肩に頭を預けた。
僕がそっと髪を撫でるとチィちゃんは安心したように微笑んで
静かに目を閉じた・・・。
それからチィちゃんはピクリとも動かなくなった。
余程疲れていたんだろう・・・。
もっと気をつけてあげればよかったな・・・。
家に着くとチィちゃんの家族と僕の両親が家の前で待ってくれていた。
「チィちゃん、着いたよ。」
僕は少し小さな声でチィちゃんを起こした。
チィちゃんは僕の声がするといつもすぐ起きる。
ずっと前に僕が学校帰りにお見舞いに行った時、
寝ていたチィちゃんを起こすのは可哀想だから、
そのまま帰ったら、その後大泣きしたらしい。
それからチィちゃんは僕の声がするとすぐに起きるようになったんだ。
「チィちゃん。」
・・・だけど、チィちゃんは全然起きない。
「チィちゃん。」
今度は少し肩を揺らしてみた。
・・・おかしいな・・・。
「チィちゃん?」
動かない・・・。
「・・・チィちゃん!」
僕はチィちゃんの顔を覗き込んだ。
「っ!?」
そんな・・・
「・・・嘘・・・でしょ・・・?」
チィちゃんは目を閉じた時と同じ表情のままだった・・・。
「・・・チィちゃん!チィちゃん!」
僕は何度も名前を呼んだ。
だけど・・・
チィちゃんが目を開けることはなかった・・・。
「・・・どうして・・・?・・・チィちゃ・・・ん、
お願い・・・目を開けてよ・・・。」
気がつくと僕は泣いていた。
「チィちゃん・・・チィちゃん・・・。」
チィちゃんの本当の名前は千夏って言う。
夏に生まれて、すぐに心臓に欠陥がある事がわかったチィちゃんの両親が
“千の夏を迎えられるように・・・”と、願ってつけた名前・・・。
だけど・・・チィちゃんは・・・
17度目の夏を迎える前に旅立った・・・
僕と乗った観覧車よりもずっとずっと高い所へ・・・。
僕が無理をさせなかったら・・・
もっとちゃんと気を使っていれば、チィちゃんは
死なずに済んだかもしれない・・・。
そう考えれば考えるほど・・・涙が溢れてくるんだ・・・。