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勇者不完全  作者: まきびし
10/22

勇者不完全②-2

めっきり寒くなりました。

太陽も沈みかけの夕べ、レスト達を乗せた馬車はひたすら街道を進んでいた。大戦で王国各所が大きな被害を受けたが、東部は大戦の被害が少なく、特に王都と東部を結ぶ街道は戦後改修なしでそのまま使用できるほどだった。


「もうすぐ東方砦に着くってさ、思ったより早く着いたね」


「平和で結構、とは言え流石に途中からは退屈だったな、することねえから得物を磨いて磨いて……見ろよ俺の槍がこんなに綺麗だったことあっか?」


馬車の中、最奥の座席に腰掛ける二人組の内の一人、波打つ黒髪の男レストが乾いた笑いとともに手に持った十字槍を軽く振った。隣に座るポニーテールの女ノーシアは少し眠そうな表情で首を傾げ、レストの十字槍を見た。


「んー、本当に平和だったね、でもお互い怪我がすっかりよくなったんだからいいんじゃない?」


「平和過ぎんだよ、魔物の襲撃でもあるかと思って気張ってたのがまるっきり無駄になるとはな……おおっと」


 急に止まった馬車の動きについていけずにレストは少し前につんのめった。馬車の窓から外をのぞくとそこは既に東方砦の門前だった。レストとノーシアは荷物をまとめると少し名残惜しそうに車内をぐるりと見回した後、馬車から降りた。途端、緑の香りを乗せた風がレストたちに吹き付けた。


「東の大森林地帯と東方砦は目と鼻の先だって聞いてたけどこんな近えのかよ、普通の森……じゃねえな」


「へー、あそこまで大きく育つものなんだ、大したもんだね」


 レストとノーシアは砦前で途切れた街道のさらに向こう、視界の端から端まで広がる大森林を見た。レストの経験に無いほど膨大な数の木々が生い茂っている森だったが、レストが何より驚いたのはその木々の一本一本の大きさだった。その森の入り口には監視用なのか、小屋が一つ設けられていたのだが、その小屋を縦に五つ重ねてもまだ足りないほど長かった。太さも普通の木々とは比べ物にならないほど太く、長さも相まって木の一本一本が古代の神殿の主柱のような存在感を放っていた。


「フォーデンにとっちゃあの中は楽園だろうがな、探す方からしたらなあ……」


「資源が豊富そうって言うんで王国の調査隊が長年あの中を調べてるそうだけど、まだ半分も調べられてないって話、入る度に新種の生物が見つかるんだってさ、レストはそういうのにワクワクしたりしないの?」


「俺の中の男のロマンはああいうのにはときめかねえんだよ、残念ながら」


げんなりした表情を浮かべながらレストは東方砦の門をくぐり、砦内に足を踏み入れた。

砦の様相と商業都市の様相が入り混じった独特の街並みは、レストにとっては見慣れないものだったが、不思議と懐かしさを感じるものだった。


「さてさて、今日のところはここに一泊して準備を整えて、本格的なフォーデンさん捜しは明日からにしますか」

 

「そうだな、今日ばっかりは普通のベッドで寝てえ」


 ノーシアが砦門すぐそばの宿を指差し、レストが心底眠そうに大きなあくびをした。

砦内は夜闇に包まれ、町の雰囲気も夜のものへと変わりつつあった。欠伸涙でかすむ目で周囲をぼんやりと見渡すレストの目がある一点で不意に止まった。

「……ノーシア、先に宿行ってろ、ちょいとヤボ用だ、」


「ヤボ用って……あー、はいはい了解」


一瞬怪訝な表情を浮かべたノーシアだったがレストの視線の先を見やり、合点がいったように頷いた。視線の先には、困り果てた様子で周囲を見渡す薄汚れた格好の老女がいた。街往く人は気づかず、または意図的に無視し、声こそ上げないが助けを求めようとしている彼女に話かけようともしなかった。それはある意味ではごくごく普通の光景だった。


