強くなりたい 源義経
父さまのことは何も知らないし、母さまのこともあまり知らない。兄さまもいるんだというけれど、おれは覚えてなかった。
みんなすてきな人だし、お寺ですごすのがいやなわけじゃない。
それでも家族のことを知らないのは、ちょっとさみしいと思っていた。
おれが生まれたころに戦争があって、そのせいで父さまは死んだんだっていう。いっしょに殺された兄さまもいるし、そのころからずっと苦しみ続けている兄さまだっている。
まだ赤ん坊だったからって、おれはたすけてくれたんだって。
源氏の子だって、おれを避ける人もいる。
だけどおれは、幸せだった。
勉強も剣術も魔術も、笛などの楽器も教えてもらえる。
ほかの人よりも恵まれた生活をさせてもらっていることくらい、わかっている。
ただおれはだれよりも、源氏のことについては知らなかった。
おれの質問にはいつも快く答えてもらえるけど、そのことについてだけはなにも教えてもらえない。
立派な人だとは思うんだけど、よくわかんないんだよね。
でもよくわかんないなりに、源氏の名に恥じる存在にはなるまいと、なんでもできるようにがんばった。
森へ遊びに行った、ある日のこと。
「平家にあらずんば人にあらず。源氏の息子なんか人じゃねぇんだから、いいんだ」
そんなわけのわからないことを言って、年上の男の子たちがおれを囲んだ。
源義朝という源氏の棟梁が、おれの父さまだ。それは事実らしい。
だけどそれを理由に、おれが人じゃないと言われる理由がわからなかった。おれはこいつらと同じ人間、むしろこんなやつらよりも人間なんじゃないだろうか。
大勢でひとりを囲んでいるようなやつらよりも、よっぽど人間じゃないか。
「やめてください、やめっ、やめて」
おれの声なんかが届くはずもなく、抵抗したって勝てるはずもなかった。
殴られて、蹴られて、土を投げられたりもした。
たぶん、その男の子たちは十から十四くらいなんだと思う。
もしかしたらおれと同い年の、八つの子だっていたのかもしれない。
それでもみんなとも、おれよりも体の大きな人だった。
「んだよ、なんか文句あんのか?」
ひとりがおれの髪の毛をつかんで顔を上げさせると、こわい顔をしてそう言ってきた。
見ているだけで、こわくなってしまうような、そんな威厳のある人だった。力も強くて体も大きくて、おとなかとも思ったもん。
たとえ文句があったとしても、恐怖で何を言えるはずもない。
血が流れ出していて、膝がとても痛かった。土が入ってしまって、右目がとても痛かった。引っ張られている髪も、腫れてしまった頬も、痛くて仕方がなかった。
睨みつける気力さえなく、おれは痛みに悶え涙を流すことしかできなかった。
「ちっ」
遊び飽きたとでもいうように、舌打ちをするとおれのことを投げ捨てて、その人は去っていった。
傷だらけの足を引きずって、おれはなんとかお寺に帰った。
心配はしてくれたけれど、だれも何があったのかは訊かないでくれた。
手当てはしてくれたけれど、だれも山に行くなとは言わないでくれた。
「自分のことは自分の力で守れるようにならないと、な。このつらい世の中を生きていくんだから」
ただ優しく、そう言った。
それからは、魔術の訓練にもっと力を入れてがんばった。
魔術さえ使いこなせるようになれば、もう囲まれたって大丈夫だと思う。
だけどおれは、人を傷つけるための力がほしいわけじゃない。
だから、守りに適した氷属性魔術師へとなることを選んだ。
だれもが火属性、水属性、土属性、氷属性、風属性の五つから選び、魔術師となる。
とはいえ魔術を使いこなすのは困難らしく、剣術の道を選ぶ人の方が多いという。
元服を迎えるまでに、属性は選択するしかないらしく、多くの人が土属性を選んでいるとも聞いた。
魔術による戦闘を望むものが、火属性を選ぶらしい。
使いこなすには最も簡単だが、完璧に扱えるまでは危険がかなり多いんだとか。
癒しの力を求め、人を救わんとするものが、水属性を選ぶらしい。
他の属性に比べて、危険はかなり少ないので、魔術を全く使う気がない人も選ぶ。
農作業などに一生捧げるつもりならば、土属性を選ぶらしい。
大きな魔力を持つ人でなければ暴走しても危険が少ないので、武士や公家などでなければ多くが土属性だ。
氷属性を選ぶ人が、一番少ないらしい。
天皇や貴族を守る役目にある人くらいしか、これは選ばないという。また、使いこなすまではほとんど何もできないうえ、使いこなしてからもほかの属性をまったくと言っていいほどできなくなるんだって。
剣術に磨きをかけようとする人が、風属性を選ぶらしい。
だから風属性を選んだ人は、ほんとうに強いか自惚れがひどいかのどちらかだとも言っていた。暴走しやすいので、使いこなせるようになるまでは使うべきではないが、使いこなすのが簡単というわけでもないという。
おれは魔術を使いこなすために訓練をかさねた。
人じゃないなら人を超えてやる。