終わる平穏、始まる死闘
書き直ししながら投稿、コツコツやります。
不可解な集団の報告が物見からレストに告げられたのは、イノシシの一件から七日ほど後だった。起き掛けに知らせを聞いたレストは寝不足と要領を得ない報告のせいもあり不機嫌な心持のまま見張りとともに砦門内部の階段を上った。
「野盗の類じゃないんだな?」
「はい、野盗とは少し違うように見えました、あのような野盗は今まで見たことがありません……人間離れしているといいますか……」
階段を登り切り砦門の上に出たレストは、物見から差し出された望遠筒を受け取り、物見の指差す方に望遠筒を向け、覗き込んだ。
「あれは……確かに……」
レストは城門から五十メートルほどのところに馬に跨った甲冑騎士で構成された集団を視認する。一部の例外、黒いローブと短剣をいくつも溶接したような鋭角的なフルフェイスヘルムが特徴的な大柄な人物と、青いローブを目深に被りで顔まで隠した人物、銀髪を逆立てた不敵な面構えの男以外は一様に複雑で禍々しい紋様の刻まれた鎧を身に纏っており、物見が異常を感じるのも無理もないとレストは感じた、物見とは違った異常さを感じレストも眉をしかめた。
「……魔王軍にあんな奴らがいたな、鎧の魔物とか俺たちは呼んでいた、魔王が死んだときにあんな下級の魔物はみんな塵になって消え去ったはずなんだけどな」
「魔、魔物ですか!ありえません!魔王が滅んでからまだ一年です!次の魔王が発生するには早すぎます!」
物見が上ずった声で叫ぶ、周囲の兵士がぎょっとした目で物見とレストを見るがレストは落ち着いた様子で物見の肩に手を置いた。
「もちろんいるはずがない、だからあれは魔物のふりをした野盗か、魔王崇拝者じみた変人だろうな、どっちにしろ放っておけねえ、あつらえ向きに砦に近づいてきている、弓兵隊を門の上に、槍兵隊を門の前に、二小隊ずつ配置させてくれ、俺も出る」
「はっ、了解しました!」
駆けて行く物見を見送りながらレストは手持ちの武具を見やる、二丁の片刃斧、十字槍は太陽の光を反射し、ぎらぎらと輝いていた。思いがけない厄介ごとにため息を吐きながらレストは所在なさげに首の後ろからぶら下げられた兜に手をやった。
「何があった?ただの盗賊か何かじゃないのか?」
ロッケンが先ほどレストたちが上ってきた階段から現れ、そのまま真っ直ぐレストの方へ向かう。レストは軽く息を吐き、ロッケンに望遠筒を差し出した。
「魔物に仮装した変人が砦に近づいている、数は三十程度だが野盗よりも気のふれた野郎たちに違いねえ……お前も見ろ、中々リアルな仮装だろ?」
「本当か?……ああ確かにそっくりだ、よく調べたもんだ、危険じゃねえけどこりゃまともじゃないな、話が通じるヤツらだとは……ん?」
「どうした?知り合いでもいたか?」
言葉を詰まらせたロッケンにレストが語りかける、ロッケンは顔をしかめ、砦に迫る一団を注視していた。
「あの先頭の男は勇者にテルキオールに似せているのか?銀髪に……武器まで同じだ……一番まともそうに見えるけどな……」
もう肉眼で見える距離まで来ていた一団をレストは再び見る、レストが注視しなかった銀髪の男の背には、その男の身長ほどの大きさの大剣が一本、鍔が片側にしか付いていない剣が二本斜めに背負われていた。レストの顔色が変わる。
「……お前はここにいろ、ふざけた野郎共だ……」
言い終えるとレストは砦門の上から飛び降り地面に降り立った。そして砦の目前まで迫っていた一団を睨み付けた。砦から出陣し、隊列を組む兵士たちもレストに習い、一団に敵意の籠った視線を向ける。
「そこの勘違いした格好の奴ら、一応言うが何のつもりだ?悪意が有ろうが無かろうがお前たちはしょっぴく、そんな格好でそこらをウロウロされちゃ治安が乱れんだよ」
