『鏡』
「鏡よ鏡。世界で一番幸せな人はだぁれ?」
女の声に反応し、鏡はその面に一人の美しい女性を映し出した。綺麗な顔に幸せそうな笑みをたたえている。
彼女は、恵まれた容姿と秀でた才能、そして人当たりのよい性格から誰にでも好かれている人物だった。その人を憎む者は誰一人いない。むしろ皆から愛されていた。
最近結婚するという噂を聞いたが、この鏡に映ったということはそれも事実なのだろう。―――間違いない。今世界で一番幸せなのは、コイツだ。
数日後、彼女は川で溺れて死んだ。
「さぁ、鏡よ鏡。世界で一番幸せな人はだぁれ?」
次に映しだされたのは若者だった。爽やかな笑顔と筋肉質なその体は好青年そのものだ。
彼も彼女と同じく、世間に愛され、また世界に愛される者だった。正義感に満ちており、人助けを好んでしていたからだ。人柄の良さでは、今なら村一番だろう。
最近手を出した事業が上手く行き、自分の会社を立ち上げると言っていた。金面でも抜かりはない。―――間違いない。今世界で一番幸せなのは、コイツだ。
数日後、彼は暴漢を止めようとして死んだ。
「鏡よ鏡。もう世界に好かれていた二人はいなくなってしまったよ。―――さぁ、世界で一番幸せな人はだぁれ?」
今度は老いぼれたお爺さんが映った。女は憤る。
こんな腰の曲がった老人に自分が負けるはずがない。見た目なら、今では村一番と言われるようになった。村人に笑顔を振りまいていたら、いつの間にかあっちから進んで話しかけてくるようになった。男を見習って株に手を出し、大当たりもした。………十分幸せな人生を送っているはずだ。
女は納得いかず、ついに鏡に映ったお爺さんを訪ねることにした。
しかし、家に行って女が見たのは、ベッドから起き上がることもできない老人の姿だった。聞くと寿命が近いという。看病をしていた娘が泣きながら教えてくれた。その時感じたのは、同情ではなく「まさか」という焦りだった。
慌てて家に戻り、設置された鏡を見る。そこには先ほどのお爺さんが映っていた。微笑とともにこちらを見ている。女はそれを確認し、ほっと安堵の息をもらした。
女は鏡を片付けることに決めた。
そして、さぁ布を被せるぞという時に、鏡の中のお爺さんがふっと消えた。
「…っ」
―――代わりに映しだされたのは、待ち望んだ自分の姿だった。今まで映った人と同じように、全身くっきりと鏡に入り込んでいる。しかし、その顔は今にも泣きそうな顔をした。
一通り泣いた後、女は自殺した。