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『小さき者の知恵』

勉強




「若者よ。なぜ我等が学ばねばならぬか分かるか?」


「そんなの必要なことだからに決まってるだろ」


「浅いな。普通必要だからという理由で苦痛を強いられるのはごめんだろう」


「普通というくくりに勝手に俺を入れられるのもごめんだね」


「もし知恵がなければ、我々はこの弱肉強食の世界で真っ先に滅びていただろう。だから祖先は生き延びるために考えることを始めた。そうとは思わんか?」


 ひげをつまんでは放す。そんな仕草を繰り返しながら、影で淡々と勉強していた俺に聞いてきた。こちらの話はまるで聞いていないくせに自分の意見だけは押し付けてくる。俺の最も嫌いなタイプだ。


「無視かよ。まぁ、確かに俺達は弱い。…それでお前は誰なんだ?」


「さぁ、話はここからが重要だ。我等以外の種は皆その慢心故に…」


 ソイツは、俺の前でとうとうと学ぶことの大切さについて語った。結局誰なのか教えてもらっていない。

 顎を上げて話す態度にある種の優越感が滲んでいるようにも見え、もう一度聞く気も失せた。どうせ教えてくれやしない。それに深入りする必要もないと思えた。


「ほら、キミもご覧よ」


 話の切れ目。失礼な態度を連発するその男は、そういって遠くを指差した。


「ひっ」


 その姿を確認するなり、小さな悲鳴が出た。恥じるより先にひしひしと恐怖が湧いてくる。

 ―――それは、俺より何倍も体の大きな獣だった。全身を体毛でおおい、長い尾をおしりの後ろでぶらりぶらりと揺らしている。

 俺なんか一口で食べられるんじゃないか。そう思えるほどそいつの口は大きく、奥には牙がずらりと並んでいるのがわかった。

 

「恐れるでない。奴には知性が無いのだから」


 ひたり、ひたり。

 音を出すことなく、奴は近づいてくる。それにあわせて、ゆっくりと、だが確実に奴との距離が縮まっているのを感じた。

 男が俺を落ち着かせようとして言ってくれた言葉なんてなんの役にも立たない。

 知性がないからなんだ?考えがないというのは、つまり俺達を殺すことにためらいが―――

 心臓がバクバクとうるさい。


「お、おい…」


 余裕そうに構える男を、つい焦りの声で呼ぶ。

 …何か策でもあるのだろうか。


「フシャアアアア!!!」


「あぁ!?」


 三角耳の獣が身体を丸くし、俺に向かって前進してきた。

 開いていた距離がぐんと縮まる。奴の一歩は俺にとってどのくらいだろう。全く動けないまま、自分に襲い掛かってくる敵を見ていた。


「ふん」


『ガシャンッ』


 何か重い物が落ちた音がした。

 見ると、獣が柵に囲まれている。…いや、あれは鉄の牢屋か。大きな牢屋が上から落ちてきて、巨大な敵を閉じ込めたのだ。  


「すげぇ…」


「力が無くとも我等には知恵がある。これでよく分かっただろう」


「お、おう。それでアイツはどうするんだ?」


「なに、心配するな。数日すれば飢えて死ぬ。腐る前にみんなで食べてしまえばいいさ」


 自信満々にそう語る男が頼もしく思えた。

 ひげをつまみ、はなす。男の癖を真似してみた。


「俺、もっと勉強するよ。それであいつらを捕まえて…頭の差を見せつけてやるんだ!」


「これ、自信を持つのはいいが、己の実力を過信するのはいかんぞ。あの動物は私のトラップに引っかかった。それは油断してた故に違いないのだから」


 そう言って俺の頭を撫で、一声鳴くのを最後に、男は走り去ってしまった。 

 その後ろ姿をかっこ良く感じ、俺はもっと努力しようと勉強に戻った。



        ✼✼✼✼✼✽✼✼✼✼✽✽



「来たなッ………!!!」


 俺を食べたい。その一心でこちらに駆けてくる獣を愚かに思いながら、俺は余裕しゃくしゃくで待ち構える。今度もあの三角耳の『ヤツ』だった。きっと数年前に俺が食べたアイツの仲間に違いない。


 だが、俺は昔とは違う。もうあの男の手助けなんて必要はない。瞳を爛々に輝かせ、驚くべきスピードで走る獣にも、不思議と恐怖を感じなかった。


「来いっ!」


 目的地まで誘導するため、俺も走り出す。

 追ってくる『ヤツ』より断然足は遅いが、細道を選んで通っているのであまり距離は縮まってないはずだ。

 にやり。思わず勝利の笑みが頬に浮かぶ。すべては俺の思惑通りに進んでいる。油断して覆る盤面ではない。

 

 ぐちょ。


「っ!?」


 そんな時、手足に粘つき感じた。初めて味わう感触だった。下を見ると、シートのようなものが置いてあり、どうやら俺はそこに引っかかってしまったらしい。

 ――――早くしないとヤツがくる。

 だが、胸にあるのは若干の焦りと、まだ何とかなるという慢心だ。

 こんな引っかかり俺の頭脳ですぐに解いてやる。

 そう思って手足をシートから外そうとするが、どうもうまくいかない。糸が爪に絡まっているわけでなく、手足がシートに粘着してしまっているのだ。こんな道具初めて見た。いくら動いても取れない。むしろもがけばもがくほど取れなくなっていく。

 だが大丈夫だ。三角耳の獣は、ここまで来る道中にある罠に引っかかっているはずだ。牢屋に閉じ込めたのだから、足掻いても出れやしない―――

   

「私達に知恵がないと思うなよ」

 

 罠に引っかかってのたれる俺の背後から、鳴き声ではないアイツの声が聞こえた。




       ✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼



「もうっ!朝から最悪だわ…」


「どうしたんだよ、母さん」


「ちょっとあなた、見てちょうだい。この前仕掛けたネズミ取りに食い荒らされた死骸が…」

 


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