勇者不完全②-5
期間が空いてしまい申し訳ないです、とりあえず投稿します。
フォークランドの住居は森の入り口の近くにあった。ささやかな住まいとは本人の言だったが、長大な蛇竜の半身を持つフォークランドが暮らす必要もあって、飾り気こそないものの宿場といってそのまま通じてしまいそうなほど大きな住居だった。その室内はおおよそ研究に使うだろう機材や本で埋め尽くされており、来客を迎えるためのスペースは広くなかった。
レストのノーシアは床に座りながら、とぐろを巻いて鎮座するフォークランドと対面した、家主に必要ないためか、室内にはイスは無かった。
「砦の近くにあったのかよ、砦の人間からは森の奥にお前の家があるって聞いてたんだけどな」
「人避けの魔術とちょっとした工夫の建築でね、誰にも見つかったことはないよ、君たちみたいに竜の羅針盤を持って探しに来る人もいなかったし、中々快適だったよ」
透明な瓶にとろみのついた溶液を入れながらフォークランドが呟く。フォークランドのそばにある机には無数の瓶と魔導書が乱雑に置かれており、その中には赤紫のキノコの入った瓶もいくつかあった。
「えっと、そのキノコってさっきのキノコですよね?ものすごい毒があるんじゃないんでしたっけ?」
「毒とは少し違うんだけどね、実はこのキノコの成分に少し手を加えて薬にできないか研究中でね、ようやく成功率が六割を越えるようになってきたんだよ、喜ばしいね」
「六割ですか、それは、随分ですねえ」
ノーシアが窓の外の盛り土の山を見やりながら相づちを打った。元々の成功率がどのくらいだったのか、何を使って薬の効用を確かめていたのかは尋ねなかった。気分を良くした様子のフォークランドは机の上に置かれた生肉のかたまりを一つつかむとそのまま口に放り込み、噛まずに一息に飲み込んだ。
「いやこの大森林には固有種が多くてね、研究材料には事欠かないよ、未開の自然にはやはり発見が多いよ、ああところで君たちは何の用で来たんだったかな?」
「単刀直入に言うと、貴方にもう一度王国軍に戻って欲しいんです、魔王軍が復活しました、王国の危機です」
書状を開き、フォークランドに見せつけるように開いた。フォークランドは書状を一瞥すると直ぐ様興味無さ気に目を逸らし、再び瓶と魔導書を手に取り何らかの実験を再開した。
「ああ、さっきの魔物はそういうことか、どうりで近頃砦が騒がしいわけだ、しかしそれが僕に何の関係がある」
「……ちょっとは聞く耳持つかと思ってたんだけどな、そこまでかフォークランド」
威圧するような語調でレストがフォークランドに詰め寄る。フォークランドは平静を保ったままレストをじっと見つめた。その金色の瞳はぎょろりと大きく、どこか危うい輝きを放っていた。
「世界の危機と言ってもそれは人間の世界の危機だろう、魔物は人間しか殺さない、この大森林を君たちも見たろ?原始の時代からこの森は変わらない、仮に人が滅んでも僕はここで研究を続けられるだろうさ、関係ないよ」
「貴方もかつては王国兵士で、茨兜の一員だったでしょう!私たち人間の世界が滅んでいいとは本気ですか!?」
冷めきった、心底関心のない様子のフォークランドに今度はノーシアが、掴みかからんばかりの気迫と勢いで詰め寄る。机に叩き付けた両手の震動で机の上の本の山が崩れ、床下にばさばさと落ちた。
「私たち人間の世界ねえ、その私たちにまさか僕も入っているのかい?僕が人間かなんて誰にもわからないさ、僕自身にもね、最近じゃ純粋な人間だったころのことも録に覚えちゃいないよ」
フォークランドは本を拾い上げ無造作に机の上に置いた。このような些細な動作でもフォークランドの長い体は床を擦れ、鱗と床とでざりざりと擦過音を立てた。
「覚えている人だから招いたけれどあまり僕の研究の邪魔をするようなら、お帰り願いたいものだね」
「いやはや交渉決裂しているようで何よりだ、人間の英雄諸君!」
その場にいた誰もが声の方向へ、存在しないはずの四人目の方向へ顔を向けた。玄関の扉を開け放ちその奥に立つ人影は三つ、神職風の大柄な男、半人半竜の少女、そして胸元まで伸びる長い三つ編みの女。その一団は大柄な男を先頭に誰の了解をとるでもなく無遠慮に室内に足を踏み入れた。
「っ!レスト、こいつら!」
「魔王軍ども!どうやって嗅ぎ付けたか知らねえが、いい度胸じゃねえか!」
