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5月。
チィちゃんは主治医の先生から一時帰宅の許可が出た。
3日間だけの帰宅。
“退院”ではなく、“一時帰宅”なのが僕的には残念なところ。
金曜日の夕方、僕が学校から帰るとチィちゃんのお母さんが家に来ていた。
「章吾、ちょっと・・・」
母さんに呼ばれ、リビングに行くとチィちゃんのお母さんの目の前に座るよう促された。
「ショウくん、お願いがあるんだけど・・・。」
「・・・?・・・なぁに?」
なんだろう?改まって・・・。
「あのね・・・日曜日、千夏をどこかへ連れて行ってやって欲しいの。」
・・・?・・・チィちゃんを?
「それは、いいけど・・・チィちゃん、大丈夫なの?」
一時帰宅といっても安静にしてないといけないんじゃ・・・
「えぇ・・・大丈夫よ。それに・・・一時帰宅から病院に戻った後は
もう外出できないかもしれないし・・・。」
え・・・。
「・・・チィちゃん・・・そんなに悪いの・・・?」
一時帰宅が許されたから僕はてっきり良くなっているんだと思っていた。
「あ・・・いや、そうじゃなくて・・・、病院に戻った後は、
今より強い薬に変えるらしくて、そうなると副作用でね・・・。」
強い薬に変える・・・て事は、今の薬じゃもう効かないって事なのか、
ただ治療法を変える・・・という事なのか・・・?
どっちにしても副作用で外出が難しくなるって事か・・・。
「・・・そっか・・・わかった。」
でも・・・きっと、チィちゃんは大丈夫・・・。
日曜日、朝10時半にチィちゃんを迎えに行った。
僕がインターフォンを鳴らすとチィちゃんと、チィちゃんの家族が出てきた。
家族総出でお見送り・・・?
「「「いってらっしゃーい。」」」
チィちゃんの両親と、チィちゃんの弟は僕とチィちゃんを笑顔で送り出してくれた。
「「じゃあ、行ってきます。」」
僕とチィちゃんはチィちゃんの家族に手を振って歩き出した。
僕はここ一年くらいパジャマ姿のチィちゃんしか見ていない。
だけど、今日は淡いピンクのチュニックワンピースを着ている。
外出するんだから当たり前なんだけど・・・、
なんだかそれがとても新鮮で可愛かった。
「今日は一段と可愛いね。」
だから思わず出た言葉。
「そ、そうかな・・・。」
チィちゃんは顔を真っ赤にした。
「うん、すごく可愛いよ。」
そう言って僕はまだ真っ赤になったままのチィちゃんの左腕を僕の右腕に絡ませた。
「このほうが楽でしょ?」
「うん。」
チィちゃんが疲れないように・・・と言うのもあるけれど、
ホントは僕がこうしたかったから。
「チィちゃん、しんどくなったらすぐ言ってね?」
「うん。」
今朝、出かける前にチィちゃんのお母さんが僕の家に来た。
そして、もしもの時の為に病院の連絡先が入った携帯と薬を預かった。
今はまだ体調は安定している。
できればこの携帯と薬を使わずに済めばいいけれど・・・。
お昼はパスタ屋さんに入ってペスカトーレとカルボナーラを
それぞれ注文して二人で一緒に食べた。
ずっと病院食だったチィちゃんはとてもおいしそうに食べていた。
その後は映画館へ行った。
チィちゃんの大好きなファンタジー小説が映画化された作品が
ちょうど公開されていたから、すごく喜んでくれた。
いっぱい笑って、僕にいっぱい笑顔を見せてくれる。
「チィちゃん、次はどこ行きたい?」
「んー・・・じゃあ、水族館!」
「OK!」
今日は珍しくチィちゃんはどこに行きたいとか、
僕に何をして欲しいかを素直に言ってくれる。
だから、僕もチィちゃんの願いをいつもより多く叶えてあげる事が出来る。
電車で水族館の最寄の駅まで行き、途中にあったゲームセンターで
プリクラも撮った。
僕の宝物がまた一つ増えた。
水族館の中はだいぶ時間をかけて回った。
休みながらゆっくりと。
チィちゃんを疲れさせないように・・・。
デシカメを持ってきていた僕はいっぱいチィちゃんを撮った。
「あっ!ショウちゃん、あそこに観覧車があるよ?」
水族館を出ると目の前に観覧車が見えた。
「乗ってみる?」
「うん!」
チィちゃんは嬉しそうに返事をすると僕の手を引っ張るように歩き出した。
「あはは!チィちゃん、そんなに急がなくても観覧車は逃げないよ?」
「だってー、早く乗りたいもん。」
「わかったから、もう少しゆっくり歩かないと
観覧車に着く前に疲れて楽しくなくなっちゃうよ?」
「うー・・・それはヤダ。」
チィちゃんはシュン・・・として歩く速度を落とした。
水族館から観覧車までは思ったより距離があった。
目の前に見えているのに実際にはずいぶん歩いた気がする。
やっとの事で観覧車まで辿り着いた。
チィちゃん、疲れてないかな?
・・・大丈夫かな?
「うわぁー、おっきいーっ。」
観覧車の前に来るとチィちゃんは口をあんぐりと開けた。
遠くから見えていたのと違って迫力さえ感じる。
スタッフのお兄さんの誘導でゴンドラに乗ると
外側からカチャン・・・と鍵をかけられた。
約20分の間、二人だけの空間。
結構ドキドキしている僕とは対照的にチィちゃんは
すでに窓にぴったり張り付いて外を眺めていた。
「チィちゃん、観覧車初めて?」
「うん!」
ずっと入退院を繰り返してきたんだから、無理もないか・・・。
「見て見て、ショウちゃん!さっきまでいた水族館が
あんなに小さく見えるよー。」
頂上付近まで昇ったあたりでチィちゃんが指を差した方角を見ると
二人で回った水族館が小さく見えた。
「ホントだー。」
「私、こんなに高い所昇ったの初めてー!」
「怖くないの?」
「うん、全然!」
チィちゃんはにっこり笑った。
「・・・でも・・・死んだらもっと高い所に行っちゃうよね・・・。」
え・・・?
「そしたら・・・ショウちゃんの顔が見えないね・・・。」
「チィちゃ・・・ん?」
僕はチィちゃんの顔を覗き込んだ。
さっきまで笑っていたチィちゃんの顔は・・・曇っていた。