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愛の理由  作者: 桜井雛乃
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 愛されているのはわかっていた。求めてくれているのも、わかっていた。

 だけど私には、大切な人がいたんだ。

 私に勇気をくれた。私を変えてくれた、大切な人。

 何がどうあろうと、決して私のものにはなってくれない、だけど、私にとっては本当に大切な人だったんだ。

 わかっている。

 私を求めてくれている人がいることは、わかっているんだ。

 その人たちの想いに対して、私の想いが失礼に当たることくらい、理解していた。

 だから大切な人に捧げるこの想いは隠したまま、私は天下を求めようとした。

 そもそも、恋心なんて、私には必要ない気持ちだと思っていたんだ。

 だって敵の男に無理矢理犯されたんだよ?

 そんな私が、恋なんてできるとは思えないじゃないか。

 もう恋なんてする躰じゃ、なくなっちゃったんだ、そう思ったんだ。それなのに、反対だったよ。性欲は旺盛になっていった。

 敗戦後、二十年もの間、私は苦しみを耐えてきた。

 その中で、学ぶことも多くあったけど、本当に辛い日々だった。

 それが終わってからは、もう私の時代が訪れたと思った、それほどまでに、全てが思い通りに進んでいったんだ。

 そして遂には、平家を滅ぼすところまでやってきた。

 私は、武士の一番となったのだ。

 父上に堂々と言える。誇れる立場になったのだ。

 それなのに私はなぜだか満足しきれないのだった。


 ……武蔵坊弁慶。源義経。

 この二人が、私を狂わせたんだ。

 だって弁慶に出会わなければ、私には、平家から逃げ出す勇気なんてなかった。囚われたまま、私でないだれかが、きっと新しい時代を作ってくれた。

 私がいなくても、そう長く経たないうちに、平家は滅ぼされていたことだろう。

 そうしたら、私はそのだれかによって、救い出されていたのだろうか。

 もしかしたら、一緒に殺されていたかもしれない。

 弁慶との出会いがなかったら、私はきっとここまでこれなかった。

 でも弁慶との再会がなければ、もっと上手くやってこれたと思う。

 少なくとも、義経にここまで嫉妬することはなかったんじゃないかな。

 怖かった。義経が怖かった。その気持ちは、弁慶がいなくても、変わらないんじゃないかとは思うのだけれど、ここまでは嫉妬しなかった。

 あっても羨む程度だったろうし、私のために駆け付けてくれたときだって、可愛い弟として受け入れることができた。

 これって、私が悪いのだろうか。

 嫉妬心から義経を恨み、愛しい弁慶すらも殺し、私がいけないのだろうか。

 私と弁慶が結ばれるその道は、どこにも用意されていなかったのだろうか……。


 初めてあったあの日、助けて、そう言えたなら、私は恋をも成し得ていたのだろうか。

 助けてと言ったなら、弁慶は私を助けてくれたのだろうか。

 彼の強さを考えれば、私のことをも助け出せたのかもしれない。

 でもだからといって、助けてくれたとは限らない。

 私の知っている彼は、とても優しくて、義経に絶対的な忠誠を誓っている人だった。

 だけど初対面のあのときは、まだ迷いと恐怖が見られていた。

 あの弁慶が、私を守るべき人としてくれ、私のために戦ってくれることをしただろうか。そうしてくれただろうか。

 力のない私でも、仕えてくれたのだろうか。

 どうして私と弁慶は、結ばれなかったのだろうか。

 わからないけれど、それだけが事実だというように、私の上にのしかかってくるばかりだった。

 最後まで弁慶の手を掴めなかった、弁慶に手を掴んでもらえなかった、そんな私を笑っているようだった。

 全てを手に入れたのに、苦しいのが悔しかった。















 俺は裏切り者なのだろうか。

 大切で大好きで、それなのに、兄様のことも秀衡様のことも、裏切ってしまったのだろうか。

 どちらも大切だったから、どちらかを選ぶことができず、両方を傷付けてしまったのだろう。

 もっとはっきりしていて、兄様なら兄様を、秀衡様なら秀衡様を、最初から選んでいれば良かったのだ。

 兄様が初めて俺に会いに来てくれたとき、俺は兄様に見惚れてしまった。美しくて、だけど悲しい人だと思った。

 同時に俺は、兄様と結ばれたいだなんて、そんな感情も抱いてしまっていたのだ。

 どれだけ兄様が傷付いてきたのか、俺は理解しているつもりだった。

 それなのに俺は醜く、兄様へと好意を向けた。

 そして隣にいた、まだ守ることができた、秀衡様を泣かせてしまった。

 兄様への好意を抱くこともなく、ただ純粋な気持ちで、兄の戦に参戦すると思っていれば。俺は苦しまなかったし、兄様は傷付かなかったし、秀衡様だって泣かずに済んだ。

 出発する前ならば、まだ引き返せたのだろう。

 秀衡様を抱き締めていけたのなら、笑顔で少し呑気なあの人に、悲しみを抱かせなかった。

 そして秀衡様の家族も、辛い思いをしなかったはずなのだ。


 兄様のところへ向かう途中、俺はずっと秀衡様のことを考えていた。

 戦を恐れ、秀衡様の腕の中に帰りたい、あの安心できる空間で、一生を終えたい。そう考えていた。

 しかし秀衡様への想いが一途だったなら、俺にはそうすることもできたはずだが、兄様のことも愛したいと俺は思ってしまっていた。

 だから、戦なんて関係のないところで、平和を生きたいと思っていても、兄様のところに参上したのだ。

 戦の合間にだって、帰りたい、秀衡様に会いたい、何度もそう思った。

 秀衡様を求めながら、兄様へと忠義や愛を語った。

 純粋でまっすぐな心のふりをしていても、俺自身が気付いていなかったことすら、兄様にはお見通しだったんだろう。

 それでは、信じてほしいと言う願いは、無理な話であったのだろうか。

 戦が終わってからは、大急ぎで秀衡様のところへと向かった。

 だけど秀衡様のところへ向かっているときには、兄様のことを考えてしまっていた。

 そして遂には、弁慶と躰を重ねた。

 秀衡様を求め、兄様のことを考えながら、弁慶を抱いたのだ。


 秀衡様の隣では兄様を求め、兄様のところへ行くとなれば秀衡様を求め、兄様のお傍で秀衡様を求め、秀衡様のところへ帰るときには兄様を求めた。

 こうして考えてしまうと、俺は裏切り者でしかないのだろう。

 大切な人を裏切り続け、大切な人を傷付けるだけ傷付けてきたのだ。

 それでも秀衡様は優しくしてくれた。

 その腕の中でまで、兄様のことは考えられないよ。

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