捨てるべきもの
「なぁ、さっきの俺が本気じゃないってセリフはどこから来たんだ?」
俺は気になってたことを聞いた。
火神の異能が「未来予知」や「読心術」の可能性があるのは言うまでもない。
自分で言うのもなんだが、俺の速度に後出しで反応なんて常人には無理だ。
鳥類系の俊敏さは軍を抜く。
それは細かな移動に風を使っているからだ。
追い風の時の自転車ほど進んで気持ちのいいものはないはずだ。
よって、体力の消費も抑えられる。
それについてくるのは先読みしかない。しかも火神の先読みはかなりの制度を誇ってる。
今のところ100%
何らかの方法を使っていることは間違いないだろう。
かといって、バカ正直に話すバカがどこに……
「あ、それはだなぁ……」
……ここにいたわ。話そうとしてる。
もちろん、止めないがな。
「勘だな」
……は?
えー……ねぇだろ、それは
俺のげんなりした顔をどう解釈したのか、慌てた声で言い直した。
「いや……なんか勝負の時だけ勘がよく働くんだ」
勝負の時の勘。勝負勘?
言い換えると……勝負への嗅覚ってところか……。
…………。……。
「それだぁ!!」
「うぉ!?いきなりどうした!」
あ、やべ、思わず声に出してた……。
それはさておき。
俺は二年前……似たような奴と戦ったことがあった。
そいつもやたら勘が強くて苦戦した覚えがある。ただ、強さは火神からしたら格下だが。
そいつの異能力は……
嗅覚最強……『犬』
思えばアイツも勝負の時だけとか言ってた気がする。勝負の時だけの嗅覚。相手の行動を五感で感じ取れる力。
これは俺の予想も入るが……。
「なぁ、火神さんよ」
「なんだい、死神さんよ」
お互い少しおちゃらけた調子をになって見せる。
ただ、目は笑ってないけど。
「あんたの能力……『狼』か?」
「え、なんでわかった?」
……あっさり認めやがりましたよコイツ!!
バカじゃねぇの!?
あ、バカか。
自分の異能力について認める。それはつまり、自分の手の内を晒すことに等しい。
動物さえ別れば、俺の鴉みたいなものでなかったら予測できる。
犬の嗅覚なんて一般常識だろう。
「さぁな、さて、続けるか」
「?よくわからんが…………上等ッ!」
それぞれ両手に自らの得物を構え、地面を蹴った。
……
さて、ここでもやってみたいことがあるんだ。
俺は二つの火球に合わせ二つのナイフを投げつけ、沈下させる。
このナイフ……作り出せるのは二本だけか?
俺は両方の拳の指と指の間を開き、力を集中させる。
「精製……六本完了!!」
それぞれの指の間に精製した、片手三本ずつのナイフ。
背筋をしならせ、力を指に集中して、両手から火球を出す火神に投げつける!
「うぉ!?くっそ……なんか増えやがったぁ!」
火神は火球を収め、横に飛んでナイフを回避した。
当然だろう。
ナイフは六本、火球は二つ。
これで相殺のループはなくなった。
相手側の不利な形で。
消せないのなら逃げるしかない。それはもはや当然だ。
だが、こんなことで終わらないに決まってるさ。
パンッ!と両手を合わせる。
今度は手と手の間で力を集中。
俺が手を離すと、まるでトランプマジックのようにナイフの束がズラリと生成された。
その数……15本
さっきの5倍だ。
「……ふん!そんな大量のナイフなんて一度に投げられるわけ無いだろう!」
火神はビシリと俺に指をつきたて得意げに断言する。
「それはハッタリだ!!!」
そういって向かってくる火神。
は……お前の嗅覚でも危険は察知できないか……。
「ハッタリだったら……よかったのにね……」
俺は生成したナイフを……全て真上に投げた。
もちろん、火神には当たらない。
「はっ!やっぱりハッタリじゃねぇかよ!」
ニヤリと火神は笑い、俺にトドメの火球を放とうとした。
だが、その笑いは止むことになる。
「お前の勘……初めてはずれたな!!」
俺は空中にナイフを放り出したいまま、バックステップをし、勢い良く右腕を下げた!
