出会い 源頼朝 ☆
いつからか、平家のものたちが私を愛でたりさえするようになっていた。
敵は相当油断しているようだし、今ならば刀を入手することもできよう。こいつらを殺すことだってできるのではないだろうか。
そうは思ったのだが、今はそのときではないと自分を鎮める。
たとえこいつらを殺したところで、すぐに捕らえられてしまって終わりだからだ。
そうしたら今までの努力が水の泡となる。
もしかしたら、私はそこで殺されてしまうかもしれない。
だからまだ待つしかない。人形のようにただされるがままな生活も、もうすぐ終わりだ。
あと少しだから、待つんだ。今の私は人形でいるしかない。
ある日、武蔵坊弁慶と言う男の話を聞いた。
鬼のように大きな体を持ち、力自慢の男を何百人も薙ぎ倒しているんだという。
「弁慶? そんなに強いのですか。是非、見てみたいものです」
その男は果たしてどんなものなのか、素直に興味を持ち、私はそう口にした。
「ただでさえ大きいから、お前みたいに小さい奴から見たら見上げても顔なんか見えないかもな」
これくらいの暴言ならば、もう腹さえ立つことはない。
それに、言い方はともかくとして、私をその弁慶と言う男と会わせてくれるのだろう。
我が儘を通してもらったのだから、ここは感謝をしておくべきなのだろうな。
話をしてから数日で、本当に私を弁慶の元まで連れて行ってくれた。
「彼が弁慶ですか?」
一応は問い掛けてみたけれど、間違えなくそこにいる男こそ武蔵坊弁慶だろうと思った。
大袈裟に言ってからかったわけではないらしく、私の身長では見上げても彼の顔を見ることができないのではないだろうか。
彼は椅子に座っているというのに、そこまで目線の高さが変わらないのだから驚かされる。
でも格好を見る限りは、寺の坊か何かなのか。少なくとも、戦に出る武士などの服装とは違う。
ずっと武器を振るっている危険な男なのだと思っていたのだが、そうではないらしく、集中して書物を読んでいた。
けれど不思議な強さを感じさせ、私はしばらくの間は彼を見つめることしかできなかった。
「挑むのか?」
目の前に立っていたせいで、勘違いをさせてしまったのだろう。
ゆっくりと書物から視線を上げると、彼は私に短くそう問い掛けてきた。
「い、いいえ。読書の邪魔をしてしまったのならば謝りますから、勘弁してもらえないでしょうか」
この男に武器を向けられでもすれば、きっと私は恐怖で動けなくなってしまうだろう。
私だって鍛錬くらいはしているのだから、見た目ほどは弱くない。弱くないというだけで、強くもないだろうけど。
そんな私が挑んだところで、一撃で終わるに決まっている。
その一撃でどれだけの怪我を負うかもわからない。私はそこまで無謀でなかった。
「謝る事は無い。自分とて、お主の様な子供と戦えと言われては困るわ」
幸い彼の怒りを買うことはなかったようだけれど、少し不満なところがある。
私はもう立派な大人だ。
小柄であることも童顔であることも認めてはいるけれど、こうしてはっきりと言われるとやはりいい気はしない。
こんなことに腹を立てはしないんだけどね。
「いつもは、こうして読書をされているのですか?」
彼に対する恐怖心がないわけではないけれど、不思議と私は彼から離れたくないと思った。
だから私は少しでも会話をしようと、質問をした。
悪党だと聞いているし、鬱陶しいと殺されることだってあるかもしれない。
それでも私には彼がそんな悪い人に見えなかったから。
「そうだ。其れが如何した」
返しは素っ気ないものだけれど、彼は私に声を掛けられたことを、喜んでいるのではないかと感じた。
怒りでもなく欲望でもなく憎しみでもない。悲しみや寂しさ、彼が瞳に映しているのはそんな感情ばかりだろう。
俯いたその瞳を見ているだけでも、私にはそれがわかった。
そして私が声を掛け続けていると、徐々にその瞳が喜びを映していることもわかった。
「自分を恐れぬか?」
いつまでも私が彼の傍にいたからか、囁くような小声で彼は問い掛けてきた。
私の問いに答えてはいてくれたけれど、それは初めての彼からの問いであった。
「恐れはしません。だって、――恐れているのはそちらですから」
言ってから、私は驚愕した。
そんなことを言うつもりはなかったのだ。むしろ、どうしてそんなことを言ってしまったのか、私に問いただしたいくらいだ。
彼の、弁慶の瞳の中に、恐怖の色は見えた。
でもそれを口にしてしまうほど、私は単純な男ではないと思っていた。
感じたことや思ったことを口にしてしまうほど、私は素直な男ではないと思っていた。
「恐れている? 自分は、恐れている? 自分の様な鬼が、自分の様な怪物が、何を恐れると言うか」
書物を置いて、彼は立ち上がる。
彼の口調は変わらず冷静であるが、動揺しているのが明らかであった。
基本的に私は瞳から相手の感情を読み取る。
しかし彼の動揺は、身長差ゆえに瞳が見えなくなっても深く感じた。