出会い 弐
「教えよ。自分が何を恐れている様に見えるか。お主の眼に自分はどの様に映るのか、教えよ」
彼は不安げにしていたが、それを悟られまいとはしているように思える。
でも感情を隠すのが下手すぎる。そんな不器用さがあるから、人との係わりを彼は恐れているのだろうね。
「教えよと言っておろう!」
私がどう答えようか迷っていると、弁慶は私の両肩を握り怒鳴るように問い掛けてきた。
「……痛いっ。痛いです」
彼の大きな手で強く握られた肩は、そのまま握り潰されてしまいそうなほどに痛かった。
小さく悲鳴を上げる私に、彼は慌てて手を放してくれる。
「痛かったか、悪い。自分が恐れている等と言った人は、そんな言葉を掛けられた事は、初めてだから」
どこが悪党なものか。
手を放してくれたところや、悪いとすぐに言ってくれたところ。そこを見れば、悪とは言えないんじゃないだろうか。
悪いことをすぐに悪いと言える人が、悪なんてことはないと私は思う。
「苦労なさったのでしょうね。寂しいのでしょう? 怖いのでしょう? いつか救ってくれる人が訪れるのを、待っているのでしょう? 貴殿が求めるような人に、私はなれません。悔しいけれど、私にそんな力はありませんから」
周りで見ている人たちは、悪党とこのように話をしている私を、どう思っているのだろうか。
それが少し不安にも思えたけれど、その気持ち以上に私は彼のことが心配だったのだ。
彼はきっと弱い人だ。この先も理解されない日々が続き、その中で苦悩し孤独に苛まれていくのであろう。
そんな彼が、私は心配だった。
見張りがいるからこの場では言えないけれど、私の気持ちが届けばいいと思う。
私が旗揚げをしたときには、私が彼を救う力を手にしたそのときには、きっと私はここに迎えに来るだろう。
しかしそれは、そのときまで彼が私を待っていた場合のみだ。
「待っていて」と口にすることさえできないなんて、もどかしいよ。私はどうしたらいいんだろうか。
どうしたらこの気持ちを、彼へ届けることができるのだろうか。
「有難う。お主の言葉を信じ、愚かな者が現れるのを此処で待つとしよう。あと少しで終わるだろうけれど、な」
意味深な言葉を残し、彼は私に離れるよう促した。
突き放されてしまったようで少し寂しかったけれど、それだって彼の優しさのせいだって私はわかっている。
私のためにしてくれたことなんだって、私はそう思うんだ。
だからこそ彼と離れたくないと思った。離れたくなんてなかった。
「もう帰れと怒られてしまいました。肩も痛いし、やはり恐ろしい方です。でも本当にお強いのでしょうね。仲間にできればかなりの力となるのではありませんかね」
連れてきてくれた見張りの元へと戻り、私は私の方からそう言った。
先手を打っておかなければ、立場が危うくなってしまうことくらいわかっているからね。
彼に悪いと思いはするんだけど、私が生き延びるためにはこう言うしかなかったんだ。ごめんね。
代わりに殺されはしないように、仲間にしてはと言っておいたから。余計なお世話かもしれないけれど、それで許してほしい。
でもあの男が仲間になってくれたら、どれほどの力になってくれることか。
ご機嫌取りくらいしかできない私のこの状況も、彼がいたら変えられるのだろうか。覆すこともできるのだろうか。
淡い期待を悪党と呼ばれる寂しげな男へと向け、私は歩いた。
「お前らしくないんじゃないのか? 怖がって近寄れもしないかと思ったわ」
私を臆病者と嘲笑っているつもりなのだろうが、自分でもそう思っていたので、対等な立場にあったとしても何も言えなかっただろう。
怖がって近寄ることさえできない。私自身もそんなものだろうと思っていたさ。
遠くから眺めて、それで終わりだろうと思っていたさ。
それでも吸い込まれそうなほどに黒く、寂しそうな彼の瞳を見たら、そのつもりがなくても傍まで行ってしまったんだ。
「怖かった、怖かったけれど今しかないと思ったんです。あのままでは、彼はきっと間違った道へと進んでしまいます。純粋な方だと思うから、それは避けさせてあげたかったのです」
帰ってから彼のことについて聞かれたとき、私は勇気を出してそう答えた。
大勢の男に囲まれながらも、顔色を窺うだけではなく私は自分の意見をそう告げてみせた。
ひどく臆病だった私も、彼と会話をして少しだけ変わったような気がする。少しだけど、変われたような気がする。
彼に相応しいくらい立派な男に、いつか私はならないといけない。
自分でそう思うと、それだけでなんだか強くなれたような気がしたんだ。
それに急がないと彼は壊れてしまうと思うから。
だけど変だよ。
私は彼に対して憧れという感情を抱いていた。
強い彼に憧れていたんだ。強い彼を欲していたんだ。
それだけのはずだったのに、私は彼に別の想いも寄せているような気がして。
私はやっとわかった。答えを知ることができた。
それは愛しい人との、
――出会い。