ハマナスの独白
言いたいことがある。伝えたいことがある。だけど私は何一つ言葉にしたことがない。
私の言いたいことは、誰かを傷つける。
傷つくのは私かもしれないし、伝えたいあなたかもしれないし、全く関係のない誰かかもしれない。
そうやって考えてると、話すということが恐ろしくて仕方ない。
決して消えないもの。
無かった事に出来ないこと。
話すって、それだと思う。吐き出した言葉は消せない。忘れてしまうと言うけれど、きいた人の心に、言われた人の脆いトコロに、確実に入り込んで中途半端な形を保ち続けるでしょう。
私の言った何気ない一言が誰かを傷つけたり、赤の他人が誰かに言った言葉に私が傷つく時だってあるでしょう。
無自覚な悪意。理由なき悪事。
タチの悪いものだ。
悪意ある行動。理解した上での暴言。
これだって悪いもの。
他人の考えるマナーとか礼儀を無視して天秤にかけてみれば、きっと同等の重さだ。
私は言いたいことがある。
だけど言いたいことは、痛いこと。
私はそれを言葉にして、苦しいと藻掻くだろう。
言いたいことを伝えた人は、やめて、悲しいって頭を抱えるかもしれない。
だから私は言えない。
家族にだって、友達だって。
古くからの知人だって。関わりない人にだって。
例えネット越しの名前さえ分からない人にだって言えない。
私じゃない誰かが、私の言いたいことを知ってしまったら、何故か呼吸が止まる。
それは単純だけど重い恐怖なのかもしれない。
何年でも、何十年でも、言いたいことを心の奥に、喉の奥に仕舞い込んでいます。
余りに重たいそれが、時間を掛けて痺れを伝えるのです。
心の奥から苦い何かがじわりと滲み、それはやがて息苦しさとなって胸や喉を蝕み、ついに舌の根に鈍い痛みとなって蔓延してしまった。
痺れが体の中を支配してしまえば、残るは重たいなにかと、音にしたい言葉だけ。
痛くて苦しくて、消えてしまいたくなるけれど、それでもわたしは言えないの。
声がなくなってしまえと願う。
唇を噛み締める。私の知ってる、考えた痛みを思い出せと握った手に力を籠めるのだ。
頭の奥まで痺れが伝わり、それでも私は言えないのだ。
耐えきれなくなったら、私は発狂するかもしれない。
ただ、私の言いたいことを言葉にすればいいだけなのに。
たったそれだけが出来ずに、痛みや苦しみに藻掻く私を、人は愚かだと言うだろうか。
何故我慢する必要があると問うだろうか。
愚かで間抜けで、そして思慮深い私は、恐ろしくてたまらない。
話すということが。
言葉にして私の言いたいこと伝えることが。
言うことで誰かが傷つくと知っていて、言った言葉が消えないと分かっていて、それに気付き、畏れた私は相手に言うことが出来ない。
ならば口を閉じておけと人は言うだろうか。
口を閉じていようが、まるで私の生み出した言葉とは思えないほどに、それは重く苦く痛い何かを纏い、私のなかを這いずり回る。
自分が可愛い私はだから何度も伝えてしまいたいと思うのだ。
それでも私は、言えないのです。
ハマナス 花言葉は、悲しくそして美しく