勇者不完全②-11
今回もよろしくお願いします。
サーガはレストを抱えたまま普段と同じように、つまり急上昇、急旋回、急降下を繰り返し、高速かつ不規則な軌道で飛んだ。鳥など羽のある生き物が決してしない無駄の多い飛び方は抱きかかえられたレストにだけダメージを与え続けた。
カーブの頂点に至る度昏倒しそうになりながらもレストは必死に意識を保ち続けた。この残酷な子供の興味を失った玩具がどうなるか、レストの脳裏に手足をねじ切られた人形が浮かぶ、意識を失った自分がそうされるだろうという確信があった。レストは目の前の少女の邪悪を信じた、そのため迅速に行動を起こした。
「あはっ、お兄さん結構軽いよ、ちゃんと食べてる?」
「ぐっ、余裕こける状況じゃねえだろ、テメエもな!」
レストは身をよじりサーガの拘束から右腕だけを脱出させ、自分の胸ほどの位置にあるサーガの頭を斧の柄で殴りつけた。着地の事を考えるなら得策とは言えない方法だったが、このまま抱きしめられたまま飛び回られることと天秤にかけての決断だった。衝撃が頭を揺さぶるように、緩急をつけて二度、三度、四度と殴り続ける。サーガの額から、赤い血が滴った。
「そんなに焦んないでも、もうすぐ離してあげるよ、そら、見えてきたよ!」
レストはのけぞり、上下逆さまになった視界の中に一直線に迫る砦壁を見た。サーガのやろうとしていることを理解したレストは一層力強く、なりふり構わずにサーガの頭を殴りつけた。しかし何度殴られようとサーガの抱擁は少しも緩まず、レストの体は拘束されたままだった、レストの視界に移る砦門が次第に大きくなっていった。
「お兄さんの心臓の音、どんどん大きくなってるよ、怖い?怖いよね?」
「クソっ!頑丈なのもいい加減にしろよな、だったらこっちはどうだ!」
レストはサーガの頭を殴りつけていた斧の柄を、レストの鎧を掴んで離さないサーガの手の甲へ叩き付けた。骨の砕ける音ととともにサーガが初めて苦痛に顔をゆがめる。それと同時にサータムの拘束が解け、レストは速度そのままに空中へ投げ出された。サーガから解放されたレストだったが砦壁への衝突の危機は未だに去っていなかった。砦壁はもう目前まで迫っていた。
「痛ったいなあ、でも遅かったんじゃない?そのままぶっ散りなよ!熟したトマトみたいグシャッとさあ!」
「っ!はぁっ!」
レストは斧を瞬時に仕舞い十字槍を背から抜くと、穂先を砦壁に向け体と十字槍が一直線になるように構えた。そして砦壁に衝突する刹那の瞬間、風の衝撃波を十字槍から放出した。吹き付ける風の音と砦壁の砕かれる音が殆ど間を開けずに響いた。
「ぐっ、ぐあああああっ!」
「あははっ、やっぱりお兄さんすごいよ!今のをどうにかしちゃうなんてさ!」
「ほざいてろ、今のでどうにかできねえならそれがお前の底だ」
サーガは手を叩きレストの行動を称賛した。レストは砦壁に穴を穿ち、その穴をくぐり抜けることで衝突を回避していた。砦内への着地こそ失敗し激しく地面を転がったものの、すぐさまバランスを取り戻し立ち上がると、闘志をむき出しに空中のサーガを睨み付けた。
「じゃあ!これもどうにかしちゃうのかな!避けきって見せてよ!」
興奮した様子のサーガは黒い翼を羽ばたかせ砦壁を越えレストに近づいた。そして息を大きく吸いこみむと口から火球を連続で吐いた。火球の速度はさほどでもなかったが、息が切れるまで絶え間なく吐き続けられたその数は三十近く、それら全てがレスト目がけ降り注いだ。
「……戦いを遊びとしか思ってねえのか、とことんガキか」
レストは悪態を尽きながら火球を避けるべく走り出した。レストの速度をもってすれば火球を避けることは容易かった。しかし火球は地上に落ちてもなお消えることなく燃え続け、徐々にレストの逃げ場を奪って行った。レストがサーガの第一波を避けきったとき、サーガは第二波を吐くべく少しのけ反り再び頬を膨らませていた。
(建物の影に隠れても飛べるアイツには時間稼ぎにしかならねえ、その気になればそこらの建物なんて無いモノとして力任せに俺を攻撃できる、それだけの馬鹿力がある……なら!)
レストは地上の炎を避けながら走り、二階建ての建物の陰、サーガからすれば完全な死角部分に体を滑りこませた。直後、サーガの口から火球の雨は放たれた。火球はレストが隠れたその建物に集中し、火球が五発も命中するころには建物は完全に炎に包まれていた。それでもサーガは建物とその周囲に火球を放ち続けた、それはまるで建物の陰に隠れるレストを熱と煙で燻り出そうとしているかのようだった。
「そういうのもいいね!でも僕がこの砦の全部を燃やし尽くすまでそう……えっ?」
サーガは眼前に突如現れた斧を見た、レストが建物の一階の窓から投げ、建物の中を通り二階の窓を突き破り現れた斧を少し惚けた表情で見やった。斧はサーガの顎を下から撃ち抜く軌道でそのままサーガに激突した。サーガの首が真後ろに大きく跳ねる。予期せぬ、しかし確かな威力の一撃を受けたサーガは地面に向かって一直線に墜落を始めた。
「熱っちいし苦しいし、畜生め、そのまま落ちろよ」
レストはむせ返りながら燃え盛る建物から離れた。炎はレストの鎧を焦がし、煙は肺を侵していた、限界まで耐えての一投だった。それゆえレストは手ごたえを感じていた。身体能力に優れるが隙の多いサーガ、暴力は身に着けていても剣術武術の類を身に着けていないサーガには急に現れたようにしか見えないレストの斧を回避することは出来なかった。概ねレストの想像の範囲内にこの攻防は収束した。しかしレストの想像の範囲に収まらないものもあった。それは自分でも認めていたサーガの身体能力、その上限だった。
「っ!ああああああっ!落ちるものかよ!この僕が!」
サーガが叫びながら勢いよく翼を羽ばたかせ、地面への激突直前で墜落を回避した。レストの一撃はサーガを仕留めるどころか意識を奪うことさえ出来てはいなかった、その事実にレストの表情が一気に曇った。