「勘違いした格好の奴らとは俺たちの事なのだろうな、腹立たしい男だ、いや案外お前だけに言っているのかもしれないぞミザク、少しお前は浮いている」
「確かに私は少しこの集団にそぐわないわねバモット、今さら客観的になれたわ、でもそんなことを気にしている場合かしら?張り切っているのが一人来たわよ、ロッシに相手をさせる?」
レストの静止を無視し、バモットと呼ばれた銀髪の男と青いローブの人物が落ち着いた調子で言葉を交わす。ロッシと呼ばれた男の兜の奥の表情は伺うことはできなかったが、レストたちに反応を示さずにただ佇んでいるだけだった。レストら砦の兵士など眼中にないという様子の一団にレストは苛立ちを募らせた。
「俺達が直々に相手をする必要のある男でもないだろう、手筈通りこの砦を破壊する、鎧共、前に出ろ、まずは門をこじ開けてみせろ」
いかにも退屈気な調子でバモットが言い終えると甲冑騎士たちの半数ほどが動き出した。少しぎこちない動きでバモット達の前方で隊列を組み、じりじりとレストに、砦門に近づき出す。
「堂々と物騒な話しやがって、しかも俺の話を聞きやがらねえ、何なんだお前らはよ」
レストが槍と地面に突き立て、お手上げと言わんばかりに両手を挙げうなだれる。敵意と闘争心はいささかも衰えてはいなかったが、攻撃の予備段階、ブラフの一つとして努めて情けなく振るまう。
「警告はしたぜ、諸々の話は生き残ったやつに聞くさ!」
言い終わった頃、レストの背の斧がひとりで真上に放たれ、レストの両手に収まる。斧が収まりきると同時にレストは右手の斧を甲冑騎士の一体に勢いよく投げつけた。銀色の円にしか見えないほどの速度で回転し、弓矢以上の速度で一直線に進んだ斧は、甲冑騎士の一体の頭部を兜ごと打ち砕いた。兜の破片と黒い肉片をまき散らし、レストの手元に投げた斧が弧を描き戻ってくるのとほぼ同時にその甲冑騎士は地面に仰向けに倒れた。
「弓兵隊!あの甲冑騎士の頭部か鎧の繋ぎ目を狙って撃て!あの甲冑じゃそれ以外の箇所に刺さったところで何にもならねえ!やれ!」
レストの号令とともに砦門から放たれた矢が甲冑騎士たちに殺到するが、レストの言う通り鎧部分にいくら程矢が突き刺さろうと甲冑騎士は動きを止めなかった。兜の隙間から頭部を射ぬかれた甲冑騎士が数体倒れたが、大部分は変わらず砦への進行を続けた。中でも矢を殆ど受けなかった四体は、剣を抜き放ち、レストに狙いを定め走り出した。
「上出来だ!まだ打ち続けろおぉぉぉ!まだ、だっ!」
「隊長!奴ら頭を直接狙われないように上段に構えています!一旦引い……なっ!」
レストは両手の斧を先頭を走る二体の甲冑騎士に投げつけた。斧はそれぞれ二体の甲冑騎士の頭部目がけ飛んでいた、弓兵の言う通り剣に阻まれるはずだった。しかし斧の軌道が急激に下がり、頭部を狙う軌道とはまるで違う足元を狙う軌道に変わり、そのまま二体の甲冑騎士の足首を切断する。致命傷ではないが、二体の甲冑騎士は前のめりにバランスを崩した。
「おあつらえだ!槍兵隊も出ろ!矢で動きが鈍っている奴らを確実に仕留めろ!」
レストは槍を抜き、数歩駆け、倒れかけの甲冑騎士の一体の頭部を下からすくうような動きで貫いた。頭を串刺しにされた甲冑騎士ががくがくと身を震わせすぐに動かなくなる。レストは動きを止めず十字槍を甲冑騎士の頭から引き抜くと流れるような動きで前のめりに倒れたばかりのもう一体の頭を後ろから貫いた。
「俺達も隊長に続け!行くぞ!」
槍兵がレストの活躍に勢い付き、残りの甲冑騎士に迫る。全身甲冑に攻めあぐねるが、数で勝る槍兵が弓兵との連携で次々と甲冑騎士を撃破していった。戦況はレストたちの優位に傾いて行った。
「隊長!二体来ています!」
