王城にて
「おう、兄さん王都は初めてかい?このアクセサリーは一番流行ってる逸品だよ、記念にどうだい?」
「悪いけど今来たばっかだ、土産は帰りに買うことしてっからまたな」
何度目かわからない売り込みをあしらいレストは先を急いだ。王都に到着したレストは大通りを歩き王城に向かっていた。馬車が三台横並びで走れるほどの横幅の大通りは人で賑わい、レストの記憶にあるどの時期の大通りとの光景とも違う、繁栄と幸福に満ちた光景が広がっていた。中には余裕がないようにあわただしく走る商人もいた、それでもほとんどの人間が瞳の奥に温かいものを携え生きていた、しばらく続くだろう平穏な日々への熱があった。厚手の布を乱雑に巻いた十字槍を肩に担ぎ、背中のホルダーに斧を二丁備え付けている男以外は間違いなくそうだった。
(……あのアクせサリーはテルキオールが後生大事に首から下げてたのと殆ど同じじゃねえか……ああ成程、そういう売り込みなワケか)
レストは店頭に並ぶ指輪をいくつか束ねたような意匠のネックレスを横目でチラリと見た。そして行きかう人の多くが同じネックレスをしていることに気付く。
(あの勇者サマが身に着けてたのと同じデザインだからってか、どいつもこいつもよ)
心の中で毒づきながらレストは人ごみの中を歩き続け、王城と市街地を分ける王城外壁にたどりついた。薄汚れた様子のレストに兵士は一瞬怪訝な顔をしたが、レストの正体を知るとすぐさま門を開け、中に招き入れた。
「申し訳ありません、まさか北方砦総隊長様が自ら王城を訪れるなど……」
「いや、今回はいい、それよりミルアーグとギーフさんはいるんだな?」
「はい、お二方ともに今会議室におられますが、一体?」
門番の兵士の言葉を待たず、手持ちの武具を押し付けレストは王城へ急いだ、王城外壁と王城の間にある広場を歩き、次第に王城が大きく見えだす。連なった山脈にも似た巨城、高低が複雑に組み合わった意匠のヘイズール城は初めて見る人間を畏怖させるほどのものだったが、レストは無感情に王城の扉をくぐり、王城内に足を踏み入れた。
(会議室は二階だったか、そこにいなきゃ、一階の奥のアソコか……よく覚えてんな俺も)
勝手知る城内を歩きレストは二階の一室に辿り着く、銀装飾の施された煌びやかな扉の向こうからレストのよく知る声が聞こえていていた。レストは少し逡巡した後、力強くノックし扉を開けた。
「北方砦総隊長レストです、どうしてもお伝えしたいことがあり参りました……っと何でワッティさんとマーゴットまでここにいんだ?」
「それはこちらが言いたいことです、レスト貴方どうしてここにいますの?」
室内に置かれた円卓、そこに腰を下ろす四人のうちの一人、柔らかそうな癖っ毛の貴族服の女がレストを睨む。
「ミルアーグ、例規違反とか無礼は後でいくらでも詫びるし処罰も受ける、俺の話を聞いてくれ緊急なんだ。北の砦が魔物を引きつれた連中に襲われた、一個中隊か荊兜を何人か派遣してくれ、時間もない、頼む」
「貴方の要求はわかりました。しかしにわかには信じられませんわね、魔物を使役する野盗がいたとしてもそこまでの脅威になるのでしょうか?砦の兵力だけで対応可能なのではないですか?そもそも会議中にいきなり乗り込んできて自分の要求を通そうだなんて一砦の隊長としての品格を疑いますわね」
「お前っ!俺がっ……!」
「ミルアーグの言うことは最も、だがレスト、お前がここまで息を荒げ王都まで来た以上並々ならぬことが起こったのだろう、ワッティとマーゴットには済まないが先にレストの話を聞かせてほしい、何があった?全て話せ」
ミルアーグの隣に座っていた大柄な初老の男が頭に血が上りかけたレストをたしなめる、少しの間レストとミルアーグは無言で睨み合っていたが、舌打ちとともにレストが視線をそらし、大きな音を立てながら空いている椅子に腰を下ろした。
「ギーフさん、私なら大丈夫ですよ。それにしてもレストさんもミルアーグさんももう少し仲良くしましょうよ。同じ王国に仕える仲間じゃないですか、それも荊兜の騎士団にいたころからの付き合いじゃないですかー、私ちょっぴり悲しいです」
円卓に座る肉厚の甲冑を身に纏った小柄な少女が悲しそうな表情を浮かべながら呟いた、レストは頬杖を突きながらその少女から視線を逸らし、無言を貫いた。
「マーゴットちゃんは相変わらずいい子だねえ、それに引き替え君たちは、あまりオジサンを冷や冷やさせないでおくれよ、いや本当に」
同じく円卓に座る袖口の広い全体的にゆったりとした服の男が軽い調子で言う、堪えきれずレストは右手で頭をかきながらバツの悪そうな表情を浮かべた。
「……確かに俺もちょっとは悪いですけど、吹っ掛けてくる奴がいなけりゃ俺も普通にしてますよ、とりあえず北方砦で起こったこと報告します」