約7本のナイフはまるで、操られたかのように……凄まじいスピードで火神に向かう!
「な!?ぐっ!!!」
火神は狼の身体能力を生かし、全力で飛び退く。
ズザンッ!とナイフは壁をえぐるように刺さる。よけるのが少し遅れていたら、火神がえぐられていただろう。
「異能発動∵『糸操風』」
俺は残り8本のナイフの切れ先を火神に向ける。
奥義開眼『凶刃演舞』
その指はまるでオーケストラ団の指揮者のごとく。
演奏者の司令塔となり。
観客を魅了する。
「ど、どういことだ……ナイフが……宙を浮いてる……?」
火神は戦闘も忘れたかのようにその光景に驚愕している。
まるでポルターガイストのような現象。
だが、仕掛けは案外普通だ。
宙に浮いているのは風を使っている。
威力増強にも風を使う。
細かい動きはナイフに繋いである糸だ。指の数本で操るものだから、なかなかの器用さが必須だ。
この技は、実は二年前からやろうとしていた技だった。
なんせ出来たら凄まじく便利だし……まぁ、本音を言っちゃえばかっこいいってこともある。
この難しさ故に、鴉の力で上がっている身体能力をもってしても丸々二年間かかったのだ。
そして、つい最近できるようになった。
実践で使うのは初めてだがな!
「さぁ……狼の嗅覚はコイツの動きについてこれるかな?」
そういいながらも指を一本一本動かして、ナイフの動きで不備がないかテストする。
大丈夫。問題はない。
「御託はいい……さっさと来いよ!」
不敵な笑みをこぼす火神だが、俺は気づいている。
彼の額を伝う一筋の液体。
冷や汗だ。
狼の嗅覚か、それとも人間としての生存本能か。
この状況がピンチだと分かっているのだろう。
異能力は悟られても、負けに繋がる感情は排除している。
こういうやつは……正直仲間だったら良いのにな……と、思ってしまう。
思ってしまうのは人の情け。これは感情。
抑えるのは無理だ。
だから、その情けを敬意と無理やり変える。
それしか……方法がないのだから。
「いくぞ!」
「おう!来いや!!」
ジグザクと軌道を変えながら走ってくる火神。なるほど、これならばナイフが当たる可能性を軽減できる。
だが……凶刃演舞の前では無力だ。
俺は後ろに跳躍し、同時に二本真横に放つ。
ストンストンと比較的軽目の音と共に壁に固定されるナイフ。
もう一度二本、今度は火神の両脇にちょうど逸れるように放つ!
「おい!さっきからどこなげてんだよ!」
火神は声を荒げ、ジグザクとステップと踏もうとする。
ピリッ……
「イツッ……なんだよ……これ!」
両脇に投げたナイフ。
もちろん操作のために極細のワイヤーが仕込んである。
両脇を通ったということは……
火神の両脇にまるで線路のようにワイヤーが貼ってあるということだ。
よく切れるワイヤーに挟まれた火神はジグザグに動けない。
「……へっ、こんなのジャンプして超えれば……」
おう、それも予測してあるんだよ!
俺は心の中でつぶやき、ナイフを交差させるように二本、火神の頭上に放つ。
これで飛べないはず。
かといって、いくら火神がバカとはいえ狼だ。
バカ正直にまっすぐにこちらに来るはずもない。
まだ、俺と火神は距離が空き過ぎている。
俺のナイフと火神の火球、もしくは走り。
間違いなく前者に軍旗が上がるだろう。
だったら火神は何をするか……。
コオォ……
……やっぱりな。
火球を繰り出す前の独特な音が聞こえたとき、俺は自分の思考が間違ってないことを悟る。
火神はワイヤーの線路を焼き切るつもりだ!
「残念だったなぁ……これで俺の動きは封じられない……」
勝ち誇った顔をみせられるが、それが滑稽に見えて仕方がない。
なんせ、その行動は凶刃演舞の一発目から予測していたんだからなぁ!!