弓兵の一人が矢を射ながら叫ぶや否や、残りの二体がレストに同じタイミングで剣を振り下す。レストは槍を横向きに持ち替え剣撃を受け止めるも、押し返すことも出来ず、硬直状態に持ち込まれてしまっていた。
「ぐっ、そこそこの腕力じゃねえか……けど獲物が前にいるときは後ろに気を配ることもろくに出来ないマヌケだ……」
金属と金属をぶつけ合わせたような鈍い音が響く、レストに剣を振り下していた内の一体の頭部が兜ごと、馬車の通った後の轍のように二筋に抉られていた。頭を抉られた甲冑騎士が力なく倒れ、その傍らの地面にレストの斧が落ちる。
「ギギッ、ギグッ、ギッ!」
残った甲冑騎士は一歩下がりすぐさま剣による刺突を繰り出すが、レストは身を屈めこれを交わし、伸びきった腕、鎧の繋ぎ目部分に槍を下から繰り出し、十字槍の鉤の部位でそのまま切断する。剣を取りこぼし、動きを止めた甲冑騎士の頭部を十字槍で刈り取りながらレストはこの謎の一団について思案していた。
(この鎧の魔物は、本物だ……死に損ないが何体かいたとしてもおかしかない、ならそれらを小隊規模連れてるアイツらは、何者だ?さっきからひと言も喋らねえアイツからも嫌な感じがする……何だってんだ……ただの野盗なのか?)
レストは不穏なもの感じながらはバモットを見やる。先ほどまでとは違い、何か面白いものを見つけたような、口の端を少し上げた表情で、レストを見据えていた。互いの視線が交錯する。
「あの男、鎧の魔物の弱点を知っている、しかも中々腕も立つ、興味深いな、俺の良い敵になりうるのか?」
「あなたさっき腹立たしい男って言ったばかりなのに、理解に苦しむわ、そもそも鎧の魔物を使わなくてもこの規模の砦なら私かあなた一人で充分じゃない、アイツから借りてきた半分が無駄死によ、生き物なのかはよくわからないけれど」
「そう言うな、俺もまだ好奇心というものを抑えられない、感情を持て余しているとでも言うのか、収穫はあっただろう、おい!十字槍と投げ斧のお前!次は俺が相手をしてやる」
バモットは背中から大剣を抜き、レストに向かって歩き出した。大質量の大剣を両手で持ち、事も無げに歩くバモットにレストも身構える。右手を猛禽の足のように強張らせ指と指の間に二本の斧を挟み、そして左手一本で槍を持ち、穂先をバモットへと向ける。先陣の甲冑騎士を仕留め終えた槍兵たちにも緊張が走る。
「お前は斧の軌道を技術ではなく魔法で操っているな?金属か風に働きかける魔法か?魔導士には見えないがその程度の魔法は使えるのか、考えたな、下級魔法とそこそこの武技も組み合わせ次第では、中々化けるものだな、お前の名は?」
「レスト・コールフロントだクソ野郎。テメエの言うその程度の魔法でも、頭カチ割るくらいは余裕だぜ。テメエこそオツムの足りない下級魔物と勇者サマのマネゴトで面白い見世物こさえたじゃねえか、首謀者みてえだから殺しはしねえが、しばらく一人でメシが食えねえくらいには痛めつけられるって思え」
「けなしたわけではない、素直に関心している、持たざる人間の工夫というか、試行錯誤というのか……全く可愛らしいじゃないか!」
「言ってろ!」
レストは右手を振りかぶり、斧を二本同時に投げた。バモットの推察は概ねあたっていた、風の魔術による遠隔操作可能な斧と十字槍のコンビネーションがレストの基本戦術だった。今までの敵にしてきたようにレストはバモットという男もその連携で仕留めるつもりだった。
「この程度っ!」
「その隙にっ!」
大剣を振るい、飛来する斧を薙ぎ払ったバモットにレストが槍を構え突進する。バモットが虚勢だけの男ではないと判断し、斧を布石に使ったレストの戦術に落ちは無かった。
バモットは肉厚で巨大な大剣を振るえる剣士であり、振るえたが故無防備な半身をレストにさらしていた。致命傷を狙えずとも勝利への一手をこの攻めで見舞うつもりだった。