「あんまり待たせるようだったら部屋を相部屋にしちゃおうかな、それじゃむしろご褒美だったりして」


 宿に向かって歩むノーシアから発せられた軽口にレストは答えず、まっずぐに老女のもとへ歩みよった。老女はレストの存在に気付くと、レストの手を握り、深々と頭を下げた。


「少しだけ……少しだけよろしいでしょうか?難儀しているのです……」


「あー、何だか知らねえが、言ってみな」


 ぎこちない笑顔を浮かべながらレストが老女に語りかけた。第一印象で男がそれでも人に恐れられないようにと浮かべた笑みだったが、歯痛の人間が顔をしかめているようにしか見えないものだった。幸い、頭を下げ続ける老女の目にはレストの表情は写らなかった。


「こちらです、少し先です」


老女は大通りから小道に入って行き、レストはその後を追った。砦壁も間近というところで老女は歩みを止めた。


「……」


「どうかされましたか?」


「いや、何でもねえ、そこなのか?」


「はい、あの樽の後ろに大事な指輪が転がり入ってしまったのです、あの樽を少しだけ動かしてはもらえませんか?水がいっぱいまで入っているようで私の力ではとても動かせないのです」


日は完全に沈み、灯りのほとんどない裏通りは夜闇に包まれていた。懇願する老女の表情はレストからはよく見えなかったが声色は真剣そのものだった。老女が指さす壁沿いに置かれた樽は大きく、中身があるとすれば大の男でも動かすのに難儀しそうなものだった。


「ああ、任しとけ」


「どうかお願いします……そのままどうか……」


レストが樽に近寄り手をかけた、次の瞬間だった、老女が懐から三日月にも似た鍔のないナイフを抜き放ち、無防備なレストの首筋に振りかぶった。おおよそ老人とは思えないほど機敏な動きだったがレストは即座に身を翻し、ナイフの一撃を躱した。勢いの乗ったナイフがそのまま樽に刺さり、深々と食い込んだ。


「……お見事です、ちなみにいつから怪しいと思っていたんですか」


「腰が曲がって手もシワシワな婆ちゃんがこの路地裏をすいすい歩けるかよ、こんな暗くちゃ指輪落とした先もわかりっこねえよ、何より最後の一瞬で出しちまったな、殺気を」


「変装が裏目に出ましたね……失敗した以上は真正面からお相手します」


 弱弱しい口調から一転、快活な口調になった老女が上着を脱ぎレストに相対する。そこにいたのは闇にまぎれるような深い黒の装束をまとった暗殺者だった。


「はっ、出来るのか?もう一回失敗してんだぜ、しくじって捕まった暗殺者がどんな目に合うか知らねえわけじゃねえだろ」


「手段は他にもあります、最終的にアナタが死ねばそれで成功なのですから」


 暗殺者は一呼吸の内に路地に面する民家の壁を駆け上がり、レストが武器を構え終わらぬうちに屋根よりも高く飛び上がった。月明かりに照らされる暗殺者、その左腕にきらめくボウガンの矢じりがレストに向けられていた。


「くっ!」


レストは前転し矢を回避する。すぐさま斧を構え屋根の上に視線をやるがそこから暗殺者の姿は掻き消えていた。レストは斧を手に一本持ち竜人化を発動させながら素早くあたりを見渡した。しかし竜人化によって強化された視力によってしても、闇に隠れ矢をつがえる暗殺者の姿を捉えることは出来なかった。そのためレストは第二射が手で掴める距離に来るまで気づくことは出来なかった。


「ちっ!」


首筋を貫く軌道で飛び第二射、おおよそ躱す事の出来ないだろう矢だったが、レストは体を少し曲げ背負ったままのもう一本の斧で受けた。暗い路地裏に一瞬、火花が散った。


「まだ来んのか!」


路地を挟む左右の民家の壁を蹴り進みながら暗殺者は再び矢をつがえ、レストに向かい放った。三度放たれた矢にレストは極めて落ち着いて向き合った。これまでと違い射手を視界に捉えたままであったため、放たれた矢がいかに早くともレストからすれば十分に対応可能なものだった。事実レストはその矢を風を纏った斧で容易く叩き落とした、しかしその瞬間砕けた矢から赤い粉塵がまき散らされ、レストの視界を覆った。


「っ!何だ!」


「レスト・コールフロント、武技の腕前を買われ荊兜の騎士団に入団、聖人加護を受けるも適正なく能力は発現せず、しかし竜人施術により高い適正の翡翠の竜の竜人となる、従来の戦闘スタイルと風を操る翡翠の竜の能力の合致もあって戦力としては中々に強力、だそうですね」


