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勇者不完全  作者: まきびし
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酒場の三人

(機会すら与えられねえってか……クソっ、考えてみりゃ当たり前のことじゃねえか、俺は……一回負けてんだ……)


 レストは行くあてもなく、ただ夜の王都を歩いていた。すれ違う人が怪訝な顔をしてレストを見るが本人は全く気に留めなかった、眉間に皺を寄せた苛立った表情、今すぐ怒鳴り出すか殴りつけてきそうな表情で人々に威圧感を与えていることにもレストは気づけない。堂々巡りする思考がおおよそ平静というものをレストから奪い去っていた。


(……久しぶりだな、こんなに何かにこだわるなんてな……あんな奴に負けたことなんてどうでもいいことじゃねえか……カタはそのうちつく……俺に関わりないとこでな)


「レストくーん、聞こえてるでしょー?おーい」


 レストは背後からのワッティの声にも気づかない、だぼついた服で人ごみをかき分けレストに近づく知人に気付かない。無視されたワッティは少し困ったような表情を浮かべながらレストの肩を軽くたたいた。


「今まで何してたのさ?まさか日中から今までずっとうろついてたってことはないでしょ?武器もほっぽったままでさ」


「……ヤケ起こしそうですからね、この方がいいんすよ、つーか……」


 ようやく自分に話しかける人間に気付いたレストは足を止め首だけを動かし背後のワッティを一瞥する。もう一言二言ほど何かを言ってやろうと思ったが言葉はレストの口から紡がれなかった。レストは北方砦の戦闘からここに至るまで不眠不休で殆ど食事もとっていなかったことを思い出す。憎まれ口をたたくのが億劫になるほどレストは疲れ切っていた。


「……それはお疲れ様だねえ……」


 大げさなお手上げポーズをとりながらワッティがレストの前に回り込んだ。そして一瞬顎に手をやり考え込む素振りを見せた後、ぱっと微笑みレストに向き直った。


「……僕の奢りでメシでも食いに行こうか?久しぶりの王都だしさ、顔見知りと昔話がしたくもなるよ、いーだろ?」


「……自分の分は自分で出しますよ、腐っても」


「こーいうときは奢られてもいいんだぜ、まあいいか、そら行こう」


 ワッティがレストと無理矢理肩を組みレストを誘導するように歩きだした。レストの表情は憮然としたままだったがワッティに引きずられるようにのそのそと歩いた。


「んじゃ、あそこに行くよ、廻るランプ亭、君も久方ぶりだろう?」


「そうですね……俺ももう長いこと行ってないないですね」


レストは大戦の最中、魔王城への同時攻撃の前夜に荊兜の騎士団でその店に来ていた時のことを思い出す。落ち着かない様子でグラス片手に歩き回るミルアーグ、大笑いしながら酒を勢いよく飲むマーゴット、対面し静かに飲み交わすワッティとギーフ、ひたすらに出された食事をかき込む団員、暗い表情でうなだれる団員、そして一人ぼんやりと窓から月を眺めるテルキオール、皆が最後になるかもしれない晩餐の時を過ごしていた。


「……あの親父さんは、泣き上戸の客よりも愚痴っぽくて、何かにつけて店を辞めてやるってよく言ってたっすね。料理は絶妙でしたけど、まだ普通に店やってるんですか?」


「マーゴットちゃんの話だと、今でも同じ調子でぐだぐだ言いながらやってるそうだよ、良くも悪くも相変わらず、だってさ、結構なことじゃないか、変わらない」


「……」


変わらないというワッティの言葉を反芻しながらレストは再び思考に意識を移した。あの頃から何が変わった?誰が変わった?答えは出ているがどうしようもないこと、答えが出せずどうすればいいかわからないこと、今レストを苦しめ苛んでいる諸々が再び胸中に渦巻き出した。


(……酒飲んでヤなこと忘れるって、今の俺にはピッタリか)


「あそこじゃあないかな?懐かしいね、あのころと全く変わって……あれ?」


 ワッティ驚いたような声を聞き、レストは顔を上げた。レストは気づいていなかったが、レストたちはすでに目的地のすぐ前に辿り着いていた。不意に目に飛び込んできた店に懐かしさを感じながらも、レストの視線はワッティ同様に店そのものではなく店の前に立つポニーテールの女性に注がれていた。すらりとした長身を毛皮付き皮鎧で包んだその女性は何をするでもなく店の外壁に寄り掛かり立っているだけだったが、それだけで町ゆく人の視線を集めてしまうほどの美貌の持ち主だった。レストたちから遅れて数秒後、特に驚いた様子を見せず片手をひらひらと振りながらワッティを見やった。