「待ちなよ、別にあんたら目当てでここに来たわけじゃないさ、喧嘩ッ早いのは相変わらずだねえ、レスト」
レスト達を制止するように手を伸ばしながら三つ編みの女は卑しい上目使いで、レスト達を見やった。レストはこの女に見覚えがあった。しかしその女は不遜に佇む英雄残片達以上にここにいるはずの無い存在だった
「サータム!お前は死んだと聞いてたんだがな、一体どういうことだ?」
「死んだのは本当さ、何の因果かこうして生き返らせられてね……逆らえないんだよ」
「お前がそんな殊勝なヤツかよ、王国を荒らしに荒らした元大盗賊にして荊兜の一員、銛の竜の竜人サータム、刹那主義のお前の事だ、そこの魔物どもに見返りでもチラつかされたんだろ、堂々と裏切りやがって」
「裏切るも何もあんたらとは一時期同じ組織にいただけだろうに、一緒の船に乗っただけの奴をいちいちあんたは仲間と思うのかい?どうせ乗るなら沈まない船に乗るさ」
ニヤついた笑みを浮かべながらサータムと呼ばれた女が首を傾げる、全体的に陰気な雰囲気の女ではあったが、その体は一度死んだ人間とは思えないほど瑞々しく、生気に満ちていた。
「えっ、何、戦うの?なら僕も混ぜてよ、そこのお兄さんがバモットに勝ったレストって人なんでしょ?そっちのお姉さんも一緒にかかってきてもいいよ、そこそこ出来そうだしその方が面白そうだもの」
「はっ、あんまり大人を舐めない方がいいよ君」
口の端から炎をほとばしらせながらサーガがハンマーを片手で構えた。振る舞いも容姿も子供のそれだったが、レストとノーシアにいささかの油断も無かった。レストでさえ容易に振るえないだろう武器を片手で軽々と持つ規格外の魔物、バモットと同じく与えられた力を振るう歓喜とともに振るう血に飢えた怪物、レスト達の手も自然と自身の武器まで伸びていた。
「サーガよ、この私に免じてどうかその闘争心を鎮めてくれ、先ほどそこの女も言ったが我々は戦闘行為をしに来たわけではない……お初にお目にかかる、私は魔王軍が誇る英雄残片が一人オーギュロープと言う、貴方と話をしに来たのだ、フォークランド殿」
「僕に用?」
畏まった様子で会釈をするオーギュロープに少し面食らった様子でフォークランドが自分を指差す。
「単刀直入に言おう、貴方に我々魔王軍に加わって欲しい」
「おい、何下らねえ冗談言ってんだ、そんな冗談言うために来やがったのか?」
「そうは言ってもフォークランド殿は王国軍に戻る意思はないようではないか、我々にとっては僥倖、もちろんフォークランド殿にとってもそうなるだろう」
室内をゆっくりと歩き身振り手振りを交えながらオーギュロープがフォークランドに語りかける。オーギュロープの過剰なまでに鷹揚な振る舞いに苛立ちながらレストはじっと耳を傾けた。
「ここで君たちの話を受ければ僕は王国軍に追われることになる、当然見返りは用意しているんだろうね?」
「そこの卑俗下劣な女を見給え、元荊兜の一員だが我らの創造主である魔人コーカフ殿の手によって蘇生された、おおよそ人間の魔術師には及び得ぬ御業であろう、コーカフ殿はこの死者蘇生の魔術を含む自分の知るあらゆる魔術を貴方に教授するとのことだ!」
「それは……実に興味深いね」
今までレストが何を言っても平静を保ち続けたフォークランドの声に熱が籠る。死者蘇生の魔術は王国で成功させたものはいない最難関魔術の一つだった。突飛すぎて疑ってしかるべきこの誘いも、死んだはずのサータムを目の当たりにしていることでフォークランドの耳には現実味のあるものとして響いていた。
「おいおい、こんな奴らの口車に乗るんじゃねえよ、魔物だぜ?罠に決まってんだろ?」
「罠って?お兄さんもズレてるなあ、そんなまどろっこしいことを僕たちがする必要があると思ってるの?」
銀髪をかき上げながらサーガが無邪気に笑う。レストの脳裏に浮かんだのは王城で死闘を繰り広げたバモットの姿だった。無機質で均一的な下級の魔物とは次元の違う存在、姿こそ人間に近いもののこと暴力に関しての影響力は疑う余地のない規格外、レストは直観で悟る、目の前の少女もそうでありそしてバモットよりも獣性が強いことを。
「恥を承知で言うが、今の魔王軍は魔術師不足なのだ。特に一流以上の魔術師となれば片手の指で数えるほどしかおらず、そしてその中で死霊魔術を使いこなせるのはコーカフ殿しかいない。死霊魔術の効力は絶大、その使い方で我々の本懐は達成できると言っても過言ではないだろう、だから王国屈指の魔術師である貴方を、もう一人の死霊魔術の使い手として迎え入れたいのだ!」