「よく……知ってんじゃねえか」


遠くから聞こえるような近くから聞こえるような暗殺者の声を聞きながら、レストは痛みを訴える目から粉塵と拭うようにひたすら目をこすった、しかし結局視界は霞かかったようにぼやけたままだった。


「しかし知っていればどうということはありません、貴方の起こした風で存分に舞い上がった毒粉はどうですか?目は見えていますか?」


「大したことはねえよ、俺の勝ちなんてすぐそこだ、そんな身軽な格好じゃ一発当てりゃそれで仕舞いだろうが!」


 レストは振りかぶり斧を投擲した。しかし斧は暗殺者を捉えることはなく、そのまま上に緩やかなカーブを描いて飛び、そのまま夜闇にまぎれて消えた。


「残念ながらハズレです、惜しかったですね」


「クソッ、なじりやがって」


 レストは路地の壁に背をつけ、急所を武器で隠しながら暗殺者に備えた。矢は四方八方から一定間隔で飛来するも、この急場しのぎが功を奏し、レストは殆ど目の見えない状態でありながらなんとか致命傷を防ぎ切っていた。それでも矢は確実にレストにダメージを与えていた。


「っ!こんな針みてえな矢を何本射そうが俺がくたばるかよ、首でもぶった切らねえと俺は死なねえぞ、ぐあっ!」


「首は持ち替えるつもりです、最終的にはですが」


 レストは今まで飛来してきた矢よりも大きな影が迫っているのを未だクリアにならない視界で確認した。レストは体をそちらに向け、顔の前で十字槍と斧を構えた。直後、速度の乗った斬撃がレストの武器に叩き付けられた。その衝撃の強さから、暗殺者が壁を蹴り三日月ナイフで直接斬りつけてきたのだと悟る。しかし咄嗟の判断でこの一撃をしのいだレストには早風のごとくすれ違いざまに振るわれた暗殺者の一撃を防ぐことは出来なかった。


「ぐっ、ぐああああああっ!」


 鮮血ほとばしるレストの右腕に焼け火箸を押し付けられたかのような激痛が走る。すんでの所で武器を手放さなかったが、普段斬られた時に感じる痛み以上の激痛に絶叫し全身を強張らせた。レストは歯を食いしばり、右手に持った十字槍を振り返りながら暗殺者に向かって繰り出した。暗殺者はこれをひらりと躱しそのまま壁に直立するように立ち、血がこびり付いた三日月ナイフをレストに見せつけるようにひゅんひゅんと振るった。


「斬りつけられるたびに同じような苦しみを味わいます、大人しくしていてはくれませんか?」


「全然……大したことねえな、まだ俺は……余裕で戦えんだよ!」


レストは斧に風を纏わせ、そのまま暗殺者が立つ壁に向かって振るった。暗殺者は直撃する前にそのまま壁を走り攻撃を回避するも、そこに風を纏った十字槍の一撃が迫った。


「凄い迫力ですが、やはり当たらなければ意味はありません」


 暗殺者はこの一撃も壁を蹴り反対側の壁に飛ぶことで回避し、そのままレストにボーガンの一射を見舞った。レストの肩に矢は突き刺さったが、レストは意に介することなく武器を握る両腕に力を込めた。


「じゃあこれなら、どうだっ!」


 レストは両手に持った武器をがむしゃらに振るい、振るうそばから衝撃波を発生させ、全方向に向かって放った。やや威力は弱いものの無数の風の衝撃波が狭い路地を埋めつくし、触れるものをひたすらに切り裂いた。しかしこの密度の高い斬撃の嵐さえも暗殺者は素早い身のこなしと、天地縦横を問わない立体的な動きで躱し切り、息を荒くしながらも一切の傷を負わないまま路地に降り立った。


「……っ!これでっ……満足ですか、貴方にもう出来ることはありません、大人しく……」


「……何もできねえのはお前の方だ、お前まだ自分が飛び回れると思ってんのか?」


 暗殺者は周囲を見渡し、驚愕とともにレストの言葉の意味を理解した。今まで自分が足場にしていた周囲の壁はレストの攻撃で穿たれ砕かれ切り裂かれ、おおよそ足の踏み場もないほど破壊しつくされていた。