「隙があったか?」
バモットは大剣を片手に持ち替え振り回し、速度を全く落とさず、接近するレストを下からの切り上げで迎え撃った。切っ先が地面に触れるも大剣は土を岩を巻き上げながらレストに迫る。レストが大きく目を見開く。
「くっ!」
自身の速度を落としやり過ごすことが出来ないと直観的に悟ったレストは、バモットに十字槍を見舞うための踏込みの一歩を回避のための一歩に変え、突進の勢いを殺さずに横に飛び退いた。全身の骨格がきしむような回避の後レストがいた場所を大剣が唸りを上げ通過する。
「よく躱した、だが膝をつく余裕があるか?」
回避と大剣の圧にバランスを崩し片膝立ちになったレストに容赦なく今度は振り下しの大剣が迫る。大金槌を力任せに叩き付けたような撃音と衝撃が辺りに伝播する、遠くから見ていた兵士の何人かがその衝撃に短く悲鳴を上げる。しかし大剣が振り下された場所にレストの姿は無かった。前に転がりバモットの攻撃を回避していたレストはそのまま素早く立ち上がり少し距離をとるとバモットに向かい槍を構えた。額から汗と血の滴を流し、息を荒くするレストに対し、バモットはかすり傷一つなく、悠然とレストを見やっていた。
(早過ぎる……あの大剣をあの速度で振り回し続けられる身体能力とコントロール、センスもずば抜けてやがる……アイツと同じレベルの剣士だってのか……ありえねえ、ありえるはずがねえ!)
レストは振りかぶり十字槍をバモットに投げつけ槍を追うように走り出した、レストは先ほど以上の速さでバモットに接近しながら、魔術による遠隔操作で斧を手元に引き寄せる。バモットが十字槍を薙ぎ払うころにはレストはバモットに肉薄し、引き寄せた斧が握られていた。
「っぐ!オラァっ!」
レストは両手に持った斧をそれぞれ別の動きで振るいバモットに切り掛った。切り上げ、振り下し、横薙ぎ、全てを織り交ぜそれでいて高速連続の斬撃、一般兵士には目で追うのがやっと、仮に目で負えていたとしても、対応が全く間に合わないであろう速度と密度の攻撃だった。しかしバモットは口元に笑みを浮かべ、レストを迎え撃つ。
「そう来たか!これも中々、だがっ!」
バモットは大剣の刀身から柄まで全てを使いレストの連続攻撃を悉くいなしていく。時折レストの斬撃がバモットをかすめることはあったものの、致命傷には程遠くバモットの動きは全く揺らぐことはなかった。
「ちっ!ヤロウ……」
三十秒ほど続いた打ち合いの末、レストは地面を蹴り、後ろに大きく飛び再びバモットと距離を取った。周囲の兵士たちに後ろ向きな動揺が走っていたのがレストにも理解できていた。明らかな動揺こそ見せてはいなかったがレストを見る目は先ほどまでと違い、不安と焦りに満ちたものになっていた。
「隊長!」
「援護はいい、それより、籠の準備をしろ!」
「籠ですか!この人数相手に籠を使われるのですか?」
「いいから早くしろ!命令だ!」
レストの一喝を受け、砦門上の弓兵が慌てて走り出す、叫びながらもレストは視線をバモットから一時も離さなかった。
「様子見でもしてんのかレスト!何で翡翠の竜の力を使わない!竜人になればまだいくらでもやりようがあるだろ!いいようにやられてんじゃねえぞ!」
「竜人?まさかお前が荊兜の一人か?こんな所で会うとは何の因果なのだろうな。相手にとって不足はない、俺も俺の本気を知りたい、限界を知りたい!」
砦門上のロッケンの叫びを聞き、少し興奮した様子でバモットは大剣を地面に付き刺し、背中の片鍔の剣を抜いた。レストや兵士が身構え、固唾をのむ中バモットは二本の片鍔の剣の背の部分で重ね合わせ、捻るようなずらすような動作をする。バモットが無策で大剣を手放したわけではないにせよ、攻撃の好機なのはレストにも理解出来ていた、しかしレストは動けなかった。