レストは北方砦で起こったことを話した。鎧の魔物を率いる一団が押し寄せたこと、リーダーと思わしき男が卓越した剣技の使い手だったこと、その男にレストが傷一つつけられず敗北したこと、鉄籠を発動しどうにか一団を拘束することに成功したこと、そして一団の中に勇者テルキオールを思わせる人間が二人いたことを話した。
「じゃあ今北方砦は鉄籠を発動したおかげで砦としては相当ダメになってて、レスト君を打ちのめしちゃうような奴らが無傷のまま鉄籠の中にいる、多分出てき次第また砦を襲ってくると、こりゃまた大変なことになったねえ」
「……最悪ですわね、北方砦はしばらく使い物になりませんわね。レスト、貴方の処罰は追って出されるでしょうがかなりの失態ですわね、今は事態の収拾が最優先ですけれども」
レストは拳を強く握り込み歯を食いしばった。ミルアーグの物言いは冷たく侮蔑的なものだったがその場にいた誰もミルアーグを咎めなかった。
「……さっきも言った通りどんな処分が俺に下されようと異論はありません、早急の対処をどうかお願いします」
レストは立ち上がり深々と頭を下げた。ミルアーグは冷たい態度を崩さなかったが、ギーフは顎に手をやり考え込むような仕草を見せた。マーゴットとワッティも姿勢を改め真剣な表情でレストを見つめていた。城内のどこかを歩く兵隊の足音が部屋にいる誰も耳にも大きく響く。しばしの沈黙、それを破ったのはギーフだった。
「レスト、わかっておる。これは王国としても軽視できん事件だ、だがお前を容易く倒した相手がいるとなればいたずらに兵団を派遣しても犠牲が増えるだろうて、かつての荊兜の騎士団員、もしくはそれに匹敵する精鋭が戦わねばなるまい」
ギーフはじろりとレストら会議室の中を見渡し、目を閉じ、低く唸るような声とともに、腕組みをした、眉間に深い皺が浮かび上がる。
「マーゴットは立場上、あまり王都から離せぬ、さような輩がいる以上なおさらであろう。西方砦は……便りをすぐ出したとしても間に合うまい、後詰なら期待してもいいだろうがな……ワッティ、動けるか?」
「僕はいつでも行けますよギーフさん、武者修行みたいな剣術指導みたいな旅の途中だったんだ、願ってもないですよ。久方ぶりに命懸けの戦いもしないと錆びつきますからね、腕前も魂も」
ワッティが軽い調子でギーフに応え、それを聞いたギーフの顔にかすかな笑みが浮かぶ。
「私も伺いますわ、私達王国軍の威信が揺らぎかかっています、完膚なきまでの制圧と勝利こそが必要となるでしょう、何より……王国軍の現状を鑑みれば私が赴くほかありませんわ」
ミルアーグが悔しそうに下唇を噛む。ミルアーグを見やり、レストが察したように目を一瞬見開き、何かを恥じるように顔右手を顔に当てた。マーゴットも視線を下に落とし、暗い表情のままじっと拳を握り込んでいた。
「そうだ……あれから一年……まだたったの一年しか……」
「勇者、そしてお前達荊兜の面々の活躍もあり、今代の魔王軍による王国への被害はかつてないほど少ない。それでも……それでも王国軍は多くの死者を出した、一騎当千の荊兜の騎士たちでさえ次々と死んでいった。兵も時間も足りぬのだ、未だに王国軍はかつての半分以下の規模しか持たぬ」
ギーフが重い口調で言い、レストは無遠慮な自分を恥じた。王城のどこかから聞こえる年若い兵士の声がレストの耳に確かな存在感を持って響いた。
「私レストさんの話を聞いただけですけど、なんだか怖いです。その人達が強いから、というよりは不吉って言うんですかね、薄気味悪い感じがします、私が出来ることあんまり多くないですけど、なんとかしなきゃって気持ちです」
「勿論出来る限りの戦力派遣は行おう、ただレスト、王国の現状もわかってほしい。ワッティ、ミルアーグ、後詰としてソーウッドと、王国軍一小隊ほどが限度なのだ」
憂うマーゴットに応じるような形でギーフが言う。一小隊20人、未だ全容の知れない一団を相手取るには心もとない兵数であることはレストにも理解できていた。しかしレストは意気消沈することもなく、どこか獣じみた笑みを浮かべながら握りこぶしを胸の前で作った。
「謝らないで下さいギーフさん、十分すぎるほどです、これで俺を入れて荊兜が三人、あのバモットとかいう奴には負けねえ!」
「お待ちになってレスト、貴方もしかしてもう一度その一団と戦うつもりですの?愚かにもほどがありますわ、たまたま死なずに済んだだけというのがわかりませんの?」
せせら笑うようにミルアーグがレストに言う。レストがゆっくりとそれでいながら威圧するような所作で立ち上がりミルアーグを睨み付ける。民間人あれば卒倒しかねないほどのレストの鋭い視線を意に介さず、ミルアーグは話を続ける。
