虎に追われる俺
虎なんて初めてこんな近くで見た。
あの縞々は目立ちそうだなと思ってたがこうやって森の中では見分けがつきにくい迷彩柄になってるね。
あまりの出来事に身動きが取れない。今までお目に掛からなかったので気にしたことは無かったが生息地域ってことで注意しなくちゃいけないな。
……この窮地を脱したらだけど。
どうしよう。
木の周りをグルグル走り回ったらバターになって溶ける?
んなわけないな。
俺の武器って行ってもナイフしか無いし。これで勝てる未来予想図が描けない。
無駄に傷つけても悪化しそうだし。
あれか。狼に襲われた時のミトコンドリア発火を使うか?
でも俺の祝福って至近距離じゃないと使えないんだよね……
少なくとも1mぐらいに近づかないと。
いや〜、僕阪神ファンなんですよ。
ガシッ。握手。
こうか?
……少々混乱してきた。
後退りしながら来た道を戻る。川を飛び越えれば縄張りから抜け出せるか?
ジリジリと下がるが遠巻きに近づいてくる。
辺りもどんどん暗くなっていく。
このままだとヤバイ。
川が見えてきたので虎に背を向ける。
その途端に小さく吠えながら走ってくる足音が近づいてくる。
ジャンプして川を飛び越えて振り返ると。虎が川の向こう岸で躊躇かのようにこちらの様子を窺っている。
逃げきれるか?
その場を走り去るが虎は優雅に川を飛び越えて追ってきた。
必死に斜面を登り、これまでに無い走りを見せていたが雑草が生えているところで足を取られ顔から滑るように転んでしまった。
辺りにハッカの様な臭いが充満する。先程ここを通った際に踏みつけてきた雑草のようだ。
こんな臭いが身体についたら隠れても臭いで見つかってしまいそうだ。
慌てて立ち上がり逃げ出そうとするが、虎に距離を詰められ対峙する。
――マズイね。
足が震えてる。ナイフを構えるが虎の猫パンチで一瞬の内に殺られそうだ。
突然、虎が寝転びながらのたうち始めた。まるで酒に酔ったように足腰が立たなくなっている。前足で顔を撫でるような仕草をしたり、腹を見せて雑草に体を擦り付けている。
状況の変化についていけず呆気に取られるが、この機を捉えて寝っ転がっている虎の顔の中心部目掛けてナイフを思いっ切り振り下ろす。
虎が苦しそうに吼える。鼻が二つに割れたように切れている。
背側に回りこみミトコンドリア炎上の真言を唱えると数秒おいて虎の体中から一気に炎が燃え広がる。
辺り一面が明るくなり、肉が焼ける臭いとハッカの臭いが充満する。
――助かった。
虎はあまり動けずにその場で燃え尽き、真っ黒な物体になった。
俺はその物体に近づき食えそうなところを探してナイフでこそげ落とし口に入れる。
まあ供養みたいなもんだよね。
旨くない。肉は臭いし、そもそも焦げてて苦い。
だが食わないといけない気がする。食わないのに殺すのはなんか違う気がするし、倒した獲物を口にすると生きている実感が湧いてくる。
動物を殺すことに今更拒絶感なんてないが倒したら食わないとお互いに報われない気がする。
だからと言っても人を殺して食う気にはならないけど。カニバリズムの趣味はないし。
でもなんで虎が酔ったようになってたんだ?
この雑草か?
このハッカの臭いが虎を酔わせたんか?
よく分からんな。誰かに教えてもらおうにもぼっちだし。
今日はもう動けない。
ここで寝るには危ないのは分かってる。虎や猪もいるし。姿は見えないが狼だっているだろう。追手もこの近くまで探しに来てるかもしれない。
ただ、体が言うことをきかない。極度の緊張から解き放たれて気力もわかない。
瞼が落ちる。
話中に出てくる雑草はキャットニップです。
キャットミント、イヌハッカとも言われます。
マタタビと同様の効果があるそうです。