「本気などと言うつもりはないが、二刀使ってこその俺だ、楽しませてやるぞ?」
全ての動作を終えたバモットの手には二本の片鍔の剣を結合させ、完成した大剣が握られていた。バモットは歯を見せるように笑いながら地面の大剣を引き抜き、レストに向かい構えた。
「……っ!」
レストは狼狽する、今まで幾度となく見てきた合体機構付きの剣、使いこなす人間がいなくなりもう二度と見るはずの無かった大剣の二刀使いがそこにはいた。レストの記憶の中のある人物の剣技に関する一切と合致する。心臓の鼓動が早くなり、思考が錯綜する。
(こいつは剣技に関して言えば、テルキオールそのものだ……剣もおそらく同じ……こんな奴がいままで何処に?目的は何だ?……いや何より……俺は……こいつに勝てるのか?……)
レストの手がかすかに震える、バモット本人の圧倒的な強さに、気圧されているという自覚はあった、しかしそれに加え勇者テルキオールと相対しているかのような錯覚、圧倒的強者と敵対しているという無意識の錯覚がレストの気勢を著しく削いでしまっていた。
「無口になったな?顔色が悪いぞ、どうした?俺が誰かに似ていたか?お前の知る誰かに?同じような剣を使う奴でもいたか?面白いだろう?」
「ぐっ、おおおおおおおおっ!」
「レスト!何でだ!」
レストは左右の斧を投げつけ、斧と同じように風の魔法を付与している十字槍を手元に引き寄せバモットへ駆け出した。ロッケンの叫びも聞こえていないかのようにただ叫んだ。
斧がバモットに接近するがバモットは剣を振るおうとはせず、ついには剣を地面に突き立て空手になった。そして軌道を変えながら迫る斧をそれぞれ片手で掴み、短くため息をついた。
「……っ!」
「いい加減にしろ、この程度でまだ通じると思っているのか、本気を出さないのならこのまま殺すだけだ、そこらの雑兵が無駄な抵抗をすることが出来なくなるくらい、極力無残に殺してやる、その方が手間を省ける」
バモットは冷たく言い放ちぞんざいに斧を砦の壁に向かって投げつけた、レストが投擲した時以上の速度で放たれた斧が轟音と共に砦の壁に衝突する。斧はレストには掠りもしなかったが、砦の壁を崩し掘り出す必要があるほど深くめり込んでいた。
(くそっ!狡いマネで俺の斧を!)
心中で悪態をつきながらレストは十字槍を強く握りしめ、バモットに突進する。バモットは大剣を再び抜きレストの攻撃を受け止める。辺り一帯に激音が響き渡り、バモットとレストの切り合いが始まった。互角の勝負を演じていた先ほどとは違い、両手に大剣を持ったバモットがレストを圧倒していた。武器を振るう速度と手数に差は殆ど無かったが、武器の破壊力の差異が勝負の明暗を決めつつあった。焦りから普段以上の汗と熱を発しながらレストは十字槍を振るい続けた。
「クソっ!お前だけは!お前だけは!」
「ふん、薄っぺらい怒りでどうにかなるわけがないだろう、存外下らない男だ」
レストは闘争の袋小路に追い込まれている自分を意識した。バモットの剣速は増し、次第にレストは躱し防ぐだけで精いっぱいになっていった。そのためバモットの足元を薙ぎ払う剣撃を跳ねて躱すほか無かった。
「ぐっ、畜生!」
「間一髪避けたな、だがこれはどう捌く!」
空中の身動きが取れないレストにバモットは大剣による片手突きを放つ。片手突きとは思えないほどの重い一撃がレストのかろうじて間に会った十字槍の防御を容易くこじ開け、レストの鎧を砕き貫いた。
「がっ!」
レストは緩やかな放物線を描き、受け身も全く取れないまま地面に叩き付けられた。すぐさま体を反転させ、片膝立ちの状態から十字槍を支えに立ち上がろうとするものの、呻き声を上げるだけで一向に立ち上がることは無かった。
