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勇者不完全  作者: まきびし
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勇者不完全②-7

本当に、もうちょっと、頑張りたいです。

 窓から差し込む日差し、それを受け輝く紫色の鱗の光を顔に浴びながらレストは目を覚ました。遅くまで起きていたはずだが疲労感はあまり体に残っていなかった、既に太陽は高く、昼近くまで眠っていたことに気づく。ふと室内を見渡すとフォークランドはそこにいた、やはり蛇じみた表情と仕草で生肉を鷲掴みにし口に放り投げるとそのまま嚥下する。その間も手にした魔導書からは一時も目を離しはしなかった。


「起きたの?君の連れはもう起きたのに、君だけ随分遅くまで起きてたみたいだね」


「寝床が変わると中々寝付けねえんだよ、俺は」


「私はもう済ませちゃったから、食べて、今日も忙しくなりそうだしね」


 レストは既に身支度を整えた様子のノーシアから保存食を受け取った。これからしなければならないこと、これから起こるかもしれないことへ意識が向け、味わうことなくただ無心にそれを食した。そんなレストの気持ちを知ってか知らずかフォークランドは研究に没頭し、逃げるそぶりも戦う素振りも見せなかった。


ノーシアは壁にもたれ掛りながらじっとフォークランドを見つめていた、手甲こそ足元に置いたままだったが、戦えと言われたらすぐに戦えるだろう気迫に満ちていた。


「……わかってるよ、わかってるっての」


 レストは誰に言うでもなく呟き、残りの保存食を口の中に押し込んだ。


「お前、昨日昔の事は全然覚えてねえって言ってたけどよ、マジなのか?そんな話今まで聞いたことなかったぜ」


「言ってないからね、僕の施術はご覧のとおりある意味では成功なんだろうけどさ、後遺症も残ったんだよ、竜人になる以前の記憶はどんどん失われていくのさ」


 何でもないことのように言うフォークランドにレストは顔を曇らせた。普通の人間ではない、それは竜人化の施術を受けたレスト自身も一緒だった。テルキオールの活躍により、一定の市民権を得はしたものの、竜の力を無理矢理体に入れたレスト達に嫌悪感を抱く市民は今も昔も少なくない。それでも戦い続けることが出来たのは、抱いた夢がいつまでも胸の内にあったからだとレスト自身は考える。変わらない確かなものが一つ胸の内にあったからだとレスト自身は考える。


「それは、辛えな」


「そうなのかな?僕にはもうよくわからないね、記憶も大分おぼろげだ、今じゃ生まれた時からこの体だったっていう気さえしてくる」


 しかし常に竜人の姿であるフォークランドが向けられる嫌悪も拒絶もレストの比にはならない。何も気にせず町を歩くということさえ難しいほどに人間とは違ってしまっている。その上フォークランドは記憶を失っていく、人として生き、知り、築いた事柄を失っていく。人間とかけ離れ、人間であったことを忘れ、残った心がどうあるか、レストにはわからなかった、それでも決断は必要だった。


「フォークランド、よく考えろ、どれだけ人間ぶっても魔物は魔物だ、やることは人間の抹殺以外ない、仲間になって何になる?」


「だからといってね、君たちの側に着くメリットが僕にはあまりないんだよ、外道であっても道は道だ、その先に至宝があるならなおさらだ」


「フォークランドさん、本気なんですね……でも私たちは私たちの任務を果たします」


 ノーシアが剣を抜き放ちフォークランドとの距離をゆっくりと詰めた。明らかな叛意、レストもノーシアにならい十字槍を手に持った。フォークランドもついに魔導書を机に置きレストたちに備えた。身を落としたすぐに飛びかかれるような体勢、フォークランドは武器と呼べるものは何も所持していなかったが強靱な鱗に覆われた蛇の半身はそれ自体がフォークランドの武器だった。


「こちらにレスト様はおられますか!火急の用です、失礼いたします!」


 その時だった、息を荒くした兵士が勢いよく扉を開け、室内に飛び込んできた。手に持つ剣はへし折れ、鎧は血と黒いすすのようなもので汚れていた。そのただならぬ様子に互いに向けられていたレスト達の視線もその兵士に集中した。


「お前は、東方砦の兵士か?何があった?」


「は、はいっ!砦が魔物に襲撃されています!数は二十程度ですが、このままでは砦は持ちません!」


「馬鹿言うなっ!そんな数の魔物に……っ!」


 難攻不落の東方砦、戦時ではないとはいえ何度も魔物の軍勢を退けてきた砦の防備は未だ健在であり、二十程度の魔物ではどうすることも出来ないはずだった。戦略や定石を覆す個の暴威でもない限りは。レストは即座にサーガらの関与に思い至った。


「その中に、人型で竜みてえな羽で空を飛ぶ魔物はいたか!」


 兵士は顔を青くしながら頷いた。途端、レストは弾けたように動き出した、フォークランドのことを頭に残しながらも、今すぐそこで行われているおそらく一方的な虐殺を阻止するべく、扉に向かって走り出した。


「お願い、間に合って……」


「僕をこのままにしていいのかい?」


 心底不思議そうにフォークランドはレストの背中に語りかける。レストは足を止め、フォークランドと疲弊しきった様子の兵士を交互に見つめた。


「向こうをほっとけるかよ、それにここであいつらをやっちまえば話は全部終わりだ!お前はここにいろ!あとそこのお前、フォークランドに傷治してもらえ、治癒もソイツは出来んだ」


 レストはフォークランドと状況をまだ飲込めていない様子の兵士に声をかけ部屋から駆けだした。部屋に残された兵士は不安げな様子でフォークランドを恐る恐る見やった。人間か魔物か、敵か味方かが定かではない存在、先ほどまでかいていた汗とは別種の汗が兵士の体からじわじわと流れ出した。


「僕に治してもらえ、ねえ、彼はどういうつもり何だろうね」


「じ、自分にはわかりかねます」


 異形とともに放置された兵士はおずおずと、極力その異形の機嫌を損ねないように答えた。当のフォークランドは兵士など眼中にない様子で首を傾げ、少しの間レストの言葉を反芻していた。


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