勇者不完全②-10
頑張ります、色々
「やってくれたな、畜生!」
息を切らしながらレストは砦の前に辿り着き、真っ先に砦の惨状に吠えた。そこには精強な兵士と二十門の移動式砲台を備え不破の砦と呼ばれた砦の姿はどこにもなく、あちこちから煙のたなびく半壊した砦があるだけだった。
「っ!魔物が砦の中にまで!」
ノーシアが唇を噛みながら、真ん中から壊された砦門から中に足を踏み入れる。レストもノーシアに続き、辺りに注意を払いながら砦の中に足を踏み入れた、砦の中は闘争の渦中だった。兵士と魔物の戦闘があちこちで起こっており、数こそ人間の兵士の方が圧倒的に多いが、負傷を顧みない魔物の暴れぶりに攻めあぐねている様子だった。
レストは背中の斧を一本抜き放ち、近くで兵士と戦う蹄の魔物に投げ放った。目前の兵士との戦いに気をとられていた魔物はレストの斧に気付くことが出来ず、そのまま成すすべなく首を切断され、どっ、と音を立て倒れた。
「砦門が破られてまだそう時間が経ってねえ!まだ取り返しがつく!」
「おやお二人さん、随分早いじゃないの?どうやってこっちのことを知ったんだい?」
その時、兵士詰所と思われる建物の中から長大な一本刃の付いたトンファーを両手に装備したサータムが姿を現した。その風貌はフォークランドの住居で出会った時とは違い、完全に竜人化したものだった。頭は白く鋭角的な、それこそ返しのついた銛を思わせる形状の外骨格で覆われており、腰の下あたりから生えた尻尾は太く長く、こちらもまた銛のように先端が鋭く尖っていた。
「……俺達に砦が襲われてることを知らせてくれた兵士がいたんだよ」
「はあ、全くあのお嬢ちゃんも困ったもんだ、ぶっ壊すのとぶっ殺すのに夢中で砦から抜け出た兵士がいたことに気付かないなんてね……砦から誰も逃がさないことも役割のはずだったんだけどねえ」
やれやれ、とどこかのん気な様子でサータムが一人ごちる。その時サータムの近くで倒れていた兵士が呻き声を上げ、微かに体を動かした。まだ息があるとレスト達が思ったのも束の間、サータムの尻尾が動き、真上から串刺しにするように兵士の体を貫いた。兵士は一瞬体を大きく痙攣させた後、二度と動くことはなかった。
「せめてアタシだけでもしっかりしないとねえ、逃げようとするやつは必ずここらに来るとは言え流石に一人一人やるのは面倒だ、はあ……暇ならあんたたちも手伝っちゃくれないかい?」
「ふざけろ!穿て瞬炎!」
魔物となんら変わらないサータムの行いを目の当たりにし、ノーシアが反射的に魔術を放った。速度と貫通力を備えた貫く炎の魔術、しかしサータムはこれを半身を翻し容易く躱すと、兵士に突き立てていた銛の尻尾を引き抜き、血の滴る切っ先をレスト達に向けた。
「おお怖い、あんたのその魔術は確かに強力だけどね、真っ直ぐにしか飛ばない以上は軌道を読むのは簡単だ、真正面から撃って当たるはずがないってそんなこと百も承知だろう?何熱くなってんだい?アタシが死にぞこないをきちんと始末してやったのがそんなに面白かったのかい?」
「っ!!」
「落ち着け、それがソイツのやり方だ」
殺意そのままに駆けだそうとしたノーシアをレストが制止する。あらゆる搦め手を使い実力の発揮できない相手を仕留める、サータムが得意とする戦法の一つだった。この戦法をレストに阻止されたばかりサータムはしかし、特に落胆する様子も見せず、陰気な笑みを浮かべ続けていた。
「おいおい止めとくれよ、そっちの血気盛んな彼女を先に仕留めてあんたとサシに持ち込みたかったんだけどね、二対一じゃ何をするにも骨が折れるってのにさ」
「サシなら俺に勝てるって言ってるように聞こえるぜ」
「サシならアタシに負けは無いさ、試してみるかい!」
言い終えるとほぼ同時にサータムが跳躍しレストに飛び掛った。尻尾を地面に突き立てた反動でなされた跳躍は、予備動作がないにも関わらず早く鋭く、サータムの体を一瞬でレストの眼前まで運んだ。そこから繰り出された右ブレードの一閃はレストが咄嗟に構えた十字槍で防がれたが、直撃していればレストを殺し得るほどの一撃だった。レストも即座に竜人化し、緑がかった瞳でサータムを睨み付けた。
「はっ、やっぱり強いねえ!」
ブレードと銛状の尻尾の連撃をいなしながら、レストは盗賊上がりとは思えないサータムの技量に舌を巻いていた。剣戟の威力こそバモットに劣るものの、的確に人体急所を付く波状攻撃にレストは防戦を強いられ、反撃の機会を封じ込められていた。
(ここまで近づかれるとノーシアの魔術は俺も巻き込む、多少強引でも距離をとって俺達のペースに持ち込む!)