しばらくレストに向かって大剣を構えたまま臨戦態勢をとっていたバモットだったが、一度短く心底呆れたように息を吐くとレストに背を向け、ミザクらの方へ歩き出した。
「待たせたな、まあそれなりに楽しめた」
「……ようやく終わったの?」
「あとはお前に任せる、お前の魔術で一気にやるのが一番効率がいい、抵抗できそうな奴はもう虫の息だ、まとめて始末してしまえ」
「貴方は本当に勝手ね……でもいいわ、目的地はここじゃない、あまり時間をかけていられないもの」
ミザクがローブを脱ぐ、露わになるのは手に持った三叉槍、金属装飾・魔術的文様の多く備わった修道服のような服、そして編み込まれた長い銀髪。ミザクの姿を見たレストの意識がかすかに覚醒する。
「……お前等……ほんと何者だ……テルキオールの……」
「レストがあいつ等から離れた!籠起動だ!」
砦門の上に立つロッケンの合図と同時に、砦門から大岩を地面に落としたような震動と轟音が響き、砦門は幾本もの鉄の柱と一反の長大な鉄の帯に分解され、間髪入れずに一直線にバモットらへ向かって一直線に飛んだ。バモットらにもそれらは視認出来ていたが、迫りくる鉄柱から放たれた雷によく似た青白い光に動きを封じられ、その場に釘づけになっていた。
「ぐっ……動きを少し鈍らせたところで!ミザク!奴らが何をする気か知らないが打ち破れ!見たところこれは魔術由来、お前なら容易いだろう!」
「……これは二重の封印陣……この光の拘束はすぐ解除できる……けれどこれは大規模な封印陣を発動させるための時間稼ぎ、本命はこれから完成する」
「……!」
鉄柱はバモット達を囲むように順番にしかし高速で落ち、鉄の帯は柱にある程度の規則性を持ってぎりぎりと鉄柱に巻きついた。あくまで無感情に分析を述べるミザクの言葉を遮るように、鉄の帯は隙間なく巻きつけられ、蔓籠を逆さにしたようなものが完成した。
「対軍封印陣鉄籠、この砦が本当にヤバイときだけ使えとは言われてたが……門が吹っ飛ぶってのは例えじゃねえのかよ、逃げ損ねるとこだったぜ……レスト、無事か?」
「……あ、ああ」
ロッケンがレストのそばに駆けよる。多くの兵士たちと同じように茫然としていたレストだったが、駆け寄るロッケンに気付くとゆっくりと立ち上がった。
「今回は……流石に死んだと思ったぜ……しかし砦がこんなんなっちまって、明日からどうすっかな……」
「生きてりゃ問題ないさ、兵士たちにもけが人はいねえみたいだしよ……正直あの……銀髪の奴らが最初から兵士たちを殺しにかかってたら何人死んでたかわからねえ……」
レストとロッケンがあたりを見渡す、未だ青白い光を放ち続ける鉄籠から遠ざかるように砦に戻る兵士たちがいた。一人では歩けず他の兵士の肩を借り歩く兵士もいたが、ロッケンの言うように生命の危機に瀕しているような兵士は一人もいなかった、レストは安堵したように長く息を吐いた。
「とりあえずこの場は……よかった……急ごしらえでもなんでもいいから門のあった場所を補強しねえとな……あの封印術は……どのくらい持つ……」
「さんざ言ったろうが、千人が一か月攻め続けても壊れない魔導門、それを一定範囲に収束させた封印魔術があの鉄籠だ。門の強度を上げる魔法は砦の中の兵士の生命力で賄われて半永久的に発動し続けるが、砦から完全に切り離されちゃ持って七日って話だ……」
「七日か……」
「どうにかしないと今度こそ皆殺しにされる、まああの中の奴らとは比べ物にならねえとはいえ、別な野盗もこれ幸いと来るかもしれねえ、しばらくは気ぃ張らねえとな」
レストとロッケンが鉄籠を見る、発せられる光に遮られ中は見えないがしばらく無言で凝視する。レストはバモットの暴威を思い出す、圧倒的な破壊力の大剣二刀流とそれを使いこなせる卓越した技量、今王国にいる兵士の中で剣技であの男に勝てる奴はいるのか?バモットは頭を振り疑問と心中の負の情動をかき消す。
