勇者不完全②-9
「さっきのと同じやつか、まああれはオーギュの力なしじゃ、ちょっとヤバかったかもしれないけど、ねっ!」
サーガに接近されていることに気付いた砲台の砲兵手は、恐怖で顔を強張らせながら先ほどの砲兵手と同じように徹甲弾をサーガに向け発射した。しかし徹甲弾の威力を身を持って知ったサーガはこれを避けると、大きく弧を描きながら砲台に迫り、再びハンマーを叩き付けた。砲台は再び砲兵たちとともに砕け吹き飛び、砦壁に大きな亀裂が走った。サーガは砦壁の上に降り立つと辺りをぐるりと見渡した。二十門の砲台はサーガの手により全て破壊され、今はただ残骸が黒い煙をたなびかせているだけだった。砦側の最大の攻撃手段が無くなり魔物の本隊が攻撃を仕掛ける砦正門の戦況が一気に優勢になるだろう状況、しかし一番の功労者であるサーガは心底つまらなそうにハンマーを肩にかけ立ち尽くしていた。
「後はあそこをこじ開けて、ここの一番偉い人をやっちゃえば終わりかな、あっけないの」
「何、そうでもない、これからだろう」
「んっ?うわっ!」
サーガが自分の両足首に鉄の輪がつけられるのと、砦の壁の上から引きずり下ろされたのはほぼ同時だった。不意を打たれたサーガはハンマーを取りこぼし、わけもわからぬまま大の字に砦内の地面に叩き付けられた。仰向けに倒れるサーガの視界に入ったのは顎鬚を蓄えた大男と、その傍らでサーガの足につながる鎖を杭のようなもので地面に打ち付ける兵士の姿だった。
「これですぐには飛べん、しかも得物も奪えた、願ってもない好機だ、やるぞ」
「了解です、隊長、私たちで仲間の仇をとります!」
二人の兵士は大斧を構え、サーガに向かい駆けだした。サーガは素早く立ち上がると、先頭の兵士が勢いよく振り下した斧を右手で受け止めた。しかしこの規格外の腕力にも兵士たちは冷静だった。
「押し込め!隊長も来ている、三人なら勝てる!」
「はははっ、君たち程度じゃ三十人いても無駄だよ!」
もう一人の兵士がサーガに向け斧を振り下す、しかしサーガはこの一撃を受け止めず、拳で迎え撃った。サーガは短く息を吐き左腕をしならせ横合いから斧を殴りつけた。その一撃でサーガを切り裂くはずだった斧は粉々に砕かれた。破片がもう一人の兵士の顔面に降りかかり、兵士は思わず目を閉じた。
「馬鹿な!なっ、がっ」
サーガは目を閉じている兵士から斧を奪い取ると刃の向きを反転させ、そのまま兵士の頭に叩きつけた。ばつん、と乾いた音とともにサーガは兵士の兜ごと頭を断ち切った。力なく崩れ落ちる兵士に見向きせず、サーガは斧を砕かれた兵士に手を伸ばした。
「あはっ、そっちもぼうっとしてるヒマはないよ!」
「ぐっ、かっ……」
サーガは兵士の首を掴むと卵でも握りつぶすかのようにそのまま力を込め喉を握りつぶした。兵士は首から血を流しながらサーガに手を伸ばすも力尽き、そのまま前のめりに倒れた。瞬く間に、死体が二つサーガの前に並んだ。
「弔いは後だ、奴らの死、無駄にはせん」
殺意を全身にみなぎらせたドルチェイグが二人の死体を飛び越え、その勢いのまま斧頭でサーガの腹部を殴るように突いた。鈍い音とともにサーガの小さな体が、くの字になり浮き上がる。人間なら内臓破裂すらあり得るこの一撃も、サーガには少し痛い程度のものでしかなかった。サーガは舌を出しながら着地し、荒く削り出した岩のような手甲を構えた。
「何もかも力任せ、お前は戦闘者としては未熟もいいとこだ、だが」
「痛ったいなあ、けどようやく戦ってるって感じ出てきたかな、面白いよおじさん!」
「それでもなお、強すぎる!」
サーガとドルチェイグは接近し、拳と斧とで激しく打ちあった。ドルチェイグは指揮官としてのみでなく戦士としても優秀だった。自分より手数が多く、その一撃一撃が斧の一撃以上に重い相手に技量の全てを尽くして戦った。時には地形を、時には虚実を織り交ぜた攻撃でサーガを翻弄した、それも結局時間稼ぎにしかならなかった。サーガはドルチェイグより、迅く、硬く、そして強かった。
