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愛の理由  作者: 桜井雛乃
強くなりたい
4/46

強くなりたい 弐

 いつか兄さまが迎えにきてくれたとき、ちゃんと兄さまの役に立てるように。そう、おれは剣術の訓練をかさねた。

 いつ襲われても、だれもけがしないように、自分の身だけを守れるように。もし兄さまが襲われても、危険を負わずに守ってあげられるように。そう、おれは魔術の訓練をかさねた。

 知識不足や判断をまちがえたりしたことで、大切なものを失ったりしないように。そう、おれは勉強にも励んだ。

 苦しんでいる人を癒せるように、和ませる力を手にするため、そして汚いものを浄化できるようにと、おれは楽器を嗜んだ。


 おれの剣術が、兄さまじゃなくともだれかを守れたなら。

 そんな願いを胸に秘め、おれは木刀を振るう。親の顔も知らないでさみしい思いをするこどもなんて、おれだけで十分だから。

 それにおれは知らないけれど、家族が突然いなくなってしまうのは、さみしいだろうから。

 あんなことがあったにもかかわらず、おれは懲りずに森で遊んでいた。すると、いじめっこなんかじゃなくて、おれは山賊を見た。

 目の前で人が襲われていたけれど、おれはたすけに行くことができなかった。

 絶対的な剣術を身につけて、悪事を見逃したりしない強い男になりたいんだ。

 それに。襲われていた男性の家族が嘆いているところまで、おれは偶然、見てしまったんだ。

 おれは自分の無力さを責められているようで、くるしくなった。

 もうあんな気分を味わうのはいやだし、だれにも泣いてほしくない。

 だからおれは、日々、木刀を振るうんだ。


 おれの魔術が、平和へと近づく力になれたのなら。

 そんな願いを胸に秘め、おれは右手を動かす。この右手から出る氷が、人を傷つける冷徹な刃にならないようにと。

 盾となり守ってくれる。壁となり守ってくれる。

 この氷は、刃から大切なものを守るための氷にしたいから。

 争いのたねをも氷らせて、もう芽は出ないようにとしてしまいたかった。

 だからおれは、日々、魔術発動のために右手を動かすんだ。


 おれの知識が、より多くのいのちを救うために役立ったなら。

 そんな願いを胸に秘め、おれは書物を読む。救うことのできるいのちを、失わせてしまうのなんて絶対にいやだから。

 たくさんの書物を読んで、平和への近道を見つけるんだ。

 平和への道のりの途中で息絶えてしまうような人は、できるだけ少なくいてほしいから。

 だからおれは、日々、紙をめくるんだ。


 おれの演奏が、夢を見せてあげられたなら。

 そんな願いを胸に秘め、おれは笛を奏でる。戦乱の世で疲れ果ててしまった精神に、少しでも幸せや楽しみを感じてもらいたいから。

 現実は悲惨なものだ。そして、いつまでも目をそらしてはいられないものだ。

 こどものくせに生意気に何を語る。とは思うかもしれないけれど、おれは何度か運命の残酷さを目にしてきた。

 けれどたまには夢を見なければいつか壊れてしまう。

 その夢を与え魅せる人に、おれはなりたいのだ。

 だからおれは、日々、笛を奏でるんだ。


 成長するにつれて、おれの想いは強くなっていった。

 だれにも傷ついてほしくない。平和な世を生きていきたい。

 しかしそんなおれの想いに反して、剣術の稽古は減っていった。

 わかっている。おれのことをずっとお寺にと思っていることくらい、もうおれは気がついていた。

 だからおれの方からお寺を出ると申して、奥州へと下った。


 藤原秀衡さまという人がきてくれて、おれのことを快く受け入れてくれた。

 これがとてもすばらしい人で、優しい人だった。

 お寺から逃げだしてきたいけないおれのことを、抱きしめてくれた。大きな体で包んでくれた。優しく、優しく。

 ただ優しく。

「私は、お前のことを縛ったりしない。やりたいことをやればよい」

 そう言って、おれに剣術の先生をつけてくれた。魔術はおれの独自のものへとなっていってしまったけれど、楽器についてはたくさん教えてもらえた。

 秀衡さまは忙しいからなのかな。

 ほんにんに稽古をつけてもらうことはなかった。だけど、たまにおれの稽古の姿を見ていてくれた。

 そしてたくさんおれのことをほめてくれた。

 それがうれしいから、おれはさらに稽古をがんばった。


 出会ってから少しすると、秀衡さまはずっと忙しそうにしている時期があった。

 それでも秀衡さまはおれのことを気にして、一日おれのために時間をとってくれた。

「お前は美しい。実に芸術的な戦いをする。その光る刃は、その鋭い眼光は、何を映すのだろうか」

 おれの剣を見た秀衡さまは、そう言った。

 ふしぎに思って近づいていくと、おれのことを力強く抱き寄せて、秀衡さまは唇をかさねた。

 最初はなにが起こったのかもわからなかった。

 あまりに一瞬のことでよくわからなかったけれど、なんだかいやな思いはしなかった。

「愛おしい。私はお前に出会えて、本当に幸せだ」

 そう言われておれは、必要とされているような気がしてとてもうれしくなった。

「おれも幸せです、秀衡さま」

 おれは思った。この時間を守るため、


 ――強くなりたい。

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