「……酷い人ですね、見知らぬ人の家をこんなにズタズタにして、ここまでするとは流石に予想外でしたよ」


「数重ねると狙いは定まらなくなるけどな、目障りなバッタの足を封じるには丁度いいだろ、ようやく引きずり下してやったぜこの野郎」


「しかしあれだけの攻撃、貴方も大分消耗したはずです、それこそ非力な私が真っ向勝負を挑んでもどうにかなる程度には」


 そう言いながら暗殺者は左腕からボウガンを外し、そのまま地面に捨てた。そして空いた左腕にも三日月ナイフを持ち、それぞれを逆手に構えるとレストに向かって駆け出した。戦術の一つは完全に封じられたものの、その速度はいまだ健在で、瞬く間にレストとの距離を詰めた。至近距離でのレストとの打合いが始まると思われたその時だった、レストの後方から発せられた赤い帯状の光が暗殺者の脇腹を貫いた。暗殺者は咄嗟の攻撃に一瞬体勢を崩しかけるも持ち直し、大きく跳躍し、屋根の上に着地した。


「レスト!まだ生きてる?」


「ようやく来たかよ、俺の斧は?」


「ここ、斧で穴空けた宿屋の屋根はそっちで言い訳してよね」


 ノーシアは手に持った斧を高く上げた。その斧はレストの得物の一本であり、先ほどあらぬ方向に投げられついに戻らなかった斧に他ならなかった。暗殺者は顔を向け何かを恥じるように額に手を当てた。


「成程、最初の斧はあてずっぽうではなく、仲間を呼ぶために……時間をかけすぎましたか……」


 熱線で焼かれた脇腹に手を当てながら暗殺者が呟く、屋根の上にいる暗殺者からは騒ぎを聞きつけた砦の兵士達が路地裏に向かってくる様が見えていた。頃合、暗殺者は誰に言うでもなく呟くと、三日月ナイフを鞘に納め、レスト達に背を向けた。


「待て!お前、人間じゃねえのか?俺を狙った理由は何だ!」


 レストは暗殺者の背に大声で問いかける。戦いの最中から思っていたことだった。当初魔物と思っていた暗殺者には魔物特有の異形も理性の無い行動も一切なかった。人間に非常に似通い言葉を発する魔物がかつていなかったわけではない、ただその暗殺者の言動は素っ気ないものだったが魔物のそれとは違いどこか人間臭かった。


「……貴方は自分の罪を知らない」


「何だって?」


「貴方だけではない、勇者に次ぐ英雄と持て囃されている荊兜など、私から言わせれば全員おぞましい罪人です、自分たちがどんな犠牲の上に立っているか知らずによくもまあ、貴方たちは生きているべきではないのです」


「武器捨てて降伏しろ、洗脳されてんだか何なんだか知らねえがこのまま逃げきれると思うなよ」


「お断りします、暗殺に失敗し大変無様ですがこれにて失礼します、願わくば私が殺すまでもなくどこかで死んでくれることを祈っています」


 そう言い終えると暗殺者はレストたちの死角になっている屋根の反対側から飛び降り、レスト達の視界から消えた。奇襲を警戒し、しばらく武器を構えたままだったレスト達だったが兵士たちが路地裏に到着したのを確認すると短く息を吐き武器を仕舞い込んだ。


「一体何者だったのかしらね」


「見当もつかねえ、けど俺を殺すために結構な仕込をしてたみてえだぜ、あのナイフ一本とってもそうだ……あれは竜殺しの武器だ」


 レストは未だに熱を持つ右腕の傷をさすりながらかつて耳にした噂話を思い出す。鉄よりも固い竜の鱗を容易く裂き、刀身から滲む毒で肉体だけでなく神経を苛む武器、秘伝の鍛造法を持って作られるもはや現存しないはずの古の武器、しかしそれは暗殺者の手に握られ、先ほどまでレストに容赦なく振るわれていた。


「考えるのは後でしょ、この騒ぎの釈明をここの砦のお偉いさんにしないといけないみたいよ、まあ当然よね」


「……傷治す時間くらいはくれるんだろうな、まだ結構痛むんだぜ」


レストは周囲を取り囲む兵士たちを見渡しながら、ため息交じりに呟いた。しかしレストの願いは叶えられず、レストは訝しげな表情の兵士たちにそのまま砦の中心に連行された。連行される途中で緩やかに竜人化は解け、兵士たちはレスト達への疑念を一層深めることとなったが、レストはそこまで気にすることなく、大人しく兵士たちに導きに従ったのだった。



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