そう、自分の両真横への初激の二本。
今までは無駄だった。
それが今、意味を成す。
最後の二本は……
自分の方へと放った。
「……は?」
敵である火神も、唖然とするそのナイフの行方は……
俺の両脇に斜め真横にに伸びるワイヤー!
ナイフがワイヤーの少し上を通過した瞬間、俺は風でナイフを下に押し出すようにする。
最後に放ったナイフにも、もちろんワイヤーが付いている。
ワイヤーとワイヤーが十字状に合わさり、固定されていない最後のナイフが重りとなり、下から上に突き上げるように回転する。
糸と糸の反動を利用した、超高速アッパー。
その先には……
「は!?そんなのありかよッ!!!!」
そう、火神がいる。
少しでもかすれば、深手になりかねない高速。
よけるしかあるまい。
そして、両脇を封じられている状態で、下から来る一撃をよける方法は一つしかない。
のけぞること。
ただ、のけぞる本人には予想もつかない自体が、その時に起こった。
狼の反射神経。
それが人生史上最大の危機に過剰反応してしまったのだ。
結果、よりのけぞり……
火神の視界は灰色の天井で埋め尽くされた。
……
「勝負、あったな」
「……あぁ」
俺は火神を見下ろして立っていた。ナイフもワイヤーも、もう全て消してある。
「お前の最終的な敗因は、バカなことじゃない」
「……いきなり失礼なやつだな……おい」
文句が聞こえたが華麗にスルー。
「異能に頼りきったことだ。」
「……。」
……返事がないから続けることにする。
「異能じゃなくても、利点と弱点は表裏一体だ。自分を守る矛にもなるが、自分を殺す刃にもなる」
「あんたは自分の異能の良い部分しか見てなかったんだ。その反射神経が狂うとどうなるか……考えていなかった」
「……あぁ、お前の言う通りかもしれないな…」
火神は、はぁ……と息をつき目をとじている。
「あー、負けちまったもんはしょうがねぇ……煮るなり焼くなり……好きにしろよ」
「……なぁ、なんか抵抗くらいしないのか?お前は」
俺は呆れたように火神を見つめる。
「はっ……抵抗できないじゃねぇかよ、これじゃあ」
「命乞いくらいすりゃいいじゃん」
そう言うと、火神の目は怒りへと染まった。
「おい……俺をバカにしてんのか……?」
「いや、バカだからバカにしてるけど?」
「そーいうことを言ってんじゃねぇよ!?」
……さっきから何を怒ってんだコイツ。頭うったか?
「……命乞いなんてしたら、カッコわりぃじゃねぇかよ……妹に会わせる顔がねぇよ……」
「へぇ、妹さんいるんだ?」
「あぁ、いるぞ、3歳年下なんだ」
「かわいいの?」
「そりゃあ……世界一だと俺は思ってる」
「………………で?」
「……なにが」
「あんたはその可愛い妹が待ってんのに、俺にあっさり命を明け渡すんだぁ……」
「…………っ」
「妹さんが会いたい顔……か。どっちかな?」
「……どっちってなんだよ?」
「負けてボロボロになっても生きて帰ってきてきた兄の顔と……首だけの兄の顔」
「……てめぇ…!」
火神は俺の胸ぐらにつかみかかってきた。
「そんだけ動けんだったらとっとと反撃しやがれ、バカ野郎」
「……おい、ふざけんのもいい加減に……」
「ふざけてんのはどっちだよ!?」
いきなり怒鳴り出した俺に絶句したかのように黙る火神をみて、俺は続ける。
「妹さんが待ってんだろ!?死んだ兄の顔見たいやつがどこにいるんだよ!」
俺はナイフを火神の首に突きつける。
「……そんな男の維持やプライドで家族を不幸にしたいんだったら…………」
ツプ……とナイフが首に切れ込みを入れる。
「今ここで殺してやるよ」
「…………」
彼はうつろな目で俺を見ている。なにを考えているのだろうか。
しばらくは……答えられないか……。
「一回落ちろ、そっから……目を覚まして来い」
サクッ……
俺は火神の首を切り、意識を奪った。
ナイフが霧散するのをみて、なんだかやるせない気持ちになった理由は……わからないままだった。