「ったくよ……こんなこと王都の連中に言ったって誰も信じねえんじゃねえのか?報告する奴の正気がまず疑われんだろうな」
レストが力なく笑いながら言うが、ロッケンはすぐには答えなかった。腕を組み考え込むようなそぶりを見せたあと、何かを決心したように口を開いた。
「レスト、お前が王都に行け、お前が行って報告して来い」
「おいおい何言ってんだよ?これから何かと戦力が必要になんだろ?あのバモットとか言う奴に仲間がいるかもしれねえ、そいつらが砦に来たらどうする?お前等だけじゃアイツには勝てねえぞ」
「どっちにしろ同じだ」
「どういう……意味だ」
血と泥で汚れた顔を険しくし威圧するような口調でレストは言い放った。殺気すら感じるほどの言い様だったが、ロッケンは表情を変えることなく落ち着いた様子でゆっくりと口を開いた。
「レスト、あいつ等ともう一回戦うことになったらこの砦は完全に潰される、お前がいても同じだ、今のお前じゃ何回やっても負ける、自覚がないとは言わせねえぞ?」
「それは……」
レストは口を閉ざす、即座に反論しようとしたが言葉が続かなかった。
「お前はこの砦の隊長になってから、いや前の大戦が終わってからになるのか、どうも上の空っていうか締まらねえ、テルキオールや他の荊兜の奴らと肩を並べて魔人とかと戦ってたお前は……危なっかしかったけどよ、結構かっこよかったんだぜ、一直線って感じでよ」
「……」
ロッケンが低いトーンで語り、レストは黙って聞いていた。瓦礫が散在する砦門前には今やロッケンとレスト以外誰もいなかった。夕日に照らされた二人の影が長く引き伸ばされる。
「今お前がどうしたいのかわからねえ、けどよ、今のままじゃお前はグズグズ駄目になるだけだ……あっちにゃ昔馴染みもいんだろ、とにかくちょっとはマシになってこい」
「……ロッケン……」
口をへの字にしながらロッケンはかつて砦門があった場所、今は一面瓦礫と木片で覆われている一帯へ向け歩き出す。立ち尽くすレストを尻目にロッケンは平坦とは程遠い小山をひょいひょいと歩き、そしてある場所で足を止め、何かを拾うように膝を曲げた。
「第一お前も俺らを舐めすぎだっての、自堕落してたテメエなんかとは違って毎日鍛練してる職業軍人だぜ、死なない程度に頑張ってやるさ、つってもそこらへんの野盗なんかにゃ負けるわけねえけどな……あとこれだけは忘れんなよっ、と」
ロッケンは喋りながら瓦礫に埋もれた斧を引っ張り出し、そのまま無造作にレストに放った。レストは投じられた刃物に面食らうこともなく、手慣れた様子でそれら掴み、じっと見つめた。
(……俺は……)
斧の柄を握るレストの手にかすかな熱が生まれる。終わりこそ目的こそおぼろげだが前に、ただ前に進もうという意志がレストに芽生えつつあった。
「……俺が王都に行く、いや行かせてくれ、多分お前の言う通りなんだ、今のままじゃ俺はどうしようもねえ」
「ようやく気付いたのか、お前以外はみんなお前がどうしようもねえって知ってたけどな」
「茶化すなよ、結構こたえてんだぜ、色々と……留守は頼んだぜ」
「いきなり殊勝になんじゃねえよ、まあテメエこそ上手くやれよ」
レストは斧を仕舞い込むと、ロッケンと握手を交わした。がしりがしりと必要以上の力で握りロッケンの顔を引きつらせたが、あくまで力強く、決心を伝えるように握り続けた。
「……やたら痛えんだけど」
「気合入っただろ?腑抜けた俺でもこんぐらいは出来んだ、お前らも気張ってよ……無事でいろよな」
その日のうちにレストは砦を後にし、王都へ向かった。夜、月明かりだけが頼りの移動だったが何かに突き動かされるようにレストは馬を走らせ続けた。




