覗けない俺
アルマの作った飯はイマイチだった。
アルマの腕が悪いのか、この世の全てがそうなのか。まず、出汁をとらない。出汁のないスープなんてただのお湯。しかも塩や砂糖を入れない。油も使わない。旨味ZERO。
村にいた時は食材が無いせいだろうと思ってたけど……
ともあれ、ガルが起き上がれるようになった。少し動けるようになり、ちゃんとトイレで用を足すようになった。最初はトイレがよく分からなかったようだ。基本的に村ではその辺の茂みにポイ捨て。肥溜めを作って畑に利用する考えは無かったのか? スコールの時に肥溜めがオーバーフローするからか? その辺にしてたら水質汚染が激しいだろうに。
ガルに聞く。
「ラタール教がなんで襲ってきてどうするつもりなんだ?」
「儂が知るか。どうせ見せしめにするつもりなんじゃろ」
「でも徴税してるんだろ?自分で自分の首を締めるようなもんじゃないか?」
「ふん。儂らは払っておらなんだ。逃げた人間たちじゃからな。元の村、今の廃村じゃったところは領主に払っておった。しかし、教会と揉めた時に領主は守ってもらえなんだ。守ってもらえん奴らや追った奴らに払う筋合いはない」
ガルの顔が、頬が痩け青筋が立って気味の悪い顔になっている。
「どうでもいいか。風呂が沸いたから入って来いよ」
……自分でいってなんだが野郎に「風呂入って来い」なんて言葉を吐くのは気持ちの良い気はしないな。
「風呂とはなんじゃ」
「風呂って…… 風呂知らないのか? お湯に使って……その臭い体を洗って来いってことだよ」
外に出て風呂を指さし石鹸を渡す。
石鹸もわからないようだ。面倒なので俺が実践する。
すっぽんになってから気付いたがアルマがガン見していてちょっと恥ずかしい。
ガルに頭からお湯をぶっかけ、石鹸で擦って洗わせ、風呂に突き落とす。
「なんじゃこのヌルヌルしたもんは」「水浴びでいいじゃろ」「暑いわ。煮殺すつもりか」
ガルはごちゃごちゃ五月蝿いが知らん。俺は俺のペースでやらしてもらう。
ガルはまだブツブツ言いながらお湯に使っているが出る気配もない。俺はこれ以上浸かっていると逆上せるので先に出る。
「先に出るが、ガルは上がったら汚したところを全て綺麗にしておけよ」
ガルは返事もせず目を閉じ首まで浸かっている。
ジジイの裸を鑑賞する趣味はないのでさっさと出る。
アルマが家の窓からチラチラ見ているのが気になるが……
「アルマ!アルマもガルが出たら風呂入れよ!」
家に向かって怒鳴るが返事がない。全くどいつもこいつも。
家を追い出された。
家というか塀の外に出された。ガルに。
「孫の裸をみるつもりじゃな!」
いきり立っている。
別に見るつもりじゃないって。言われると余計に気になるだろが。
俺の家なんだがな……
そうそう、フサインはどうなったかな。
発見から3時間が経過したがまだぴくぴくしている。可哀想になってきたので屋根のあるところまで担いでやり藁で包んでやった。毒に俺の祝福は効くのかね? 試さないけど。
気になるな。
フサインのことじゃないよ。
塀の中で行われている行為についてだよ。
ジャンプしてみるが塀の上に手が届かない。
……そうだよな。そう作ってるんだからな。
塀の周りを回ってみる。穴は無い。鉄壁な構えだな。
扉に隙間は……無いな。
!
いいこと思いついた。
門番の鉄人君。土台になってくれないか。
鉄人を踏みつけ塀に手を掛け、体を持ち上げる。
風呂は。風呂は見えるか!
見えた! ……ジジイが。
マンツーマンでブロックしてやがる。
俺を目敏く見つけて石を投げやがる。あぶねーじゃねえか。
少しは恩返しをしてくれてもいいだろ!
「……でこれからどうするつもりだ?」
夜の食事は俺が作ってやった。食欲が戻ったらしいガルがもりもり食ってるのを呆れて見ながら聞いた。
「明日にはここを出て行く。世話になったな」
「行くってどこに。あの村はもう終わってんだろ」
「いや。街に行く」
「……街ってどこだ?」
「あの廃村から東に1日歩いた所にある領都じゃ。そこの知合いを頼ってみるつもりじゃ」
そんな近くに街があったんだな。あの街道を反対側に歩いていたら村も潰されることは無かったのかも。
「でも、ラタール教の奴らがいて危険じゃないのか」
「儂らの顔を知ってるわけじゃあるまい」
「俺は後を負われたぞ」
「そりゃお主が禿げてても青年に見えたからじゃろ。青年が教会におらずにフラフラしておったら捕まえようとするはずじゃ」
街に行ったからって潰された村人を匿ってもらえるもんなんだろうか。それに食い扶持を得られるもんなんだろうか。まあ、そこまで俺が心配するもんでも無いだろうが。
「アルマも連れて行くのか?」
「そりゃそうじゃ。儂が面倒見なくて誰がみるんじゃ」
「目処がつくまでここに置いておいたらどうだ?」
アルマを見つめる。アルマは俺が作った唐揚げを美味そうに頬張っている。
「はっ!何馬鹿なこと言っとるんじゃ。こんな所に置いていたらあっという間に狼に食われちまうわ」
この場合、狼とは何を指すんだろうか。俺か? 俺は紳士だぞ。今迄少しも手を出していないぞ。
ガルは俺の心外そうな顔を見ながらため息をつく。
「まあ、借りはいつか返す。今は全て失ってしもうたからのう。……ただこうなったのもお前さんの責任もちょいとはあるからの。儂も心からの感謝は出来んがのう」
その言葉に俺もカチンとくるものもあったが言い返さずにいた。
ガルはその後も「この油ギトギトの食いもんはなんじゃ。胸焼けがする」だの「このシチューは塩っぱい」だのぶつぶつ言っていいながらおかわりしていた。アンタ昨日までゲロゲロしてたんだろ?
翌朝。フサインは冷たくなっていた。俺が直接手を下したわけではないが、何かを失った気がした。フサインだった物は肥溜めに放り込み分解させた。焦躁感だかなんだか分からないが、落ち着かないものが残った。
ガルとアルマを街道まで連れて行った。同じようなところをグルグルと歩き、遠回りをして連れて行った。これといった目印も無いので案内が無ければ俺の家には辿りつけないだろうと思う。
口数少なく別れの言葉を言い合い別れた。アルマはなにか言いたそうだったが、結局何も言わずに背中を向けた。
また、俺のぼっち生活が始まったのか。




