戦の果て 弐
「ねえべんけー、兄さまと知り合いだったの?」
用意してくれていた部屋に行くと、おれはまずべんけーにそう訊いた。
「否。知らぬ」
うそじゃなさそうなんだよね。べんけーは、ほんとうに知らないって様子。
だけど兄さまは知っているようだったし、どういうことなんだろう。
兄さまはべんけーを知っていて、べんけーは兄さまを知らなくて。兄さまはあんなに複雑な表情をしていて、それでもべんけーはなにもないような顔で。
この差はなんなのだろう。
「そっか。兄さまとべんけーが、会えるわけないもんね。おかしなこと訊いてごめんね」
おれが謝ると、べんけーも軽く頭を下げる。
それから、しばらくの沈黙。
その静けさにおれはなんだかねむくなってきて、いつの間にかねむってしまっていたらしい。
兄さまのところにきてから、もうどれくらい経ったのだろうか。
いつも傍にいてくれた、秀衡さまがいない。いつも笑いかけてくれていた、秀衡さまに会うことはできない。
それでも、いいことなのか悪いことなのか、そんな生活に慣れ始めていたころのことである。
その日は雨が激しくて、なんだかいやな予感がしていた。
「何故震える? 寒くは無かろう」
無意識のうちに、恐怖で震えてしまっていたらしい。
夜とはいえ、夏。
寒いわけがないのに、震えているおれには、べんけーはふしぎそうな表情。べんけーは、なにもこわいものなんてないんだろうね。
だから、こわくて震えることなんて、きっとないんだろう。
おれみたいな臆病者とは、ちがうから……。
「ううん。なんでもないの。なんでもないんだけど、なんかこわくて……」
男が情けないとは思うけれど、正直におれが告げると、無表情のべんけーが微笑みながら歩み寄ってくる。
そして大きくて暖かい体で、おれのことを包みこんでくれた。なんか、安心する。あんなに不安だったのに、それがぜんぶ消えていくようだった。
外の雨なんて気にならないくらい、べんけーは優しさでおれを癒してくれた。
「べんけーのなかって、あったかいね。もっと、抱きしめて」
きつくきつく抱きしめられて、ちょっと息苦しかったけれど、でもやっぱり気持ちよかった。
どれだけべんけーがおれのことを大事にしてくれているかって。どれだけおれがべんけーのことを信頼しているかって。
それがわかって、とても幸せだった。
「敵襲だ!」
せっかく、おれとべんけーが幸せな時間を過ごしていたというのに、騒がしくしないでほしいよね。いつなんどきも気を抜けないのは、戦場なんだから当然なんだけどさ。
本格的な戦というのは初めての経験だけれど、おれがかさねてきた鍛錬は、むだなものじゃない。
「べんけー、行くよ?」
「任せよ」
おれは剣を抜き、べんけーはおれの体より大きいんじゃないかってくらいの、大剣を構える。
「蹴散らしなさい」
かなり不安そうな顔はしているけれど、大将の威厳を必死に保たせながら、兄さまは命令を下す。
それに合わせて、おれとべんけーは敵がいるほうへと走り出した。
人を殺すという行為には、少なからず抵抗があった。
だから剣は相手のこうげきを防ぐためにしか使わないようにした。そして余裕が出てくると、剣は鞘に戻す。
左手に笛を持ち、闇夜に響くようにと、だれの心にも響くようにと、奏でていた。
こうげきを防ぐだけならば、右手が開いているのだから、魔術を使えばいいだけだ。
そのためにおれは魔術を使えるようになったのだ。
敵だから。そんな理由で、おれは人を殺したくなんてないからね。
「ごめんね。怪我してほしくないから、ちょっとだけ静かにしてて」
足元を凍らせてしまえば、しばらくはそこから動くことができない。
そのあと、手も指以外を凍らせて動かせなくなったところ、武器をもらって終わり。
武器さえ取っちゃえば、もう戦うこともできないもんね。素手で挑んでこようとしても、べんけーが背負い投げして終わりっ。
このままだったら勝てるじゃん。とか思ってたんだけど、全体としてはそうでもなかったみたい。
「戻れとの事だ」
べんけーに言われて急いで戻ると、みんながうなだれていた。兄さまなんて、目をうるませている。
だれがとは聞けなかったけれど、だれかが死んじゃったみたい。戦力に差もあったし、被害は結構大きかったんだとか。
結局、敗戦だったらしい。
「義経、悲しむな。お主は優し過ぎる。一人も死なずに終わる戦等、無い。自分が生きる為に、大切な人を守る為に、人を殺すのが戦なのだ」
兄さまは、こんな戦を繰り返そうとするのか。何度も何度も、繰り返すつもりなのだろうか。
兄さまは悲しくないのだろうか。きっと、おれよりもっとつらいはずなのに、兄さま……。
「うん。そうだね。だれも殺したくないとか、そんなこと言ってばかりじゃ、きっと最後にはすべてを失ってしまうから」
覚悟はできていた、そのつもりだったんだ。
わかっている。兄さまが目指す理想が、どこに作らなければならないのか。そう、
――戦の果て。




