強くなりたい 弐
目指すのは千の武器を集める事。
ただ七百までの道程からして、残りの三百位は容易い物だと思っていた。
けれどそうでは無かったのだ。
余りにも自分が強過ぎてしまった所為、とでも言うのだろうか。
力自慢の者が稀に現れる程度で、一日中誰一人として勝負を挑んで来ない日だって少なくなかった。
そして珍しく現れた挑戦者を薙ぎ倒す度に、其の噂が広がって行き、自分を倒そうと意気込む者さえも減ってしまうのだ。
大勢で掛かってくれば自分を倒す事が出来るだろうに其れをしないのは、武士だからなのだろう。
正々堂々と闘って、自らの強さを証明し、自分を此処から退かして魅せたいとでも思っているのだろうか。
強者と慕われる者も、強者と恐れられる者も、何も関係無く倒して来た。
何時しか、自分を倒す事により最強の名が手に入るとして、挑んで来る武士も多くなった。
八百を倒した頃には、反対に恥を晒すだけと気が付いたのか、そんな武士も挑んで来なくなってしまったのだが。
「あんなの化け物だろ」
当然の様に自分が橋に居ると、その様な声が聞こえてきた。
どれ程力が強くなろうとも、心は弱いままの自分らしい。
其の程度の言葉に深く傷付いてしまった、自分が居たのだ。
化け物なんて、鬼なんて、自分も同じ人間なのに……。
孤独を恐れて力を隠していた自分は、もうずっと昔の様に思えた。けれど、其れは自分が思い込んでいただけだったのだ。
孤独を恐れる心は今も変わらない。
皆に自分を見て欲しくて、自分を認めて欲しくて、毎日此処に立っているのだろう。
英雄になりたかった。
恐れられたくなんて無い。
一人は嫌だ。
如何したら、如何したら自分は人に触れられるのだろう。
傷付ける為に生きて等いないのに、生きているだけで傷付けてしまうなんて、神の与える力と言うのは残酷な物だ。
そんな事を考え乍らも、挑戦者の減少の為時間が空いてしまうので、その間に勉学を努めた。
相変わらず自分を皆が恐れるので、欲しいと望めば要らない程に渡してくれる。
橋に積み重なる書物の山を読み耽るそんな日々にすらなっていた。
奪った中から気に入った武器を振るい、貰った中から気に入った書物を読む。
日々の訓練の為か、衰える処か更に力は付くばかり。一日の多くを読書に充てているので、知識も深まっていく。
雨が降れば橋の近くの家へと案内してくれるし、寒ければ火を起こして温めてくれる。暑い日には、小まめに水を撒いてくれた。
此処まで快適な暮らしをしている者など、そう多くは無いだろう。
身分の低い貴族やら、武士やら、其れに比べれば自分の方が豪勢な暮らしをしていると思う。
有り余る時間の中で、様々な事を考えていた。
自分を倒す者が現れないまま、千の武器を集めてしまったら、自分は何をすれば良いのだろうか。
最強の男として朝廷にでも仕えようか。
寧ろいっその事、朝廷や武士団を倒し、正真正銘此の国の主にでもなってやろうか。
夢は膨らんで行くが、自分は肝心な処で臆病な男らしい。
暮らしに変化が在る事を恐れている。
此の生活が続く事を何よりも望み、大きくはなり過ぎないようにと願っている。
大きくなり過ぎると、きっと贅沢は許されないのだろう。
其れだったら、其れだったら此のままで……とも思う。
結局、自分は何をしたいのだろうか。
自分に闘いを挑んで来る。自分が倒す。勝ったとの噂が広がる。再び自分が強いとだけ広がってしまう。
闘いを挑んで来る者が減少し、遂にはもう居無くなってしまう。
こんな感じなのだ。
だから今は闘う相手が居なくて、勉学にばかり時間を掛ける事になる。
強さも学びも、自分は手にしていた。
豪勢な食事も寝床も用意して貰い、何もかも足りているけれど、何かが足りない生活。
何も足りていない生活が続いていた。
自分が何なのか。自分は何を望むのか。自分は何になりたいのか。
様々な疑問が渦巻いて、昼夜問わず書物に耽る日常にすらなりつつあった。
自分が何かを教えてくれる、そんな本に出会いたくて。
自分の事を認めてくれる、そんな人と出会うことを、諦めてしまっていたのかも知れ無い。
其の事も、自分は何も理解する事が出来なかったのだから。
此処で強い人に会えれば何かが変わる、なんて思っていたのだろうか。
混乱気味に自分の気持ちを分析し乍ら、武器を振るった。書物を捲った。
否、書物を巡ったとも言えるのだろうか。
「近付いちゃいけね。殺されんよ」
自分は人を殺したり等し無いと言うのに、自分に子供が近付けば、決まって親はそう言った。
其の度に自分の心は締め付けられる様に、苦しくなった。
そしてやっと、自分が強い者を求める理由が知れた気がした。
自分が強くなりたい理由が。
自分が飢えている理由が。
其れは変わらない心の弱さ故の事なのだろう。
無駄に大きい図体だけじゃ、無い。
無駄な力を持った此の、壊す事しか出来無い、此の掌。
其れと同じ位、弱い心や精神を鍛えたかった。
腕力だけでは無く、
――強くなりたい。