『遊園地1 ジェットコースター』
家の近くに新しい遊園地が出来たと聞いた亜衣は、さっそく友人を誘って遊びに行った。気まずい出来事が起こった後だが、他の友達に断られてしまったので仕方がない。今日を満喫して少しでも仲が良くなるといいのだが。
「うわ、広ッ。泊まりでもよかったかなぁ」
華々しく飾られた入り口を抜けた途端、視界がぱっと開けた。湧き上がる噴水、風船を配るキャラクター、活気溢れる屋台や出し物。亜衣の心を刺激するものがそこら中にあふれている。否が応でも期待が高まる。
「アトラクションも豊富みたいだけど…何乗ろう?」
「そりゃジェットコースターでしょ!」
「………やっぱり」
地図を開いた友人の問いかけに即座に応える。
亜衣はジェットコースターが大好きだった。遊園地に来たら何度でも乗るぐらいには。友人は毎回亜衣のジェットコースター地獄に、やれやれと言った表情で付き合ってくれる。今回拒否されなかったところをみると、彼女もジェットコースターの楽しさがわかったのだろうか。それともただ気まずいだけなのだろうか。
―――降下する前のドキドキ感。まるで自分自身が風になったかのような速さ。なにより、機械と一体化して空を駆けるという、特別な感覚を味わうことができる。
そんな想像とともに長蛇の列の最後尾に並ぶ。友人は何か捜し物をしているようで、順番待ち中はずっと鞄を漁っていた。
「お待たせいたしました。どうぞお乗りください」
定員がにこやかに告げる。運がいい。ちょうど最前列だ。亜衣は高ぶる気持ちを抑えながらジェットコースターに乗り込んだ。
「あのさ、亜衣…。私だけ後ろの席じゃだめかな?一番前ってちょっと怖いんだよね」
「あ、じゃあ私も後ろに――」
「いいって。亜衣のジェットコースター好き知ってるもん」
友人の気遣いに礼をいい、シートに座り直す。正直ほっとしていた。あいつに付き合って最前列を逃すなんて最悪だ。
そう思っているうちに、ジェットコースターは出発した。
「きゃああああああ!!」
悲鳴ではなく歓声が上がる。亜衣だけでなく、乗った全員が声を上げていた。
思い切り叫びながらトンネルを猛スピードでくぐっていく。待ちわびた瞬間を全身で感じていた。
ぐぎゃが。金属同士が擦り合わさる音が聞こえ、すぐに後ろに消えていった。
「きゃああああああ!!」
背後に座る友人も同様に声を上げたらしい。オーバーとも思う大きな声が後ろから浴びせられる。
「っ!」
風圧が頬を叩き、体がふわりと浮く感覚が訪れる。思わず目をつむった。視界が見えないほど恐怖感も増幅する。
ふわ、ふわ。ここのジェットコースターに乗るのは初めてだが、浮く感覚が今まで一番強い。今にも飛び出してしまいそうだ。目を閉じているため、これから自分がどこに行くのかわからない。横に曲がるときには飛んでいきそうなほど体が曲がり、ぐるりと一回転するときには足だけで支えている感覚になる。
「ぎゃあっ!」
後ろからまたもや悲鳴が上がる。あれは友人のものではなかった。
「ぎゃっ!」
「うわっ!」
「おいっ、だれか…!!」
――――全く、煩わしい。ジェットコースターに乗っていてここまでざわつくのは初めてだった。そのざわめきが鮮明に耳に届くのも新体験だ。
仕方なしに閉じていた目を開ける。
………皆が一様に驚愕の表情を浮かべていた。恐怖に顔を歪めるものまでいる。亜衣はスローモーション動画を見ているように、長い間その光景を眺めていた。妙に現実味がない。
座る人間たちは死ぬ気で安全レバーを握っていた。仲の良さそうなカップルも、古風のギャルたちも、小さな女の子とその母親も……まるで、放したら死ぬんじゃないかというぐらいの形相だった。
「ッ………!?」
それは見えるはずのない光景だった。ジェットコースターに敷き詰められた人々が、ゆっくりと前に流れて行っている。皆が口をぽかんと開けて見上げているのを、亜衣は真上から見ていた。
―――つまり、皆が見ているのは私なのだ。そして私は、そんな人たちを空から見ている。
「キャハハハハッ!」
あの笑い声は―――
感情が暴発しそうになった刹那、停止していた時間が動き出した。
先の尖った機械が一瞬で前へ進み。
体を宙に放り出された亜衣が後ろへ飛んで行った。
狂喜の笑顔に歪んだアイツが消える。
「――――ぁああ!!!」
亜衣の体が鉄柱にぶち当たり、弾けた。