打合いが十を超えたころ、サーガは頭目がけ振り下されたドルチェイグの斧をひらりと躱すと、そのままカウンター気味にドルチェイグの腹部に拳を叩き込んだ。この力任せの一撃にドルチェイグの鎧は耐えることは出来なかった、サーガが拳を引き抜いた後の鎧にはこぶし大の大穴が穿たれ、そこからドルチェイグの血がほとばしった。ドルチェイグは苦しげに腹部を抑えながら、ゆっくりと膝をついた。
「へー、あんまり深く差し込めなかったか、随分いい鎧使ってたんだね、身の丈以上にね、あははははっ」
「無念……この東方砦が、貴様らのような……」
睨み付けるドルチェイグの顔をサーガが荒々しく蹴りつける。命を奪う目的ではない、ただ痛みと辱めを与えるための暴力だった。ドルチェイグは口から血を流しながら横向きに倒れ、苦しげに呻いた。
「負け犬がぎゃおぎゃおうるさいよ、ハンマーで頭をぶっ潰されるまでじっとしてなよ、うざったいなあ」
「まさかもう砦の長を見つけるとは、値千金の働きではないか!私もお前に聖釘の奇跡を使った甲斐があったというものだ」
ハンマーを肩に担ぎながらオーギュロープがサーガらの前に姿を現し、足の鎖をちぎり終えたサーガにハンマーを手渡した。ドルチェイグはサーガの後方、無惨に壊された砦門から、サータムに率いられた魔物が入り込むのを見た。殆どの魔物は満身創痍だった、夥しい数の矢が突き刺さった魔物もいた、槍が胴体を貫通したままの魔物もいた、しかしどの魔物もまるで答えていないようで、目を爛々と輝かせて城内で戦闘を開始した。城内の兵士も応戦に向かうが、異様な雰囲気の魔物たちに気圧された様子だった。
「聖釘の奇跡……だと……ふざけているのか貴様……」
「いえ、ふざけてなどおりません、私がこの身に宿す奇跡のはかの勇者テルキオールと同じ聖釘の奇跡、私は他者に無尽蔵の生命力を与えることが出来る、怪我は治り、病は癒え、その肉体は常に万全の状態以上を維持する!何と素晴らしい力か!」
「ぐっ、通りであの魔物ども、串刺しにしてやっても死なんわけだ」
「その代償として下位の魔物では、わずか一日で命を使い切ってしまうでしょうが、まあこの砦を落とすわずかばかりの代償と考え、良しとしましょう」
「おぞましい……テルキオール殿はその奇跡を怪我人や病人の治療にしか使わなかったというのに、全く薄汚れた魔物にはお似合いの使い方だ……」
「うるさいっての!」
「ぐわっ……かっ……」
無言でサーガがドルチェイグを再び蹴りつけ、ドルチェイグは意識を手放した。砦の中では魔物と兵士たちが辛うじて拮抗していたが、そこにサーガの介入があれば魔物側が一気に有利になるだろう状況だった。趨勢はもはや決していた、砦内の火の手も大きなものになりつつあった。
「あの女も中々やるものだ、奇跡なしであそこまで戦えるとはな、腐っても荊兜というわけか、ん?どうしたのだ、サーガ?」
「あいつ等が来た、蛇の人はいない、あいつ等だけが来たよ」
サーガが鼻をひくつかせながら、半壊した砦門の向こう側をハンマーで指し示した。オーギュロープにはただ緑色にしか見えない草原だったが、奇跡により強化された視覚を持つサーガには、砦に向かいひたすら走るレストたちの姿がありありと見えていた。
「それは僥倖!こちらから向かう手間が省けたというものだ!どうするかなどと聞くんじゃあないぞサーガ!お前のやりたいようにやっていい!今のお前にはそれが出来る!」
「最高だよオーギュ!そうさ、僕の力とオーギュの力に勝てるやつなんているもんか!」
サーガは膝を大きく曲げ腰を落とすと、砦壁よりも高く飛び上がった。そして跳躍の最高到達点に至ると一息に翼を羽ばたかせ飛行を開始した。笑うたび火の粉こぼれるその口元は、過去殺した誰よりも殺しがいのある相手を得たことへの喜びに満ちていた。




