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後半

僕の方はというとようやく本格的に本が出来上がってきていた。

久しぶりに報告してみよう。


「おかげで色々とわかってきたよ」


「それはよかったです。創作性だけでなく、小説の方の足しにもなって、かなり進んだんですよ。これも竜矢さんのおかげですね」


「ふぅん」


いつも優しい竜矢が乗ってこない。

一瞬アレっ?と思ったが、気にせず話しを続けた。が、すぐに竜矢がさえぎった。


「どんな内容書いてるんだっけ」


そういえば小説を書いているとは言ったが、どんな内容を書いているかまでは言っていなかった。特に聞かれていたわけでもなかったし、話す必要もないと思っていたので気に留めていなかった。


「恋愛小説を書いています」


そういう僕をあざけり笑うように竜矢は言い放った。


「傑作だな。そりゃ。確かまだ三十歳くらいだったよな?そんな若僧に恋愛小説なんて書けるのかね。恋愛の何がわかるっていうんだ。どうせつまらないんだから、端から諦めた方がいいよ」


「またまた、冗談やめてくださいよ。冗談がきつすぎですって」


「お前、まだ気がつかないの?もうお前は用済みってこと。俺はお前を使って砂羽の情報を引き出したかっただけなの。お前の恋愛ごっこ遊びはおしまい。これからは俺が大人の恋愛をみせてやるからせいぜい遊びの材料にでも使いなよ。砂羽と仲良くなったなんて思うなよ?砂羽はお前なんか眼中にないんだから」


突然の衝撃に僕はすっかりと戦意を失った。


「さて、そろそろか」そう言うと竜矢はカウンターの下から立派なひまわりの花束を取り出した。わざわざ勝ち誇った顔を見せたまま。


そこへ何も知らない砂羽がいつも通りやってきた。

いつもの時間いつもの場所いつもの笑顔。ただ僕だけがいつもとは違う。

そんな様子を砂羽はすぐに察知し、僕に話しかける。


「どうしたんです?元気…ないんです」

すると、僕がしゃべるよりも早く竜矢が答えた。

「友晃、仕事で大きな失敗をしちゃったんだって。今はそっとしておいてあげよう」


「そうなんです?ミスなんて気にしないんでくださいね?」


「それよりさ、じゃん!ほらっ、砂羽が好きなひまわり。花屋さんの前を通りかかったら偶然目に入ってさ、おもわず手にとってたんだ。きっと砂羽なら喜ぶかなって。はい、プレゼント!」


大好きなひまわりを前に砂羽はパァーッと明るい表情を見せた。

その後はどうなったか覚えていない。竜矢に裏切られたショックと目の前で仲良くされているショックと傷つけられたショックとで呆然としているだけだった。


覚えているのは、砂羽の肩に手を回して出て行った竜矢の憎たらしい顔だけだ。

僕はこいつに、こんなやつに負けた。


二時間ほど経過した頃だろうか。

突然、激しく息を切らした砂羽が店に戻ってきた!

砂羽の手に持つ鮮やかなひまわりの花束が今は痛い。


「はぁはぁはぁ。ちょ、ちょっと待つんです」


「ど、どうしたんです?あいつ…あっ、竜矢さんと何かあったんですか?」


「はぁはぁ。やっと息が整ってきたんです」


フゥと一息ついてから砂羽は続けた。


「その、気になったんです。君が元気ないんですって。だから、私戻ってきたんです。取材があるって嘘ついちゃったんです。やっぱり竜矢と何かあったんです?」


いや、本当に何もないと言ったが、「いいから全て言うんです!!」という砂羽の珍しく強い口調に情けなくも洗いざらい話すことになった。


小説家を目指していたこと、竜矢がよくしてくれていたのは情報を聞き出すためだったこと、そして僕のことを思い切りけなしてきたこと。僕が砂羽に恋心を抱いていることだけは言い出せなかった。


話し終えると砂羽は黙ったまま店を出て行ってしまった。

やはり話さない方が良かった。僕は本当に情けないやつだ。


と、砂羽がまた店に戻ってきた。

手にはひまわりの花束がない。


「ひまわり捨ててこれなかったんで、歩いているおじさんにあげてきたんです!」


人の良さにおもわず、ふふっと笑ってしまった。


「あっ、やっと笑ったんです!」

よかったと言う砂羽もとても可愛い。


「あの、砂羽さんも竜矢の言う通りだと思います?たしかに竜矢が言っていることはもっともだし、もっと経験してからやるべきなんだと思います。僕にはまだ早すぎたのかなって」


砂羽は腕を組み、考え込む仕草を見せた。

「ひどい話ですよね。私は全くそうは思わないんです。実は私も小説家になりたての頃、同じようなことで悩んでいたんです。その頃の師匠に私もおんなじように質問をしたんです。そしたら、師匠はこう言ったんです。


「んー。確かにそうだね。それは正論だと思う。ただ正論だからと言って正しいわけではないかな。確かに若い人に人生の何がわかるのだという話をしたくなる気持ちもわかる。


だが、それまでに経験したという事実に変わりはない。それに歳をとったから経験が多いのかと言われれば、それも不明だ。なぜなら、経験の多さは確かに歳を取れば取るほど多くなるものの、同じような経験というものはたいてい何度もするものではないからだ。