「あれ?はこっちのセリフですって、ワッティさん久しぶりです、国中を周ってるって聞きましたよ、丁度帰ってきたんですか?」


「そうなんだよね、いや今回の旅も中々楽じゃなくてね、おじさん益々おじさんになっちゃったよ……ああ、君もこれから入るとこだろ、詳しい話は中でどうだい?」


「りょーかいです、お土産話楽しみにしてますよー……こっちは知り合……えっ?えっ?」


 ポニーテールの女性はレストに気付き、短く驚いたような声を上げた。そして一瞬の沈黙の後、安堵したような笑みを浮かべると、レストの肩を拳骨で二度小突いた。


「レスト……私に何か言う事あるでしょ?」


「ノーシア、ああ……何か……あんまり変わってないな……」


「大の大人が一年そこらでそんなに変わりますかっての、ここに来たってことは飲みに来たってことでしょ、丁度いいじゃん、私もお邪魔しますよ」


「あ、ああ」


 レストたちを待たず店に入るノーシアを見つめながらレストはワッティとともにノーシアの後に続いた。突然で不躾な乱入者だったがレストは不愉快を感じなかった、むしろ先ほどまでの陰鬱な気持ちが少し和らいでいるのを感じていた。結局友情より女かあ、とため息交じりに呟くワッティを無視しながらレストは店内に足を踏み入れた。




「ふーん、つまりワッティさんは面白おかしい旅をしてて、レストはここ最近いいとこなしでガックリきちゃってるわけねー、こりゃお酒の話題にはピッタリというか何というか……もしかして私ったら絶好のタイミングで二人に会っちゃったの?親父さーーーん!ビールお変わりぃ!」


 空になったジョッキを高く上げ、ノーシアは店内の喧騒に負けないよう声を張り、カウンターに向かって叫ぶ。レストたちは人でごった返す酒場のテーブルの一つに座っていた。ノーシアとワッティは大分出来上がり陽気になっていたが、大声で罵り合いをする客や、テーブルを乱暴に叩きながら歌を歌う客もいる店内では比較的静かなテーブルだった。


「相変わらずやたら飲むな……面倒くさい酔い方はしねえのは分かってっけど、金はあんだろうな?俺は奢らねえぞ」


そう言うレストの後ろから恰幅のいい店員がテーブルにビールを届けに現れた。ノーシアは店員からそのままビールを受け取ると喉を鳴らしながらそのまま半分ほど一気に飲み、小気味いい音とともにテーブルに置き、気持ちよさそうに笑った。誰も文句のつけようがないほど、良い飲みっぷりだった。


「舐めんなー、酒代くらい自分で出すっての、そもそもレストは奢るほどお金持って来てないでしょ?違う?」


「まあ自分の砦がメチャクチャにされちゃって、大急ぎでこっちまで来たわけだしね、そりゃあ清貧状態でしょう。これでしっかりお金とか持って来てお酒グビグビ飲んでたら、どうしようもないくらい下衆ですわね!なんてミルアーグちゃんに怒鳴られちゃうよ!」


 手を叩いて笑う2人を尻目にムッとした表情を浮かべレストがビールを口に運ぶ。気晴らしも必要と思い酒を飲むことにしたものの、イマイチ気持ちが盛り上がらず、ただ周りとの温度差を感じるばかりだった。


「いやこの店ではよく飲んだねえ……かなり昔のことみたいに感じてるけど、まだほんの少し昔のことなんだね、色んな事が変わっちゃったけどね、勇者君もいなくなって、荊兜の騎士団は無くなってみんなバラバラになって、ミルアーグちゃんは随分偉そうになっちゃって……あぁ、ごめんオジサンも酔っちゃったかな、べらべらよくしゃべる」


「……たまにはいいんじゃないですか、マスター、カウンターに置かれてるその中に桃みたいのが浮いてるやつ、それを頼むよ」


 カウンターにいた男性がにこやかな表情とともに頷き、カウンターに置かれた瓶の中身をカウンター上の空のグラスに注ぎ始めた。レストはぼんやりとその様を見つめながらワッティの話に耳を傾けた。


「……力をひたすら求めてた人、家名の為に志願した人、色んな人がいたけどみんな一角の希望を持ってたんだよ。自分が勇者に成れるかもしれないって、淡いけど蜜みたいに甘い希望を……テルキオール君、あの何もかもに祝福されたような彼が頭角を現すまではね」


 レストの目付きが鋭くなる、心中も穏やかではなかった。


(何だってんだ、今日はどこいってもアイツの影がちらつく……)