「貴方の話では勇者テルキオールに匹敵する剣技の使い手だったという事です、でもそれだけだったのでしょう?」
「……それだけだって?」
「ご存じでしょう、勇者テルキオールが今代の勇者そして歴代最強の勇者たり得たのは、全てを持っていたからですわ。卓越した剣術・魔術、教会由来の奇跡、竜の持つ異能、護民の心、愛国心……全くキリがありませんわね、そう、強大な魔と戦うものが、無辜の民に希望を与えるものが持つべきもの全てを彼は持っていた……だから選ばれた……勇者に成れた、荊兜の騎士団の他の誰でもなく、彼が選ばれたのですわ……」
目を伏せミルアーグは力なく笑った、諦めと自嘲を含んだ悲しい笑みだった。
「勇者テルキオールに匹敵する剣技の持ち主、間違いなく脅威ですわ。おそらく単純な剣技で勝てる人間はこの王国にいないでしょう。それでも荊兜の騎士の端くれがそうまで成すすべなく敗北するものでしょうか?王国選りすぐりの精鋭に、さらに本来教会の要人しか受けられない聖人の力とおぞましくも精強な竜の力を付与された荊兜の騎士団員が!レスト、貴方随分弱くなりましたのね?まさかお得意の投げ斧さえ掴み取れなくなったのかしら?」
「ミルアーグ!てめえ!」
レストが乱暴に立ち上がりミルアーグに詰め寄る。ミルアーグは微塵も慌てるそぶりを見せず、貴族服のベルトに差し込んでいたものを引き抜き、手首の動きだけでそれを振った。室内に教会の鐘の音色にも似た音が鳴り響き、レストだけが突然石に躓いたかのように前のめりに倒れた。
「ぐっ、王城内で武器使いやがって……軍の筆頭中将のすることかよ……」
「ミルアーグさん!それ以上やるなら私も……流石に見逃せません」
「あら、私はただベルを鳴らしただけですわよ、それともそんなに私のベルの音色がよかったのかしら?マーゴットもあまり心配しないで、少し身の程を教えて差し上げるだけですから」
両掌を床につけ、苦しそうに呻くレストを、くっくっと喉で笑いながらミルアーグが見降ろす。見かねたマーゴットの静止を聞きいれながらも、豪華な装飾の施されたハンドベルをあたかも剣を突きつけるように威圧的にレストに向けながら歩を進める。
「貴方もご存じのように、私はヘイズール王国軍筆頭中将にして大将補佐官、今の貴方では私に傷一つつけることはできません。お分かりかしら?大人しく従いなさい、人には分というものがあるのですわレスト。貴方は王都で日向ぼっこでもしていればよいのですわ、一応は砦の隊長ですもの、勝ち目のない相手に戦いを挑んで、むざむざ死なれても困りますわ、何なら……」
「もうよさんか、お前はレストが絡むと度が過ぎる」
見かねたギーフがミルアーグの手を攫み、強い口調で制止する。しかしそれでもミルアーグはレストから視線を外さない。数秒の緊張状態の後、ミルアーグはレストに向けていたハンドベルをだらりと下ろした。
「申し訳ありません、それでも彼には今は大人しくしていて欲しいですわね、今しがた実力を露呈させてしまったわけですし、まさかまともに受けるだなんて思ってもみませんでしたわ」
「全く君らはもうちょっと仲良くできないもんかね……どれ、レストは……まあ無事か、ちょっと足がもつれてコケただけだ」
ワッティがレストの腕をつかみ引き上げ、そのまま肩を組むような体勢でレストを支える。足元がまだ覚束なかったがレストの意識は概ね平常時のそれを取り戻していた。
「ギーフさん、俺は……それでも俺は!」
「レスト……本音を言うと、儂もお前に出陣を控えて欲しい。今のお前はどこか……不安定だ。動けないほどではないだろうが傷も負っておろう、今は傷を癒すことに専念して欲しい、お前の活躍してもらうときはまた来る、その時まで備えるべきだろう」
穏やかにそれでいて断定的にギーフはレストに言い放つ。ミルアーグがしたり顔を浮かべあからさまなそれを隠すように口元を手で覆った。レストが落胆の表情を浮かべたまま、ゆっくりと首を縦に振った。
「ワッティさん、俺はもう大丈夫です……了解しました」
ワッティの腕から抜け出し、レストはふらふらと扉へ歩いた。失意の只中にいた、焦燥を晴らす機会が失われたことへの絶望は大きかった。まるで冷水を頭からかぶった時のように、冷たい何かが頭から肩へ、肩から全身へ、ひたひたと広がっていく心地を味わっていた。レストはふらふらとした足取りでワッティ達に背を向け歩き出していた。
「レストさん、待ってください!レストさん!」
マーゴットの声を背に受けながらも振り返ることもせず、レストは扉を開け、会議室を後にした。古く分厚い扉のしまる音がやけに大きくレストの耳の奥まで響いていた。