ということは一年前の経験というのは十年経とうが二十年経とうが情報の進化をすることはないということでもある。


つまり、その情報を今出そうが十年後に出そうが、事実自体は何も変わらないということだ。だから、若いからということを気にする必要はない。感じ方や表現の仕方、技術に差はあれど、情報の質に変化はないのだ。若くてもあなたの経験には価値がある。思い切って出しなさい」


と。それに、私はこうも思うんです。


良い経験・悪い経験をしていたところでそれを人に伝えないのであれば、その経験や知恵は人に共有されることはない。つまり、共有されないのであれば、その人がいくら優れていようとその恩恵を授かることは永遠にないということである。

例え少ない経験だったとしても人と共有したとすれば、それは誰かのためになることもあるにも関わらずだ。だから、まだ経験のないものだからという理由で後ずさりすることはやめるべきなのだ。と」


うっかり師匠の口調になってしまったんですという砂羽のお茶目さにすっかりと癒された。


「それにしても許せないんです。引導をくれてやるんです」



その翌日、店がオープンすると竜矢がやってきた。

頼みもしていないのに、携帯を見せつけてくる。


「ほら、砂羽からのメール。大切な話があるからここに来るようにだってよ。お前の前で大切な話だなんて砂羽も罪な女だな。お前がわざわざ俺のために調査してくれたことが役に立ったよ」


この日も砂羽が好きそうなオレンジ色の花束を持って。

竜矢に注文されたコーヒーを淹れていると砂羽が現れた。


「大切な話って何?」

竜矢は見るからに嬉しそうな顔をしている。


「それは…先ずはあなたから先に言ってほしいんです」

竜矢は嬉しさが耐えられないようだ。わざわざこちらを見て来るのが憎たらしい。


「では。砂羽さん、あなたが好きです。お付き合いしてください!」

竜矢は持っていた花束を砂羽に差し出した。



差し出された花束をそのまま突き返して砂羽はこう言った。


「嫌です!!私あなたみたいなタイプは嫌いなんです。大体、気持ち悪いんです。なんであなたは私の好きなものを知っているんですか?私あなたに教えた覚えは全くないんです!」


予想もしていなかった言葉に竜矢はあっけにとられていた。

「はっ??!どういうことだよ!大事な話があるって言ったじゃないか!だから俺に言わせたんじゃねえのかよ!」


「自惚れですか?さらに気持ち悪いんです!!私は何か言いたいことがあるならどうぞと言っただけで、別に好きとか言っていないんです」


「くっ、じゃあ、大事な話ってなんなんだよ!」


「今話していることなんです。私あなたみたいな人を使わないと好みも聞けない腰抜け野郎はこの世で一番嫌いなんで、二度とアプローチしてこないでほしいんですって言いたかっただけなんです。そんな腰抜けよりわかりきった嘘を使ってでも相手の関心を引き出そうと頑張る人の方がよっぽど好きなんです!だから、もう二度と姿を表せないでもらいたいんです」


「ふ、ふざけんな!!こんな女こっちから願い下げだよ!」


「そうやって捨てセリフ言うところもカッコ悪すぎなんです。もうさっさと行ってほしいんです」


顔を真っ赤にした竜矢はこちらを見ようともせず、足早に立ち去っていった。




「ふぅ、疲れたんです。こんな時はコーヒーブレイクです。いつものひとつお願いするんです」


「えっ?あっ、はい!今すぐ淹れます」


「あの…」


「はい、なんですか?今日はお砂糖でも入れます?」


「いや、違うんです。あの…その…私、嫌な女なんですよね?」


「えっ?」


僕はコーヒーを淹れる手を止め砂羽の方に向き返った。


「そんなことないです。最高に素敵でした」


「本当です?私あなたに嫌われていたらどうしようと思ってたんです。でも、大切なあなたを傷つけた竜矢は許せなくて、私止まらなくなってしまったんです」


はっ!と砂羽は自分が今ようやく何を言ったのか理解し、口をもがもがとさせた。


「だから…それで…あの…私は」


「砂羽さん。そこから先は僕に言わせてください」


二人の目と目が見つめ合う。


「ずっと前から好きでした。お付き合いしてください」


「はい」


それから僕はこの日一番の熱々なコーヒーを淹れた。

幸せなコーヒーブレイクになりそうだ。



「それにしても、君は嘘をつくのが下手くそなんです。君が私の好みを聞こうとしているのはバレバレだったんです」


「えっ?全部バレていたんですか?!恥ずかしいな。でも、どうしてわかったんです?」


「これでも私小説書いているんです。君にはもっと相手にバレない嘘の書き方を教えてあげるんです。これからたくさん教えていくから覚悟するんです」


「よ、よろしくね。友晃」




…さて、少々物語に遊び心をもたせ過ぎてしまった。今回の物語で伝えたい教訓は以下のとおり。


若いからという理由でアウトプットするに値しないというのは全くの誤解だ。

確かに三十歳の経験と五十歳の経験とでは大きな差がある。五十歳の言うことの方が説得力があることだろう。それはごもっともな話だ。だが、いくら良い経験をしていたところでそれを人に伝えないのであれば、その経験や知恵は人に共有されることはない。


つまり、共有されないのであれば、その人がいくら優れていようとその恩恵を授かることは永遠にない。まだ経験のないものだからという理由で後ずさりすることはやめよう。


例え少ない経験だったとしてもアウトプットしたとすれば、それは誰かのためになることもある。


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