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愛の理由  作者: 桜井雛乃
辿り着いた場所
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辿り着いた場所 藤原泰衡

 百年にも渡って栄えたというのに、私の代で亡ぼしてしまうのか。

 大好きな父から受け継いだものなのだから、守りたいと願うのに、私はそれさえできないのだろうか。

「兄上、どうして義経殿を死なせたのです?」

 亡き父を抱いて泣き続けていた私のところに、静かに怒りを感じる声が掛かった。

 弟の忠衡だ。

 彼はきっと、私が義経殿を良く思っていなかったことを、知っているのだろう。父の愛を求め、義経殿に嫉妬していた、醜い私を知っているからなのだろう。

 だから彼はこの状況を見て、私が義経殿を殺したとでも思ったのだろうか。

「……私には無理だったよ。義経殿と父上は愛し合っていた。二人の間には、私が入る場所などなかった」

 違う。私は義経殿を殺してなどいない。むしろ、私は止めたのだ。

 しかしそう言ったところで、こんな私の言葉が信じてもらえるとも思えない。

 もう、否定をすることすら、面倒に思えた。

 父には愛されず、弟には疑われ、家族からも求められない私は、何を望めるのだろうか。

「そんな理由で殺したのですか?」

 一応は兄と思ってくれていたのか、死なせたと言ってくれた。それなのに、遂に殺したとはっきり言ってくれたよ。

 最初から忠衡は、私を犯人と決めつけている。

 こんなことならせめて、私以外にも人がいるところで、義経殿には死んでもらうべきだったかな。

 父の綺麗な死体と、腹に刀の刺さった義経殿の死体、そして父に泣き縋る私。

 部屋の中がそんな状況にあったのならば、だれだって私が犯人だと思うだろう。忠衡は悪くない。

 普段の行いだって良いとは言えない私なのだから、疑われても当然なのだ。

 殺したとでも思ったのだろうか、だ? いいや、そうに違いない。私が殺したのだと思わない方が、おかしいくらいなのだ。

 私が、悪いのかな。

「義経殿を殺しても、喜ぶのは頼朝だけ。父上だって悲しむだろうし、頼朝に従い義経殿を殺したのだろうが、頼朝は何か冤罪を着せてでも、攻め込んでくるに決まっている」

「そんなこと、私だってわかっているよ。義経殿にもそう言った。でも義経殿は、力にはなれぬと、父とともにいたいのだと、私のことを払い除けた……」

 言い訳と思われるくらいなら、何も言うまいと思った。

 それなのに、やはり弟に誤解されたままなのが悲しかったのか、そう言ってしまっていた。

「では、義経殿は自害なさったのだと、兄上はそれを止めたのだと、仰りたいのですね」

 本当に、忠衡が今言ったことが、真実なんだ。

 信じてくれないのだとしても、それが真実であることに間違えはないんだ。

「秀衡様と一緒にいたいから、その邪魔はしないでくれ。義経殿はそう言った。まっすぐで迷いのない彼の言葉に、逆らえなかったんだ」

 瞳から溢れ出る涙の原因が、父を喪った哀しみだけではなくなっているのを感じた。

 一度も目を合わせていない。私は父の重さを腕に感じながら、目を閉じて弟の方を向くことをしなかった。

 そのことにより、弟からの信頼を更に捨てているだろうに、怖くて目を開くことなどできなかった。

 そしてそんな私が悲しくて、欲が湧いて、より醜くなるものだから、涙が溢れてしまうんだ。

「なるほど、そういうことでしたか。兄上、疑ってしまい、申し訳ございません」

 どうしたのだろうか。

 信じてくれるなんて思っていなかったから、忠衡のその言葉に、私の中で驚きが勝り涙が止まった。

 何か裏があるのかもしれない。反対に、私の方が忠衡のことを疑ってしまう。

 兄弟なのに、どちらかが疑わずにいられないなんて、悲しい兄弟愛である。

「義経殿の望むことだったのならば、もし父上も悲しむのではなく、そうして義経殿とともにあることを望んでいるのならば、引き止めてしまっても悪いのでしょう。父上にとっては、実の息子よりも大切な人なのですから」

 また、驚かされた。

 忠衡がここまで嫉妬心を表情に、言葉に出したのは、初めてのことだったからだ。

 平気な顔をしていても、忠衡だって私と同じように思っていたのだろう。

 彼だって父の愛を受けていたとは思えない。

 だからといって、父を憎むつもりなどない。もちろん、嫉妬心から、義経殿を憎むつもりだってない。

 忠衡は会っていないのだろうが、私は生きている義経殿と会い、会話だってした。あんな素敵な人を、憎めるはずなどなかった。

 父上が求めるのもわかるくらい、義経殿は素晴らしい人だった。

 だれにも愛されるのだろう。それを考えてみると、頼朝が恨めしく思うのも、わからないでもないかな。

「しかし兄上、どうなさいますか? ここで大人しく死を待つのも癪でしょう?」

「どうと言われても、どうしようもない。平家の甘さで救われて、そこから平家を滅亡へと追い込んだ人だ。私たちを生かすつもりなど、あるはずもないだろうし」

 大人しく死を待つだけというのは嫌だが、それ以外に道はないのだ。

 極楽浄土へ行けるような生も送ってこなかったし、義経殿が傍にいるのだから、父上に見てもらえるという希望もないだろう。

 死の先に安楽があるとはとても思えない。

 それでも生の先とて、安楽など用意はされていない。

 どんなに逃げたところで、追ってはやってくる。それを逃れることなどできない。

 そしてできたとしても、どこぞで賊に襲われるか、一人野垂れ死ぬか。

「自分も苦しめられたからこそ、情けを掛けて下さるということは」

「ないだろうな」

 希望を込めた弟の言葉を、容赦なく否定するというのは、かなり辛いものがあった。

 いつの間にか涙は止まって、忠衡の方をまっすぐ向くことはできていたが、それは忠衡を恐れている場合でないことにやっと気付いたからかもしれない。

 それに、頼朝に殺されるよりは、忠衡に殺してもらった方が。

 しかし兄弟で殺し合ったとなっては、父の名を落とすだろうか。それは避けたい。

「私たちが死せば、満足してくれるだろう。密かにみんなを逃がし、頼朝に討たれるのを待とうか」

 我ら一族を殺して、頼朝が満足してくれることを願うしかないだろう。

 認めるしかないのだから。私の非力さ、残されたものの無力さ。それなら少しでも、仲間を助けたい。

「兄上……。わかりました。指示は任せて、兄上は涙を拭っていて下さい。笑顔の練習もね」

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