喉を潤す俺
喉が渇いた。
緊張が少しほぐれた途端に体が要求し始めた。腹も減っているが喉の渇きを癒やしたい。
マチェットナイフより少し短めのナイフしか道具を持っていないので、当然水筒も鍋も持っていない。休憩ポイントには最低限の道具が置いてあったがないものはしようがない。
用心しながら猪の巣があるところから離れるように歩いて行く。
この辺は下草があまり生えていないが雑草が足首まで生えている。群生しているのは紫蘇っぽい葉の形をしていて踏んづけるとハッカの臭いがする。食えるのか?
少し進むと少し濁った川があった。棒で突っつくと腰までの深さはある。目を凝らしてよく見ると魚が泳いでいるのが見える。
こいつを食いたいがどうするか……まずは水だな。
しかし濁った水を飲むのは危険だな。濾す道具も無いし役に立ちそうな植物も生えてないし。
祝福で川を浄化っていってもな……流れがあるしこれだけの量を殺菌しようと思ったらどんだけ時間が掛かるんだ?
辺りの木々を見渡すとちょうど良さそうな種類の木が生えていた。黒と茶の縞々の木目を持つ木だ。腕より少し太いぐらいの太さなので切るのもそれほど苦にはならない。更に都合の良いことに結実している。柿より少し小さい実だが生食出来る。
その実を囓り微かな甘味と水分を堪能しつつ、木を切り倒す。斧が無いのでナイフを幹に当て、ナイフの背を石で叩くと少しずつ木に食い込んでいく。それをくさび状に切り取っていくと時間は掛かるが切り倒せる。
その木をコップというか船っぽい器に削りながら型作っていく。見つかる危険性はあるが小さい火を起こす。火で炙り焦がしながら削りえぐる方が早く出来る。
出来上がった器で水を汲んでみる。
これを飲むのか。お腹壊さないだろうな?
当然祝福で殺菌をする。する前にちょっと実験してみよう。
この中に含まれている菌や微生物を微生物学者で解析できないかね。
そう考えると器の水を見つめて集中する。真言が脳裏に降りてきた。
それを唱えると目の前が一瞬にして暗転し身体の平衡感覚が無くなった。
…………
……気絶してたのか。
目を空けると木々とその隙間を縫うように日の光が射してくる。
どれ位気絶していたのかわからないが暗転した瞬間は朧気ながら覚えている。
膨大な文字情報と電子顕微鏡写真のような細胞のシルエットなどが頭が焼き切れるかと思うほど流入してきた。
分かったことはとんでもない量の微生物が混入してるってことだ。殆ど役に立ちそうも無い知識のような気がするね。殆どは。
それはともあれ、水を飲み干す。
殺菌したとはいえ、あんな情報知らないほうが良かった。俺の腹の中にはあれだけの量の死骸が……
いや止めよう。想像するのは止めよう。
木からぶら下がっている蔦を切り取り皮を剥く。中から出てくる繊維を取り出し撚って縄を作っていく。芯がまだ残っている朽ちた木を削り、1mの細長い板を作る。その両端に縄を張って簡易な弓を作る。同じように木を削り矢も作る。これで動物を仕留められはしない。飛距離も出ないし、矢羽もないのでまっすぐ飛ばない。
弓を横に構え川の縁にそっと立ち狙う。流れが遅いし人影にも気付かれていないようで、ゆったりと魚が泳いでいる。弦から指を離し弓を返す。上手に弓を返さないと矢が狙いより上方に逸れてしまうからだ。
水音と同時に矢が水面に吸い込まれて川底に突き刺さる。その矢が微かに震えてる。
水の濁りの隙間から矢が魚に貫通しのたうっているのが見えた。
よしっ!
1発で命中するって……俺ってばかなりレベル高い?
1匹じゃ成人男性の胃袋は満たされないので他の魚も狙う。が、その後は上手くいかなかった。
日が傾く。
そろそろビバークできるところを探さないと行けない。
川の側は色々な意味で危ないので川が細くなったところを飛び越えて斜面を登っていく。
ふと感じた。何か違和感を覚える。
こんな感覚の時は一回立ち止まり違和感を払拭してから動くことにしている。第六感ってやつだね。そう言うとスピチュアルな感じに聞こえるけど、潜在意識が警鐘を鳴らしてるってことかな。
人間の自覚している意識。つまりは顕在意識は3%しか認識していないそうだ。残りの97%は潜在意識として沈んでいる。沈んでいるだけで眠っている訳ではない。心臓を動かしている機能的な部分もあるし、今回のような過去の経験則と現在の状況を照合して危険を知らせることもある。無論、気にしすぎのこともあるが。
腰を落としナイフを構え耳を澄ます。ぐるりを見渡すが異常はない。夕日に照らされて黒と黄色の世界が広がっている。
立木の間が動いた気がした。
目を凝らしながら様子を窺う。
……っ!
でかい猫のシルエット。
虎だ。