「……一つだけ教えて、どうして僕を選んだの?誰でもよかったってわけじゃないんでしょ?」
「貴方が荊兜の中で一番私たちに近い、違いますか?」
熱に浮かされたような口調から一転、冷たさを感じるような語調でオーギュロープがフォークランドに告げた。
「アタシも同感だよ、さっきのレストとのやり取りで確信した、あんたもアタシと一緒で自分の事しか考えちゃいない人間だ、いや、もう人間じゃねえか……薄々感じてたんじゃないのかい?」
「待てよ、一回生まれ変わったぐらいじゃ性根はお前の腐った性根までは治らなかったみてえだな、まだ俺たちの前で好き勝手言えると思ってんのか?」
「戦いに来たわけじゃねえってのがまだわかっちゃいねえのか、ここでアタシらが本気で戦ったら大事な大事なフォークランド様も巻き込む、アンタそれでいいのかい?どうしても戦いたいっていうならアタシらも相手するしかねえんだけどさ」
呆れ口調で掌を上にあげる動作をするサータム、その背後にはハンマーを肩に担ぎ、今まさに飛び掛からんばかりの攻撃的な前傾姿勢をとるサーガの姿があった。サーガにとってオーギュロープの甘言もフォークランドの裏切りも等しく無価値なものだった。その心の内には極めて強い破壊衝動だけがあった。そしてその矛先は今、むき出しの殺意となってレストに向けられていた。
「やれやれ、これ以上ここにいてはサーガの抑えが効かなくなってしまうな、話し足りないが今日はこれで退散しよう」
「今日はこれで?二度と来るんじゃねえよ」
「ではフォークランド殿、我々は明日また来ます、それまでに貴方には答えを出して頂きたい、我々は同胞には寛容だ、そこの下賤な女にも一角の身分が保証されているのだ、貴方なら我々と同格、いやそれ以上の身分がたやすく与えられるだろう、繰り返し言うが答えを聞かせて欲しい、考える余地があると私は思ってはいない」
オーギュロープは戸口へ向け歩き出した。本日の交渉は終わりとばかりにあっさりと引き下がったオーギュロープの背中を視界の端に捉えながらもレストは少しも気を緩めることはなかった。サーガの放つ殺気は変わらずレストに注がれて続けていた。
「オーギュ、こいつらここでやっちゃおうよ、僕たちの方が強いってはっきりわからせてやればその蛇の人もこっちにつくんじゃないの?手っ取り早いよ」
「サーガ、サーガよ、彼らを侮るな、王都侵攻を防いだ彼らだ、然るべき時に然るべき場所でだ……ここでやるというなら私は協力しない、それじゃつまらんだろう?」
「うー、わかったよ、あんまり待ちたくないんだけどな」
「何、少しばかりの辛抱だ、ほんの少しばかりのな」
戸口から少し戻り、オーギュロープはむくれ顔を作るサーガの頭を慰めるように撫でた。それでもサーガはしばらく名残惜しそうに、レストとノーシアを上目使いで見つめていたが、ついに観念したようにハンマーを引き摺りながら戸口に向かって歩き出した。
「……次会ったらもうやり合うしかないよね」
「見た目がガキだからって変な情けかけんじゃねえぞ、バケモンだって今日でよくわかただろ?」
「うん……そうなんだけどね、まだちょっと割り切れてない、かな」
伏し目がちにノーシアがレストに呟く。レストにも年若い少女と殺し合いをすることに対し呵責はあった。今はそれを上回る敵意でどうにか塗りつぶしているものの、いざ戦うとき、どのような心持ちになるのか、それはレスト自身にもわからなかった。
「はっ、随分情け深いこった、やっぱりこっちについて正解だったね」
未だ室内に佇むサータムが吐き捨てるように言う。サータムにレストからは怒り、ノーシアからは困惑の眼差しが注がれる。
「余計なこと言ったかな?んじゃ次会うときまでお達者で」
悪びれる様子もなくサータムも開けっ放しの扉から外へ出た。夕焼けがあらゆるものを赤く染めつつある室内で、レストは先ほどから無言を保ち続けているフォークランドを見やった。何か考え込むように腕を組み、じっと佇むその姿にレストは声をかけることが出来なかった。フォークランドが再び研究用具と本を手に取るまでのしばしの間、それぞれの思惑が渦巻き、言葉になることはなくそれぞれの心の内に沈殿していった。
見ている人がどのくらいいるのかわかりませんが、もっと頑張りたいと思います。




