殺したいほどに 弐
このまま秀衡さまのところに帰ってしまってもいいのかな。
兄さまと戦わずに済むなら、もちろんそれが一番だ。だけど、兄さまはきっと、それを許してくれない。
きっと兄さまは、おれが生きることを許してくれない。
そんなおれが行ってしまったら、秀衡さまのことも傷つけてしまうかもしれない。それなのに、帰ってもいいのだろうか。
秀衡さまのことを想うなら、おれは奥州へ行くべきではないのでは……?
「頼朝様と秀衡殿、何方かを選べと言うのでは無い。御主が何を選んだとて、頼朝様は御主を殺し某を殺し、何れ秀衡殿にも目を向けるだろう。ならば秀衡殿も、御主を守り戦う事を望むであろう」
おれが迷っているのを見てか、べんけーはそういってくれる。
たしかにそうだと思うけど、はっきりいわれるとつらいものがあるよね。
「うん、そうだろうね、おれと秀衡さまは。でもべんけーは、兄さまのところに戻れば、許してもらえるかもしれないよ。だって兄さまは、べんけーが好きなんだからっ」
なにをしたって、おれは兄さまに殺されることになる。秀衡さまのことも、気に入らないみたいだから、兄さまは殺すつもりだろうと思う。
でもべんけーは兄さまに好かれているんだから。
そういってから、おれは気がついてしまった。
こんなことをいったところで、べんけーを傷つけるだけとわかっているのに。
「義経の隣でしか某は生きられぬっ!」
人の目はないけれど、ここは外である。
いきなりべんけーはそういっておれを抱き寄せると、唇をかさねるものだから驚いてしまう。
「こっ、こんなところでなにしてるのさ」
「此処で無ければ良いのか?」
おれがなにをいうかわかっていたというように、こたえを用意していたように、べんけーは怪しげな笑みですぐに問いかけてきた。
ここでなければって、そんな……。
うぅ、でも、いいかな。
だってべんけーはおれのこと好きでいてくれているし、おれもべんけーのこと好きだし。兄さまは、おれのことを愛してくれないし。
それだったら、おれはべんけーと。
「いいよ。好きにすればいいでしょ」
どうせ最期なんだから、兄さまは強いから、もうおれは一年もしないうちに殺されることだろうから。
一回くらいは、いいよね。
「本当か? 義経、本当に良いのか? 気持ち悪くは無いか?」
「当たり前でしょ。もうぜんぶわからなくなるくらい、おれを……おれ……をっ…………」
その先はいえなくて、うつむいたおれをべんけーは抱きかかえた。
そしてそのまま、おれを赤子のように抱いて、べんけーは走りだした。
もう三十になるというのに、こうされると甘えてしまうんだから、おれはいつまでもこどもなままだよな。
「此の宿で如何だろうか」
べんけーの胸に顔を埋めていると、そっと下ろされてそう問われた。
「いかがだろうかもなにも、もう入っちゃってるじゃん」
宿の部屋に入ってから、ここでどうかっていわれても困るっての。
でもこれくらい強引なところを見せてくれる、そんなべんけーも、それはそれでいいかもしれないね。
「さあ、おいで」
椅子に腰かけて両手を広げると、べんけーは跪き服のなかに手を侵入させていく。
その大きな手は温かくて優しくて慣れていない感じがして、わからなくなるどころか、現実へと引き戻すようだった。
やっぱりべんけーは、優しすぎるんだよ。
「おれだけ脱がせるなんて、ずるいんじゃないかな。ほら、べんけーも裸になって? もっとおれを楽しませてよ」
だからおれはべんけーの優しささえ、すべてわからないくらいおれを乱れさせてくれるように、笑った。
べんけーが望んでくれるなら。いいや、彼が望まないくらい、おれがいじめてやる。
だってそうでもしないと、兄さまのことを想ってしまうから。
