辿り着いた場所 弐
頼朝様が本当に求められているのは、景時なんかではなかったんだ。
そう思えば思うほどに、残虐な気持ちが生まれていくのがわかった。
自惚れていた景時が悪いのだろう。頼朝様が心から、本当に、景時だけを求めて下さっているのだと……。そんなの、自惚れに決まっていたのに。
頼朝様にとっては景時だって、愛しい人の代わりでしかなかったのだろう。
代わりだとしても、頼朝様に求めて頂けるのは嬉しい。そうには違いないのだけれど、それ以上を求めてしまっている、貪欲で強欲な景時の姿がいた。
景時みたいな人と、頼朝様のようなお方。
住んでいる世界からして、全く違うであろう。
こんなにも尊いお方を抱けるのは今しかない。
頼朝様はお強いお方だから、明日からはきっと、何事もなくお仕事をなさることだろう。
そのことを考えたら、今しか、今しか頼朝様と躰を重ねられない。
哀しみで自己を抑えられなくなり、欲望に身を委ねていらっしゃる、このときにしか頼朝様は他人に快楽を求めることをなさらない。
傷付いた心の隙間に入り込むようなもので、景時がしている行為は最低のものであると理解している。
それなのに、わかっているのに、景時はその行為を好んでしてしまうのだ。
気絶してしまった頼朝様の躰を使って、自分の欲を吐き出すために使ってしまう。
優しくなんてしなくていい。激しく犯して。仰ったのは頼朝様だ。
ならば、どんなに激しくしたところで、咎められる謂れはないはずだ。
それが頼朝様を穢し傷付け苦しめるような行為なのだとしても、頼朝様から直接下された命令なのだから、景時は間違っていないはずなのだ。
景時は、頼朝様の命令に従っている……だけなんだ。
翌日お目覚めになった頼朝様は、すぐに湯浴みをなさり、凛々しい表情でお仕事に取り組んでいらっしゃった。
やはり彼にとって、一夜の快楽でしかなかったのだろう。
夜が明け朝になれば、変わらない様子で景時とも他愛のない話を交えながら、お仕事をするだけ。
「ねえ景時、お願いがあるんだけど……」
ご自分の美しさがわかっておられるのか、仕事終わり、一つに縛られていた髪を解き、手で弄りながらそのようなことを仰った。
その仕草の色っぽさといったらもう、一瞬で理性が飛びかけるようなものであった。
「お願い? どうなさったのでしょうか」
猛り立つ自身を隠しながら、冷静な口調で頼朝様に聞き返せば、頼朝様のお美しい顔が近くなる。
「昨日、とてもよかったよ。あの快感はもう忘れられないかもしれない」
至近距離で魅惑的な笑みを浮かべられると、耳元で喘ぐように囁いてきた。
吐息を吹きかけていらっしゃるのも、意図してのことなのだろう。限界が近付いて来る。
「やはり私に一番合っているのは、景時なんだ。抱いてよ、毎日。そうじゃないと、仕事中に欲情しちゃうかも」
なんてことを仰るんだこのお方は。
耳に甘い吐息を、甘い囁きを、あぁ、我慢できるはずがない。
「頼朝様がそれを望むのなら」
本当は景時だって望んでいるくせに、そんなことを言って、景時は頼朝様に命じられるまま、頼朝様を抱いた。毎日、毎日、飽きなど知らずに、頼朝様を貪った。
彼が苦しそうにしていることにも、気が付いていたはずだった。
気が付かなければいけない、立場だった。
それなのに見えなかったのか、見ないふりをしていたのか、頼朝様が果てるまで景時は貪り続けた。
そうすることにより、頼朝様を景時のものにできると思ったのかもしれない。
結局、それは叶わなかったわけだけど。
弁慶。裏切り者の義経に仕えていた、あの大男だろう。最初のうちは景時の名を呼んでくれるのだが、理性がなくなり始めると、頼朝様は弁慶と名を呼ぶのだ。
あんな男に頼朝様は惹かれていたのか。
代わりでも構わないと思っていたのに、やはり憎くて苦しくて。
いつか頼朝様の心を景時で満たしたいという独占欲が、景時の理性を侵食していったのだろう。
そして遂に頼朝様は亡くなられたのだ。
景時が殺したわけではない。景時はいつだって、頼朝様のことを大切に想っていた。
だけど寝不足だったろうし、体力的にも辛かったろう。景時の行為が、頼朝様の躰を壊してしまったというのは、過言でもなかろう。
景時も頼朝様も若くないのだから、いくらご命令とはいえども、お断りするべきだった。
頼朝様のお体のことを本当に考えたなら、そうすることができたはずなのに。
頼朝様の死後は、何をする気も起きなかった。
意志を受け継ぎ、頼朝様の栄光を後世に残すためにも、仕事には力を入れて頑張った。しかし、何をしても楽しさや喜びを感じることはなかった。
景時が仕えるべきなのは、やはり頼朝様なのである。
「鎌倉追放。これも、いい機会といえるのだろうか」
御家人たちから忌まわしく思われていることも、理解していた。
もし頼朝様が景時を待っていてくれているなら、まだ景時を必要としてくれているのなら、頼朝様のところへといきたいと思った。
早く、逝きたかった。
「頼朝様、景時にも終わりのときがきたようです。死にたいか生きたいか、迷うこともありませんでした。景時はどうやら、嫌われもののようですから、生き延びる選択肢など残されていませんでしたよ」
今宵、景時は殺されるだろう。頼朝様を苦しめてしまった、頼朝様を汚してしまった、頼朝様の傍にいられた、頼朝様の苦痛に気が付かなかった。頼朝様に対する、景時の行いが報われるのだろう。
武士ならば立派に腹でも切りたいところだが、景時はそんなことをできるほど、かっこよくはなかろう。
大人しく、殺されるのをわかっていても、それを待つことしかできないのだ。
どんなに醜く罵られ、歴史に残る笑いものとなろうとも、それが景時の受けるべき報い。
頼朝様がお亡くなりになられて、一年も経たないうちに後を追うことになろうとは。
辛くとも耐えに耐え、幕府を終わらないものにしようと誓ったのに、何もせぬうちに。やはり頼朝様がいらっしゃらなければ、景時はただ無力な男だったのだろうか。
景時が運命に逆らえるのは、頼朝様のご命令があったときだけだから。
少し悔しくも思えるが、受け入れるしかないだろう。ここが景時の最期の場所。
――辿り着いた場所。