「レスト!アイツが来てる!飛んで!早すぎる!」
レストが戦略を思考していた時、ノーシアが上空を見上げながら大声を上げた。声を上げた直後から上空に向け魔術を放ち続けるノーシアにただならぬものを感じたレストは右頬をサータムのブレードに抉られながらも、無理矢理真横に飛び退いた。瞬間、風切り音とともに高速で飛来したサーガがレストの少し前までいた地面にハンマーを叩き付けた。手加減の無い力任せの一撃は、激震とともに地面を砕き、辺り一帯に蜘蛛の巣状の亀裂を発生させた。その破壊のすぐそば、何か言いたげなサータムの横に、ふわりとサーガが着地する。
「……アタシがぶっ潰れても構わないって感じのやり方だ、全くお嬢ちゃんは本当に……」
「すばしっこい君ならどうにかなるかなって、じっさい大丈夫だったわけだしいいんじゃない?文句があるの?」
「はいはいこちら一回死んでますからね、安い命ですよ、ただ後はそいつと二人で好きなようにやってくださいよ、嬢ちゃんのやりかたにつきあってちゃこっちが持ちません」
サータムがサーガから離れると、サーガは地面に深くめり込んだハンマーを引き抜きレストに向き直った。その場にいた誰もがサーガを少女とは思っていなかった。それは一匹の竜であり圧倒的な暴威であった。サーガがどこか感慨深げに息を深く吐いた。その息に混じる高温の火の粉がレストの目に映るサーガの輪郭を歪ませた。レストの全身に緊張感が漲った。
「お兄さんと戦うのずーっと待ってたんだよ、たくさん楽しませて頂戴ね、すぐ死んじゃ嫌だからね」
「言ってろ、テメエみてえなクソガキの相手しても面白かねえけどな、やったことの落とし前はつけさせてやるぜ」
煌々と瞳を輝かせながらサーガがゆっくりと翼を羽ばたかせ始める、レストは十字槍を仕舞い斧を両手に持つと離陸直後の隙を突くためサーガに向かい走りだした。
「色々試したいこともあったんだ、こういうのとかさ!」
しかしサーガは翼を羽ばたかせながらも飛び立たず、人間離れした脚力で地面を蹴りレストに体当たりを見舞った、レストの体が地面から浮かび上がる。速さを優先したフェイント気味の攻撃であったため、レストに大きなダメージは無かったがサーガの狙いは別にあった。
「お兄さんは飛べない竜人なんだってね、やっぱりさ、大空を飛んでこそ竜だよ!」
「ばっ、こんなっ!うっ、うおおおおおっ!」
「レストっ!?」
サーガはレストの鎧を掴むと、振りほどこうとするレストを力で抑えつけながら翼を羽ばたかせ砦の上空へ飛び立った。爆風に煽られながらノーシアは螺旋を描きながら高度を上げていくレストとサーガを見た。二人は瞬く間にノーシアからは黒い点にしか見えないほどの高度にまで至っていた。ノーシアの胸に様々な感情が到来するも押し殺しノーシアはサータムに向き直った、一瞬の隙がまさに命とりに繋がる相手、かつて荊兜の一員だった相手、そして自分一人で戦わなければいけない相手にノーシアは剣を構えた。
「さてさて、余り者通し仲良くやろうじゃないか、どうせそっちに増援はないんだろう?女二人、水入らずで楽しもうじゃないの」
ニヤニヤと笑いながらサータムがブレードを胸の前で振るう。無数の魔物が跋扈するこの砦の中でサータムの言葉はあまりにも白々しかった。騙す意図は初めからサータムには無かった、自身に有利な状況を強調しノーシアをただ精神的に嬲るためだけの発言だった。
「はっ、私の魔術の全身焼かれて焦がされて、同じ口効けるなら大したもんだよ、爆ぜろ!瞬炎!」
ノーシアが後ろに飛び退きながら、サータムの周囲を魔術で爆破した。連続した爆発が巻き起こるもノーシアにとっては攻撃というよりは時間稼ぎの為の色合いの強かった。爆煙の立ち込める中、ノーシアは唇を一舐めし、思考を巡らせた。
(接近戦は不利、かといって私の魔術だけで仕留めきれるほど甘い相手じゃない、この砦にあるもの何でも利用して、かましてやりますか)
ノーシアは煙の向こうの影を見据えながら、再び魔術を放つべく構えた。砦の喧騒は未だ消えず、ノーシアの耳に絶え間なく響いていた。
本当頑張ります、色々