「了解した。御主を楽しませよう、必ず、御主人様」
驚いたように目を見開いたか、やがてべんけーはそう笑い、おれの命令通り裸になってくれた。
傷だらけで筋肉がごつごつしていて黒くて、大きい彼の体は、とても美しいといえるようなものではなかった。
兄さまのことを忘れるにはちょうどいいさ。
こんな想いでべんけーを汚すことに、罪悪感がないわけじゃない。
けれど、ここまで似ても似つかなければ、おれだってやりやすい。
傷のひとつもなく、白くて清らかで美しくて、あの細い兄さまの姿とは全然ちがう。
「……はぁ……はふっ…………うぅ」
全裸のべんけーは、犬のように吐息を漏らしておれの躰をなめまわした。
いつもは固い無表情で真面目が服を着て歩いているようなべんけーだから、淫らなその姿には、興奮を隠せなかった。
服を脱いだら、全然無表情じゃないんだね。
「義経、も、無理……。挿れ、て」
べんけーがおれにそう頼んでくるので、おれのなかでなにかが燃えた。
いじめぬいてあげる、もっと、もっと。
目を覚ますと、となりでべんけーが眠っている。これはかなり珍しいことであった。
見慣れないな。べんけーの寝顔なんて。
ふたりで寝ることなんてほとんどないし、あったとしてもべんけーのほうがいつも先に起きちゃっていたからな。
無防備だな。おれのこと、信頼してくれているんだろうな。
うれしくて、愛おしくて、おれはべんけーの額に、優しく唇を落とした。
「其れでは、行こうか。時間が無い。秀衡殿もお待ちだろう」
おれがべんけーの寝顔を眺めていると、いきなり目が開き、起き上がるとべんけーはそういった。
「そうだね。早く行かないといけないよ。もうすぐだろうし、今日中にたどりつけるよう、今日はちょっと急ごうか」
持ってきたお金もなくなってきているし、そろそろ宿にも泊まれないし、食事も取れなくなっちゃうからさ。
そういった意味でも、急いでいかないといけないよね。
秀衡さま、待っていて。すぐに行くから。
「貴様ら、もしや義経と弁慶ではないか? ここを通すわけにはいかない」
走ればすぐだと思ったのに、思わぬところで足止めされてしまった。
さすがは兄さまだよね。まさかこっちのほうにまで手を回しているとは。
べんけーは僧の、おれは小僧のふりをしていたんだけれど、どうやらばれてしまったらしい。門を通れなくて困っていると、べんけーが手に持っていた杖を振り上げた。
「御主がしっかりせぬから、疑われたでは無いかっ!」
そういわれて叩いてくるもんだから驚いたんだけど、明らかに門番に見せつけているだけなので、おれも謝ってそれに合わせる。
武蔵坊弁慶が、義経様を叩くはずがないんだからね。
それでなんとか門を通してもらえたけれど、かなり限界に近づいているよね。
これ以上、どうしたらいいんだろうか。
「ねえ、べんけー、秀衡さまにもう一度、会えるよね? 大丈夫だよね?」
不安になって尋ねた俺を、べんけーは優しく抱きしめてくれた。
べんけーだって不安なはずなのに、……ごめんね。
あともう少し、最後の門、ここを通れば秀衡さまのところへ行ける。
そんなところまでふたりでやってきたのに、兄さまの追っ手に追いつかれてしまった。囲まれていて、進めなくなってしまう。
おれは、おれはどうするべきなのだろうか。
もう少しなのに、帰ってくるって、秀衡さまにいったはずなのに。
「義経、此処は某に任せてくれて構わぬ。御主は行け。秀衡殿の所へ、早く」
暴れまわるべんけーは、おれを守ってくれている。だからおれは、邪魔にならないようにと門を抜けて走りだす。
べんけーを、兄さまを、秀衡さまを、傷つけているおれが憎く思えた。
――殺したいほどに。




