強くなりたい 弐
いつか兄さまが迎えにきてくれたとき、ちゃんと兄さまの役に立てるように。そう、おれは剣術の訓練をかさねた。
いつ襲われても、だれもけがしないように、自分の身だけを守れるように。もし兄さまが襲われても、危険を負わずに守ってあげられるように。そう、おれは魔術の訓練をかさねた。
知識不足や判断をまちがえたりしたことで、大切なものを失ったりしないように。そう、おれは勉強にも励んだ。
苦しんでいる人を癒せるように、和ませる力を手にするため、そして汚いものを浄化できるようにと、おれは楽器を嗜んだ。
おれの剣術が、兄さまじゃなくともだれかを守れたなら。
そんな願いを胸に秘め、おれは木刀を振るう。親の顔も知らないでさみしい思いをするこどもなんて、おれだけで十分だから。
それにおれは知らないけれど、家族が突然いなくなってしまうのは、さみしいだろうから。
あんなことがあったにもかかわらず、おれは懲りずに森で遊んでいた。すると、いじめっこなんかじゃなくて、おれは山賊を見た。
目の前で人が襲われていたけれど、おれはたすけに行くことができなかった。
絶対的な剣術を身につけて、悪事を見逃したりしない強い男になりたいんだ。
それに。襲われていた男性の家族が嘆いているところまで、おれは偶然、見てしまったんだ。
おれは自分の無力さを責められているようで、くるしくなった。
もうあんな気分を味わうのはいやだし、だれにも泣いてほしくない。
だからおれは、日々、木刀を振るうんだ。
おれの魔術が、平和へと近づく力になれたのなら。
そんな願いを胸に秘め、おれは右手を動かす。この右手から出る氷が、人を傷つける冷徹な刃にならないようにと。
盾となり守ってくれる。壁となり守ってくれる。
この氷は、刃から大切なものを守るための氷にしたいから。
争いのたねをも氷らせて、もう芽は出ないようにとしてしまいたかった。
だからおれは、日々、魔術発動のために右手を動かすんだ。
おれの知識が、より多くのいのちを救うために役立ったなら。
そんな願いを胸に秘め、おれは書物を読む。救うことのできるいのちを、失わせてしまうのなんて絶対にいやだから。
たくさんの書物を読んで、平和への近道を見つけるんだ。
平和への道のりの途中で息絶えてしまうような人は、できるだけ少なくいてほしいから。
だからおれは、日々、紙をめくるんだ。
おれの演奏が、夢を見せてあげられたなら。
そんな願いを胸に秘め、おれは笛を奏でる。戦乱の世で疲れ果ててしまった精神に、少しでも幸せや楽しみを感じてもらいたいから。
現実は悲惨なものだ。そして、いつまでも目をそらしてはいられないものだ。
こどものくせに生意気に何を語る。とは思うかもしれないけれど、おれは何度か運命の残酷さを目にしてきた。
けれどたまには夢を見なければいつか壊れてしまう。
その夢を与え魅せる人に、おれはなりたいのだ。
だからおれは、日々、笛を奏でるんだ。
成長するにつれて、おれの想いは強くなっていった。
だれにも傷ついてほしくない。平和な世を生きていきたい。
しかしそんなおれの想いに反して、剣術の稽古は減っていった。
わかっている。おれのことをずっとお寺にと思っていることくらい、もうおれは気がついていた。
だからおれの方からお寺を出ると申して、奥州へと下った。
藤原秀衡さまという人がきてくれて、おれのことを快く受け入れてくれた。
これがとてもすばらしい人で、優しい人だった。
お寺から逃げだしてきたいけないおれのことを、抱きしめてくれた。大きな体で包んでくれた。優しく、優しく。
ただ優しく。
「私は、お前のことを縛ったりしない。やりたいことをやればよい」
そう言って、おれに剣術の先生をつけてくれた。魔術はおれの独自のものへとなっていってしまったけれど、楽器についてはたくさん教えてもらえた。
秀衡さまは忙しいからなのかな。
ほんにんに稽古をつけてもらうことはなかった。だけど、たまにおれの稽古の姿を見ていてくれた。
そしてたくさんおれのことをほめてくれた。
それがうれしいから、おれはさらに稽古をがんばった。
出会ってから少しすると、秀衡さまはずっと忙しそうにしている時期があった。
それでも秀衡さまはおれのことを気にして、一日おれのために時間をとってくれた。
「お前は美しい。実に芸術的な戦いをする。その光る刃は、その鋭い眼光は、何を映すのだろうか」
おれの剣を見た秀衡さまは、そう言った。
ふしぎに思って近づいていくと、おれのことを力強く抱き寄せて、秀衡さまは唇をかさねた。
最初はなにが起こったのかもわからなかった。
あまりに一瞬のことでよくわからなかったけれど、なんだかいやな思いはしなかった。
「愛おしい。私はお前に出会えて、本当に幸せだ」
そう言われておれは、必要とされているような気がしてとてもうれしくなった。
「おれも幸せです、秀衡さま」
おれは思った。この時間を守るため、
――強くなりたい。