強くなりたい 武蔵坊弁慶
親にさえ恐れられ、鬼の子と呼ばれ、自暴自棄になっていた。
ただ、愛されたかっただけなのかも知れない。
ただ、友と呼べる存在が欲しかった、其れだけなのかも知れない。
しかし同い年の子より幾らも大きく育つ自分を、皆は人でないと言う。
寂しかった。淋しかった。
仲良くしたい。仲良くして欲しい。
それを素直に伝えることも出来ず、遣る瀬無い思いに陥り、暴力を振るうのであった。
自分が悪いという事も、十分に理解していた。
自分が他人に残してしまった傷を見る度に、酷い後悔の念に襲われる。
そして気が付けば、もう引き返せない場所まで来ていたんだろう。
近付いただけでも、鬼が現れたと皆は逃げ行く。
持ち過ぎてしまった力の所為なのだろうか。其れとも、大きなこの図体の所為なのだろうか。其れとも、其れとも。
思い当たる淵ならば、嫌と言う程に在った。
”もうどうにでもなればよい”と、頭の中で呟く声。
”もっともつようなればよい”と、頭の中に囁く声。
どうせ自分を愛してくれる人など此処には居ないのだから。その様に思うと、其の声に従うことも容易であった。
今更何をしようと、人々の自分に対する見方に変化等は無かろう。
だから、もう嫌われたって、怖がられたって良かった。
良かった。どうなったって、良かったんだ。
赤子の頃に親に捨てられ、寺に預けられた。だが遂に、寺にも追い出されてしまった。
行く当ても無く、彷徨うばかりの日々であった。
捕らえられても良い。殺されても良い。
そう思っていたのに、其の時は一向に訪れない。
其れを不思議に思いながらも、自由である身に嬉しさは感じていた。
自分が求めれば、恐れを生して何であっても差し出してくれる。
贅沢な食事や寝床など、苦労せずとも手にする事が出来ていたのだ。
睡眠時に殺されでもするのではないか。初めはそうも思っていたが、如何やら其の心算さえ無いらしい。
何時しか自分は何よりも強い。と驕り高ぶっていた。
そして最強であり続ける為に、更に強くなる事を決意したのだ。
以前は、強くなる事を恐れていた。
自分が強くなれば、人を更に傷付けてしまう。此れ以上距離を広げたくないから、弱くなりたいとすら思っていた。
強くなり恐れられる事を、避けられる事を、恐れていた。
しかし今の自分はそうでは無かった。
恐れられる事に、喜びすらも抱く自分も、確かに自分の中に居たのだ。
人の温もりを知らないで、気付けばどれが自分の心なのかさえ、見失ってしまっていた。
強く、強く、強く。誰も太刀打ちが出来なくなる程、強く強く、圧倒的な強さを手にしたかった。
魔術や剣術等と言う物には興味が無い。
人に魅せる強さや、人を守る強さ等、微塵も必要無かった。
只管に、強い力が欲しかったのだ。
強い力を手にすれば、誰かが褒めてくれるのではないか。頂点に君臨すれば、誰かが憧れを抱いてくれるのではないか。
そんな淡い期待も、振るい翳す刀に込めて。
そんな淡い期待も、風と一緒に斬り裂いた。
もう孤独を恐れる事はない。
強さだけを愛した自分は、人を愛する事も出来なくなっていたのだろう。
自惚れ恐れられ、更に自惚れていく。
嫌われ者の象徴にまでなって居た自分をも、自分が好いていた。
寂しいと言う感情さえ、最早失くしてしまっていた。
「誰ぞ勝負をせぬか? 負けたらもう悪事は働かぬと誓おう。だが、勝ったら帯びておる武器を頂こうではないか」
何よりも強くなった。自分に勝てる者は、もう存在しないと思った。
自信を持ってそう言える様に、確信を持てる様に、橋に仁王立ちするとそう宣言した。
強い奴と戦いたい。強さを求める自分の、そんな素直な欲望も其の中には含まれていた。
「勝負せい! 主の強さ等偽物と、我が証明してみせよう」
最初に闘いを挑んで来たのは、髭を生やした武士の男であった。歳は三十前後であろう。
物凄く自信が有る様だったので、少しは楽しませてくれるのかと期待した。
しかし男は期待を裏切り、たった一振りで握っていた剣を遥かへ飛ばす。
其れで力の差を感じ、命乞いでもして来るのだと思った。
が、惨めな男は其れだけで終わらなかったのだ。
武器も持たずに襲い掛かってくる男に、諦めるまで相手してやる事にした。
負けを認めた時に、憐れなその顔を見て、嗤い乍ら武器を頂くのだ。
其の事を考えると、楽しくなってしまった。
其れからも、様々な人が闘いを挑んで来た。
「此の程度か」
何度もそう吐き捨てて、武器を手にするだけの結果となってしまったが。
もっと強い者と闘いたい。もっと強い者と戦いたい。
勝利により得る優越感よりも、何時しか其方の感情の方が勝っていた。
ただしそんな思いとは裏腹に、戦闘を挑む者の数は減っていく。
最強の名が強まるだけで、強い者等、現れはしない。
千の武器を集めたら、もう自分より強い者は居ないとして、最強の戦士として戦ってしまえば良い。本物の最強を、そうしたら名乗れば良い。
倒した数が七百を超えた頃、決めた。