疎ましさと苛立ちをかき消すようにレストは果実酒に口をつけた。熟した果実の甘味と強いアルコールにむせ返りそうになりながらもレストは一気に飲みほした。


「当時荊兜の騎士団員が三人がかりでようやくいい勝負が出来る魔王軍の幹部、王国軍が轢き脚の魔人と呼んでたソイツを一人で簡単にやっつけて、彼は勇者に選ばれた。勇者加護を受け、魔王を滅ぼすまでは何度でも蘇る人類の守護者になった。王国の人にとっては救いだったけど僕たちにとってはどうだったのかな……僕みたいに……思い知ってしまった人も……たくさんいただろうね……それでも……君……は……」


 言い終わらないうちにワッティはゆっくりと机に突っ伏し、寝息を立て始めた。残されたレストとノーシアは顔を見合せ、気の抜けたような笑顔を浮かべた。


「ワッティさん……締まんねえな」


「らしいといえばらしいけどね」


「お前は……あれからずっと王都にいたのかよ」


「まあね、レストの噂はたまに聞いてたよ、最終決戦で武功を挙げた凄腕の戦士が砦の兵士たちを震え上がらせてるって、王都で居残りしてた私からすれば、本当羨ましい限りだってのにね」


「柄じゃねえけどまあ、それなりにやってたさ、ロッケンもいたしな」


 穏やかな沈黙が二人の間に生まれた。騒ぎたいだけの客は帰るか寝るかしてすっかりいなくなり、今は殆どの客がレストたちと同じように静かに酒を酌み交わしているだけだった。ワッティの寝息さえも大きく感じるほどの夜の静寂が店内に満ちていた。


「レストは、今でも勇者になりたいって思ってるの?」


「……酔っぱらってんのか?もう成れっこねえだろ。魔王も死んで世界も平和になったんだ、勇者なんて必要ねえだろ、次の魔王が現れるまで二百年くらいか?俺には縁のねえ話だ」


 少し呆れたような様子でレストはなんとなしに空になったジョッキの淵をなぞる、十分に酔いの回ったレストにこれ以上酒を頼む気持ちは無かった。


「それにしては、未練タラタラに見えるけどね、テルキオールが勇者になっても、特殊な力があるのが勇者じゃない、人を世界を救うのが勇者だって息巻いて頑張ってたのに」


「最終決戦の時、俺は勇者と魔王の死に様を見たんだよ……死体を見たのは俺だけだから誰よりもわかってんだ。魔王も死んだ、勇者も死んだ、アイツはやり遂げて死んだ、もう誰も敵わねえよ、俺のささやかな夢はもう終わったんだよ!」


 レストは思い出す、息絶えた勇者と魔王が地面に空いた大穴に飲み込まれ消える光景を、そしてその瞬間感じたどうしようもないほどの喪失感を。瞬間、レストの握るジョッキが爆ぜ砕け散った。破片はレストにもノーシアにも触れなかったが、二人とも安堵の表情は浮かべず、ただ沈黙していた。


「……悪い、驚かせた」

「……何がささやかな夢よ、かけがえない夢だったんでしょ、だからまだ次が見つかってないんでしょ!」


 眉をしかめノーシアが腹立たしそうにレストに言い放つ、レストは答えず、下を向きながらゆっくりと立ち上がった。時間だけはレスト達の体感以上には流れていた。見渡すと店内にはレストたち以外に客はいなくなっていた。


「……終わったって言ってんだろ、俺もお前も大分酔っちまったみてえだしお開きにするか、ノーシア……どっかの兵舎に空き部屋あるか?一晩だけ俺とワッティさんに貸してくれよ」


「……ここから一番近い兵舎の一階の小部屋が空いてるから適当に使えばいいんじゃない……私も帰る」


 金貨をテーブルに叩き付けるように置き、レストとワッティを放置しノーシアはどすどすと足音を立てながら店を後にした。取り繕う言葉は程々に酔ったレストの頭の中いくつか浮かんではいたが、ついに一つも言葉にはならなかった。レストは立ち尽くしたまま、ポニーテールを荒々しくなびかせながら遠ざかるノーシアを見送った。


「……知ってるっての……だからって、どうすりゃいいんだよ……」


 誰に言うでもなく呟き、レストは熟睡するワッティを背負うと少しふらつきながらもカウンターまで歩き、ノーシアの銀貨と合わせ少し多めに勘定を置くとそのまま店を後にし通りに出た。月明かりで照らされる通りは真夜中とは思えないほど明るかったが、人影らしき人影はどこにも存在しなかった。


「……頑張れ、若者……明けない夜は無いぞー」


「……起きてんですか?それとも単なる寝言ですか?」


「……」


「……ああもう、本当アホみてえだ……くそっ」


 レストは少し乱暴にワッティを背負い直し、ふらつきながら兵舎へと向かった。


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